第6話 町医者の存在意義

 医療の密度の低い地域では、その地域唯一のクリニック、あるいは有床診療所、ということが多い。このような医療機関は、まさしくその地域の医療を支える「要」である。予防注射や医療講演会などの啓発活動、市町村からの健診依頼などの予防医療、日常診療でも、慢性疾患の管理、急性期疾患の発見などのゲートキーパーとしての役割、その地域の産業医活動など要求されるものは多彩である。


 一方、いわゆる都会のクリニックは上記のような「地域の要」としての役割を担うことはない。もちろん、ワクチン接種や健診業務は地域の重要な仕事であり、ゲートキーパーとしての仕事も重要である。しかし、現実としては、都会のクリニックとして生き残るためには、特定の分野に特化する(例えば「小児科」クリニックであったり、「内視鏡」クリニックや「訪問診療」クリニックなど)ことが得策である。そういう点で万米ヶ岡共同診療所を見ると、設立された1960年代は、前述のように医療密度の低い地域の診療所としての活動が要求され、そのスタイルのままで現在まで来ていた。しかし、残念なことに最寄りのJR駅まで歩いて5分、そこから電車に乗れば15分少々で大阪駅に到着してしまう立地であり、地域のニーズはいわゆる「田舎型」から「都会型」へと変わってしまっていた。


 とはいえ、通常の外来を続け、時に前述のような重症疾患を過たず拾い上げ、ゲートキーパー+初期治療、慢性疾患の治療を行なっていた。田舎型医療、都会型医療に限らず、「高血圧」や「糖尿病」、「脂質異常症」などの生活習慣病の管理にどれほどの意味があるのだろうか、と考える人も多いと思う。少しこの点について考えてみたいと思う。


 現在、日本での死因は1位が悪性腫瘍(がん)、2位が虚血性心疾患(心筋梗塞)、3位が脳血管障害(脳出血、脳梗塞、クモ膜下出血)となっている。4位の「肺炎」はそのほとんどが高齢者の誤嚥性肺炎であり、加齢に伴う最終病態としての「肺炎」であり、途上国での死因としての「肺炎」とは意味が異なる。

 

 では、前述の3位までの疾患について、その原因を考えてみたいと思う。


 悪性腫瘍の最も大きな原因は、日本では「加齢」だと思うが、これはどうすることもできない要因である。その他、人為的に管理できる原因としては、「喫煙」や「過度の飲酒」など、生活習慣に関わるもの、胃がんについてはHelicobacter pylori(ピロリ菌)、子宮頸がんについてはHPV感染症など、予防可能なものである。もちろん糖尿病なども悪性腫瘍の要因となりうる。


 虚血性心疾患や脳血管障害についても、やはり喫煙、過度の飲酒などは大きな要因であり、さらに、高血圧や脂質異常症、糖尿病なども大きな要因となる。


 そういう視点で、表面的に出ている死因をさらに深く考えると、寿命に影響を与える要素としては、喫煙、過度の飲酒、高血圧、糖尿病、脂質異常症などが大きく影響を与えていることが分かる。


 これらの問題に対応するのは、やはり一次医療機関としてのクリニックの仕事だと思われる。高血圧、糖尿病については専門医もたくさんおられるが、現実問題として、専門医だけですべての患者さんを管理することは難しい(専門医の数以上に患者さんが多いので)。なので、2剤程度でコントロールできる高血圧やクリニックでの管理である程度良好な管理ができる糖尿病、脂質異常症については、いわゆる「町医者」の守備範囲であり、日本人の平均寿命の長さを本当に支えていることについても、上記の疾患を日常的にコントロールしている一次医療機関が大きな働きをしているのである(もちろん、ゲートキーパーとして、外来に来られた重症患者さんを速やかかつ適切に急性期病院につなぐことも大切である)。


 そんなわけで、多くの人は「命を守る砦」と聞くと、高度救命救急センターなどをイメージすると思われるが、本当は、地域のクリニックが守っている部分も大きいのである。皆さんが思っているよりも、街のクリニックの存在意義は大きいのである。


 かつて、カンボジアでポル・ポト政権が、知的階級者を大量に虐殺し、医療従事者が激減した時代があるが、その時、カンボジアの公衆衛生がどのようになったのか、それを考えると、地域の町医者はやはり仕事をしているのである。


 余談ではあるが、悪性腫瘍について、年々死亡者は増えてきており、「がん治療をもっとしっかりしなければ」と思っている方が多いと思われる。しかし、悪性腫瘍については、5年生存率、年齢調整死亡率は年々低下しており、がんの治療は明らかに進歩しているのである。日本で、がん患者さんの死亡者数が増えているのは簡単なことで、「高齢者が癌にかかりやすく、高齢者なので病気を抱えたまま寿命が来る」というだけのことである。

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