修行生活から空けた仙人

ナロス伯爵第三子ウェンドゥ・ナロス

 嘗て世界に住まう人々は須く神の恩寵を授かり、生まれながらにしてスキルを与えられていた。

 だが、それも今となっては昔の話。

 東歴二〇一〇年、神は人を見放した。

 神が力を落とされるなどと一片として考えなかった当時の人々は、自分達が見放されたと感じた。

 ライヒ連邦共和国に属するナロス伯爵領ナロス家当代当主の第三子、ウェンドゥ・ナロスはこの「神の寵愛の消失」と呼ばれる、新生児にスキルが与えられなくなった年に生まれた。

 先天的にスキルを持ち得なかった人類種の第一世代とも呼ばれ、当時様々な人々から哀れみと蔑みを受けて育ってきた世代であった。

 東歴二〇二八年、流石に今は当時の差別的な感情は薄れつつあるも、幼少期をそのような中で過ごしてきたウェンドゥは、逞しく育ってきてはいたが、それでもその心に影を落とすのには十分すぎる程の暗い眼差しを向けられていた。


 一見すると長閑な景色が広がる風景。

 広がる田園、遠くに見える緑濃い森、そこをゆったりとした速度で走る二台の車両。

 しかし、観察をすれば直ぐ解る、雑草が繁茂する田畑。

 整備が行き届いていないだろう事は明白な路面状況、それ故の徐行運転であった。

 モンスターの発生数増加と狂暴化に伴う、インフラの整備不良は年々深刻さを増している。

 鉄道網に至ってはかなり早い段階で安全な運行が出来ないと判断され、放棄されて四十年近くが経過している。

 そして道路の路面状況は、安全を考慮した場合スピードを上げて走れなくなる程年を経る毎に悪化。

 そんな中であっても、人々は流通を出来得る限り維持する努力をし続けてきた。

 それ故に何とかこの状態でこの時代まで繋げることが出来ていたのだが、それもいつまで持つか解らない。

 ライフラインは都市内で完結しなければならない為、安定供給は難しいときもある程で、水・電気・魔力の需要と供給バランスは、都市に住む人々の倹約の協力が無ければ直ぐに崩れてしまうだろう。


 そんな中でも人々は逞しく生きている。

 それは彼女も一緒だ。

 例え、幼少期に浴びせられた、親の落胆の暗い瞳を忘れられない日々を送っていても、環境がそれに怯えることを許さない程に、人類は追い詰められてしまっていた。


 はあ、と憂鬱な溜息を漏らす強めのウェーブが掛かったブロンドの髪の美少女。

 齢は十八歳、後期中等教育を終え、ナロス伯爵領へと戻る道すがらの一幕だ。

「お嬢様、幸せが逃げてしまいますよ」

 ナロスと同乗しているお付きのメイドが声を掛ける。

「解っています…解っていますが」

 憂鬱、只管に家に帰るのが嫌だった。

「良い思い出がありません」

「大丈夫です。お嬢様が努力をなさっているのは、伯爵様も解って下さっています」

 物憂げな瞳を外に向けながら言葉を受ける、視線をそのまま外に向け、少しでも気を紛らわせようとしながら声を紡ぐ。

「それでもです。あの目は忘れられません」

「もう、昔のことではないですか、今はもうそういう時代ではありません。

 伯爵様もご立派になったお嬢様を評価されていたではありませんか」


 普段他人には、増しては親にも見せない聞かせない、憂鬱や愚痴を零しながら、ナロス伯爵が納める領地に存在する都市へ向かう厳重な防御力を備えた二両の車は、ゆっくりと徐行速度で走っていた。


 衝撃。

 ウェンドゥが乗っている車の前を先行し走っていた車両が、下方よりの爆発に煽られ跳ねた。

 幸い中に乗っていた、ウェンドゥの護衛者達は死亡はしてないようだが、衝撃により気絶をしてしまっていた。

 ウェンドゥを乗せた車両は停止、徐行運転程度の速度の為直ぐ様停車が出来、跳ねた車両に巻き込まれることは無かった。

 停車した車にガンロッドによる銃撃を浴びせながら、周囲の田畑に身を屈め潜んでいた襲撃者が杖身を覗かせる。

 執拗な銃撃が浴びせかけられるが、強固な防御力がこれを防ぎ続けていた。

 だが何時までも持つ訳ではないのは明白。

 しかし、雨あられと浴びせかけられる魔法の中、外に出る訳も行かない。

 不意の襲撃に一切対処が出来ないまま、手詰まりとなってしまったウェンドゥ達であった。

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