第7話 う~ん、何か違うなぁ。
医師として診療所に赴任したが、なんとなく事務当直時代とは雰囲気が異なっていた。それは、スタッフの入れ替わりがあったり、組織も大きくなったことが影響しているのかもしれない、と思った。事務当直時代は、もっと家族的で、スタッフの連帯感も強かったように感じたのだが、なんとなく冷たい、というか、businesslikeな関係になったように感じた。
もちろん、医療を取り巻く環境も10年以上前とは異なり、医療裁判の増加など医師-患者関係もbusinesslike、時には敵対的な関係になっているので、その影響があるのかもしれない、と思った。また、事務当直時代には、組織としては医療部門のみだったのが、介護部門にも業務が広がっており、人が増えたことも影響しているのかもしれない、と思った。
常勤スタッフが50人近くに増え、これまでの家族的雰囲気の経営ではうまくいかず、大組織の様に完全に縦型組織にするには人が少ない、運営の難しい規模であったのだろう。上野先生のカリスマ性はまだまだあったのだが、それをもってしても解決できない問題がいくつもあった。
介護のことは不勉強で、併設している支援センターのケアマネージャーさんにお世話になりっぱなしだったが、医療、という点で見るとやはりいろいろと悩むことが多かった。上野先生は、高齢になってもフットワークが軽く、尊敬すべき先生だったが、残念ながら、50年ほど前に、2年ほど市中病院で修業をした後、診療所で医療を続けているので、後期研修医を終えたばかりの私の目から見ると、提供する医療が時に古いことがあった(とはいえ、きっちりと現在の標準的な治療をされていることの方が多く、さすが先生、よく勉強されていた)。一番痛感したのは腸閉塞の診断、治療であった。今は一般的には、腸閉塞を疑った場合は、腹部CT(可能なら造影CTで)を撮影し、機械的閉塞なのか、機能的閉塞なのか、小腸閉塞なのか、大腸閉塞なのか、絞扼性イレウスがあるのかないのかを判断し、絞扼性イレウス、あるいは大腸閉塞なら緊急手術。絞扼がないものであれば、イレウス管、あるいはNGチューブ(ちょうど初期研修医のころ、イレウス管挿入とNGチューブ挿入で、イレウスの改善率に差がない、という報告があり、九田記念病院ではNGチューブで腸閉塞の保存的管理を行なっていた)を挿入し、消化管内容物を吸引、回収しながら輸液で脱水を改善し、経過を見る、という管理を行なうのだが、上野先生は腸閉塞を認めたら、腹部を温め、ワゴスチグミンを注射して入院管理、ということをされていた。なので、腸閉塞疑いの患者さんが来るたびに、
「上野先生、僕が患者さんの転送の段取りをしますから、この患者さん、高次医療機関に送りましょう」
ということを繰り返していた。それでも、50年以上臨床の第一線で仕事をされているので、危機管理の割り切りは素晴らしく、
「君子豹変す」の言葉通り、
「このまま診療所で治療を続けてはいけない」
と判断されたら躊躇なく転送に方向転換をされる、そういう点では、本当に信頼できる先生だった。
源先生は、きっちりした臨床研修を受けておられた、という感じではなく、アルバイトと、後は診療所で勉強した、という感じを受けた。フットワークの軽い先生なのだが、如何せん、内科医としての基礎的な部分に非常に不安を感じることがしばしば(しょっちゅう?)だったが、時に、わずかな症状からまれな病態を見つける、というクリーンヒットを打たれるので、なんと評していいのやら。
まぁ、思うところはいろいろとあったが、それはそれ。子供のころからお世話になり、あこがれていた上野先生と仕事をできること、そのものがうれしかった。
ただ、私自身にも困ったことがあって、医師を目指してからずっと、
「上野先生のおられるこの診療所で、上野先生と一緒に医師の仕事をする」
ということを目標に全力で頑張ってきたので、いざ診療所に来てしまうと、次に何を目標にするのか、目標を見失ってしまった。もちろん、日々の仕事は全力を尽くしているのだが、新しい目標に向かって進む、というエネルギーの持っていき場所を失ってしまったように感じていた。それでも、日々受診される患者さん、入院されている患者さんのために毎日を頑張った。
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