考えていたムーティゴン・フォン・ナロス
当代のナロス伯爵家当主ムーディゴンは考えていた。
ヴァイスンから聴かされた魔法陣の効果に、それを発動した彼に貴族として何を与えるべきかを。
街一つを覆い隠す魔法陣を容易に作りますと伝えてきた。
さらには、いつでも出来ますよと云った風情で、魔法陣発動の許可を取り付けてきた。
本来であれば、それにどの様な準備を行い、どれだけ維持にリソースを割かなければならないかを質問して然るべきだったのに。
何故か彼の前で話を聞いている間は一切考える事すらしなかった。
それは、彼に対して褒美を与える事すら考えなかった事も同様だった。
ムーディゴンは考えていた。
本来ならば悩むべき案件にも関わらず、そこには焦り等と言った感情が一切なく。
普段の政務を執り行うかの如き気安さで考えていた。
ムーディゴンは彼から享受するのが当たり前となりつつあった。
今はまだ考えていられる様だが、それもいつかは当たり前になり、考えなくなっていくだろう。
そうなるのは時間の問題だ。
祝福とはそういう物だ。
嘗て彼等が生まれながらにスキルを獲得していた時代がそうだった様に、与えられるのが当たり前だった時代。
この惑星という規模で考えれば、たった一都市でしかないが、嘗ての当たり前が戻りつつあった。
神に捧げるのは、感謝、信仰、崇拝。
何時か彼がそういった存在になるのはそう遠くない未来なのかも知れない。
彼は嘗て創造神がこの世界を管理していた頃に近づけようと行動を開始し始めた。
これから先は、悪魔のフリをしている創造神と、彼との戦いが本格化していくだけ。
時間を掛けてそうあれかしと調整された世界が、物語が動き出していく。
ムーディゴンは考えていた。
貴族として彼に何を褒美として与えるべきなのか。
ムーディゴンはまだ貴族として彼と接しようとしていた。
金か?
金に重きを置いている人間が、途方もな時間森の中で修行をするか?
いや、有って困るとは想わないだろう。
だが、魔法陣の発動に対する褒美としてならまだしも、これから先維持し続けるに当たってこの先ずっと払い続けるのか?
今の財政状況では何時か破綻しかねない。
まて、魔法陣が説明された通りの効果を発揮すればその問題は解決するか?
難しいだろう。
一都市の安全が確保されただけだ、それだけで経済が安定化する訳でないだろう。
では、何を差し出せば良い?
…、ヴァイスン殿も人、そうだ、それが良い。
ムーディゴンはウェンドゥの元へと向かった。
人は考える生き物だ。
思考とは入力された情報により為されるものである、それ故に思考すると云う事は外部から入力された情報に影響される行為であった。
ムーディゴンはもう貴族とは言えないかも知れない、それは何故か。
彼の心情は既に神に供物として娘を捧げる、その感情と大差ないまでになっていた。
そして、ウェンドゥもまたそれを当たり前として受け入れる事になる。
後期中等教育その中でも貴族を対象とした上級教育を受ける為、遠く離れていた地で勉学に励んでいたウェンドゥの自室は、長い間主がいなかった為にどこか侘しさを感じさせる雰囲気が醸し出されていた。
「入るぞ、ウェンドゥ」
「少々お待ちいただけますか?お父様」
控えていたメイドに目をより簡単に身支度を調えるウェンドゥ。
「お待たせしました」
メイドがドアを開け、部屋着を纏ったムーディゴンが入室した。
「いきなりだがおまえにはヴァイスン殿に嫁入りして貰う事にした。
理由は解るな?」
伯爵家当主として有無を言わせない通達であった。
「はい、お父様喜んでこの身ヴァイスン殿に捧げます」
将来この双子都市フィリンゲン=ナロスは、この世界に安寧を齎した新たな神の祝福を受けた、最初の地と語られる様になる。
ドローズ・モーメンタム ~自身の自由は他者の自由を無くす~ Uzin @Uzin
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