ズレのある恩人

 彼は久しぶりに意識を拡散していない状態で歩いていた。

 それでも、拡張された肉体能力により、常人では理解出来ない近く領域ではあるのだが。

 彼にとっては、新鮮ささえ憶える不鮮明さであった。

 彼が修行の果てに辿り着いた内なる世界。今はそれに意識の過半を割いている状態。

 彼の内側に新たに誕生した宇宙は、今現在も認識されることによって広がり続けていた。

 そんな彼であるが、今はとある場所に向かい歩いていた。

 その場所では、ガンロッドから魔法の光が放たれ、今にも壊れそうな車と、既に動かすことが不可能だと一目で分かる程に壊れた車があった。

 彼はそれに近づきながら情報を収拾した。

 それまで内側に向けていた意識を外に放出、宇宙を認識し拡張を行う為の意識リソースが、この場を理解する為に利用された。

 彼は理解した、それと同時に決断し行動に移した。

 彼は車に残された人達を救う事にしたのだ。これは彼がこのルーデンス・テーレレェに居る理由にも繋がっていた。


 断続に放たれる銃撃は徐々に車の装甲の防御能力を奪っている。

 車の中でそれを見守るしかない哀れな囚われ人が一番理解しているだろう。

 時間が経つにつれてひしゃげ、代わる代わる銃撃が車を打つ音を嫌が負うにも聞いているのだから。


 彼は手に入れた情報を元に自身の身なりを、この地の常識に沿う形で現出させながら歩いている。

 そして意識した、制圧を。次の瞬間ガンロッドの杖身から放たれ周囲を彩っていた破壊の光は収まった。

 車を取り囲み攻撃を加えていた人員全て彼の元で意識を狩られ転がされていた。

 彼は歩き続ける。

 自らが助けた対象の元へと。


 ウェンドゥは後に彼との馴れ初めを聞かれたときこう答えたという。

 あまりにもかけ離れすぎていて、私達の感性に合わせようとした言動をしてくれていても、明らかにズレがあると感じたと。


 急に静かになる車内、先程までの苛烈な魔法の光は不意に終わり、うるささの反動で静けさを感じながら何事かと、ウェンドゥは周囲を観察しようとした。

 その時、場違いな程に日常的なノックの音が聞こえた。

 ふと気付けば窓の外に一人の男性が立っていた。

「もう大丈夫ですよ」

 人の心に染み渡る声がウェンドゥ達の耳へと届けられた。

 本来であれば、この程度の声量で外の声など聞こえるはずはない防音性なのに、その声は車内の彼女等に届けられた。

 それにウェンドゥは気付く事無く安心してサイドウィンドウを何の警戒無し空けた。

「差し出がましいでしょうが、見た限りかなり逼迫した状況でしたので、確認をせず手を出させていただきました」

「いえ、そのように畏まらず…」

 貴族として、自身の身が危険に晒されることは知ってはいたが、今まで守られる側で在り続けていたウェンドゥにとって、今回の襲撃は些か刺激が強すぎた。

 この場で最上位者として、助けてくれたであろう御仁と見受けられる彼と普段通り言葉を紡ごうとしても、その声ははっきりと分かる程に震えていた。

「ご迷惑で無かったようで何より。

 さて、一先ず見える範囲での脅威は私の方で無力化をしてありますが、この後はどうするのかというのは決まっていますか?」

 ウェンドゥは運転手を務めている護衛に目を向けた。

「それに関しましては私から、既に当家の者に通信は入れてあります。

 ですので、応援の部隊が此方に駆けつけるのを後は待つだけです」

「では、それまでの間私は周辺を警戒しておきましょう。

 宜しいですかな?」

「はい、願ってもない申し出です」

「解りました。

 それと、彼方あちらに今回の襲撃者を纏めて気絶させてあります。

 応援の方々が来ましたら収容して貰って下さい。

 私はその襲撃者を監視しながら、周辺を警戒していますので、皆さんはこのまま車両の中で応援を待っていて下さい」

 彼は襲撃者を纏めて気絶させて居る方を指し示しながら言葉を紡ぐ。

「この度のことは本当に感謝いたします。

 後ほどお礼を申し上げたいので、出来ればこの後当家までご一緒していただけませんでしょうか?」

「えー、良いですよ」

「有り難う御座います」

「では、失礼します」

 ユラリ、彼は歩き始めた。

 その後ろ姿を眺めながらぽつりと一言。

「幸運でした」

「はい、お嬢様。

 あの状況の中、たった一人…しかも無傷で制圧為されてしまうとは、余程鍛錬を積んだ武人かと」

「そうですね。

 もし、何処の家とも繋がりが無ければ、是非当家で力を振って貰えるよう、お声かけしたい程です。」

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