ジャイアントステップ

Garanhead

ジャイアントステップ

「源田君って可愛いもの好きらしいよ」

 高校の休み時間、俺の席の隣は女子たちの溜まり場になっていた。別にいつも会話に耳をそばだてている訳ではない。たまたま俺の名前が出たので聞いてしまっただけだ。

「スマホの画面を、オコジョだっけ? イタチだっけ? そういう可愛いやつにしてる」

 勝手に人のスマホの画面を覗くんじゃないよ。

 それに本人が隣の席にいるのに話のネタにするか?

 もしかしたら、俺はいない者と認定されているのかもしれない。

 一時間目から昼の休み時間まで、俺は机に突っ伏して寝ていた。具合が悪いのではない。夜更けまでチーム制のFPSをしていたので眠くて仕方がないのだ。

 夜はゲーム。昼間は学校で睡眠。いい身分だと思われるけれど俺にも悩みがある。

 昨夜というか早朝のことだ。

 もう組んで二年になるチームでプレイしていた。イヤホンマイクを繋ぎ、試合中にはメンバーに状況を報告し合ってキーボードを叩きマウスを握った。

 しかし、俺は大事な情報をうっかり聞き漏らして敵の銃弾に倒れてしまった。

 メンバーは「気にすんな」と慰めてくれたが、そのうちの一人が冷たく言い放った。

「半端にやるなら辞めちまえ」

 この一言にグサリと刺されていた。

 今年は高校二年生になる。進路だって決めなくちゃいけない。とりあえず大学を受験するつもりだが、そうすればプレイ時間は減る。不安が挙動に現れたのかもしれない。

 俺を迷わせる要素はもう一つある。数週間前にメールを受け取った。相手はプロゲーミングチームのGMだった。「来春から給与の出る研修生として練習に参加してみないか」という誘いだった。

 返信はしていない。

 プロゲーマーへの憧れはある。ゲームで生活ができるなら、してみたい。

 しかし、プロの寿命は三十代と言われている。引退したその先の人生の方が長い。

 となると、大学に進学しつつ、プロゲーマーとしてやっていくのが安泰に思えた。

 が、そんな覚悟でプロとして成功できるのか?

「ブラウの写真、見せて?」

 回想に意識を飛ばしていたら、いきなり誰かに話しかけられた。

 机に突っ伏しているやつにわざわざ話をしようとするか、普通。

 ってか、そのブラウって何だよ。頭をころりと傾けて相手の方を見た。

 話しかけてきたのはルシアさんだった。欧州方面から長期に留学してきており、毛先の丸まった金髪が綺麗な美少女だ。

「ブラウ。国造りの妖精。日本にもいるのね」

 恐らくこれが彼女との最初の会話のはず。でも、不思議とぎこちなさはない。

 ルシアさんが言うには、待ち受けの白長いネズミはブラウという名らしい。


「ブラウを見つけたのは源田のおじいさん。源田は一度も目にしたこともない。ふうん」

 次の日曜日。俺は埼玉の森に連れ出されていた。

 二人で森へと潜っていく。ルシアさんは陽光の色のような髪を後ろで粗く編んでいた。美しさに目を惹かれる。こういう存在を妖精と呼ぶのだろう。

 ただ、ルシアさんは可憐な見た目とは裏腹に、ゴリラのようにずんずんと先に進む。

「昔、じいちゃんがこの辺に住んでて、山菜を取りに来たんだよ。そしたら『光るネズミがおるぞ』って言われて。でも、全然見えなくて森をスマホで撮りまくったんだ。あとで確認したら一枚だけ本当に光るネズミが写ってた。奇跡の一枚」

「それからブラウのことをよく忘れなかったわね。待受けにまでして」

「じいちゃんは四年くらい前に死んだ。で、これが最後の思い出だ。スマホを機種変しても、待受けだけはこれにしてる。ってか、昔、この辺は森だったぞ。山道だろ、これ」

「ブラウを知る人が少ないから。かも。この国も巨人が豊かな大地を造る。私の国と同じ」

 この辺が俺にはあまりついていけない話だった。妖精とか国造りの神様とか。

 それにしてもどこまで行くつもりだ?

 日が天に登る頃、やがて開けた場所へと到着した。

 真っ平らで広々とした草地。中央には爬虫類の目のような形の大きな湖があった。

「グレートね。ここまではっきり残っている足跡。珍しい」

「足跡? どこが?」

「湖。巨人の踏み抜いた跡ね。この辺りの街を作り、そして人を住まわせる『国』を作った。その痕跡」

 湖の周りには朽ちた木々が横たわっていた。その周囲にうろちょろしている生き物が見える。俺は叫んでいた。

「いた! 白いネズミ! もふもふ!」

「いきなり近づかないで。逃げたらあなたの幸せも一目散に逃げるから」

 脅しに屈してすぐさま足を止めた。

 しばらく、ルシアさんと並んで湖の方角を眺める。

「あいつ、妖精? それにこの湖が巨人の足跡? ピンと来ないな」

「信じなくていい。ただ、あなた無しではこの足跡もブラウも存在しなかったかも。だから、私は連れてきた。そうでなかったら、一人で勝手に来てる。妖精も巨人も覚えていてくれる人がいて存在できる」

「じゃあ、俺がもし撮影に失敗してたら、ブラウも湖も存在できなかったのか」

「あれだけ森が深かったから、その可能性が高いわ」

 そう告げられると、じいちゃんとの思い出に意味が生まれた気がして嬉しかった。

「……巨人は各地の神話でしばしば神と戦う。大体は神々が勝利する。その意味は『自然を打ち破る文明の力』だったり、『自然を切り開く人間の技術』よ」

「へえ、巨人って神話に出てくるから、どの国でも神様だと思ってたぜ」

「私の故郷でもそうだった。巨人は人間のために国を造る神様だった。国を整えるのは人理の成すこと。巨人はそこに自然と人間とが共存するメリットを教えた」

「巨人が国造りをしなかったら、コンクリートの建物ばかりになるのか」

「もしくは、私の故郷みたいに森に閉ざされて、人が寄り付かない秘境になるわ」

 ルシアさんの横顔はぽつねんとしていて寂しそうだった。

 誰かの悲しい顔は嫌いだ。

 ブラウたちが交わって遊ぶ姿を眺める。追いかけっこをして遊んでいた。

「もふもふだなぁ。なあ、さわれないの?」

「えっ、さわりたい?」

「何で若干引き気味なんだよ。俺は四年以上もあいつをずっと待受けの画面にしてたんだ」

 俺が強く言い張ると、ルシアさんはため息をつく。「故郷ではよく遊んでたけど」と前置きをして腰を低くしていた。ちょっと元気が出たみたいだ。

 逃げられそうになると立ち止まり、身振り手振りで落ち着くようにブラウに訴えていた。

 俺も真似して近づく。あと一歩まで距離を詰めたが、俺のくしゃみでブラウは素早く逃げてしまった。ジト目のルシアさんから視線を逸す。ごめんなさい。

 今度は澄んだ湖が目に入った。

「これが巨人の足跡ってことは、別のところにもあるのか?」

「残すのは最初の一歩だけ。ブラウは巨人をこの地に導く役割を持っているわ」

「巨人を最初の足跡の場所に?」

「巨人は人間の野蛮な行動に困惑して、国造りを止めてしまうことがある。そんな時、ブラウに導かれてきっかけを思い出すの」

「そうか。初心を見失わないために、こうやってしっかり足跡を残すんだな」

「それはちょっと違う。迷ったら後で来た道を戻れるようにして行動する。巨人はそんな半端なことをしないわ」

 半端なこと。

 その一言が頭の上から降ってくるようだった。

 半端にやるなら、やめちまえよ。

 俺に浴びせられた、あの夜の言葉が蘇ってくる。

「巨人の決意には向こう見ずで無謀で力強いものがあったはずよ。巨人に足跡を思い出させてくれるのは、あくまでブラウたち。そのために居るのよ。必死で懸命で命がけでやれば、必ず足跡が残る。そして応援してくれる人たちも出てくる」

 どこか俺は自分の現状と重ね合わせていた。

 何か大きな決断を、自分なりに利口にこなそうとしていた。

 だから、前のめりに、がむしゃらになれなかった。

 それじゃ、駄目なんだ。

「俺も半端なことは止める。ものになるかどうかは分からないけど、全力で挑んでみる」

 独り言のつもりで呟いたはずだった。

 けれど、思わぬ所で言葉を返してくれたのはルシアさんだった。

「賛成。最近のあなたのプレイ、ぬるかったもの」

「は?」

「気づいてなかった? こっちは分かってたんだけど」

 ルシアさんは俺と毎日のようにゲームをしていた、同じチームのメンバーだったのだ。声質から小学生男子かと思っていたけど。

 それから俺は、プロチームからのメールに前向きな返信をした。

 最後まで迷ったけど、親にはゲームに集中するので大学への進学をしないと伝えた。

 反対されたし説得された。

 でも、無謀だと言われようが、馬鹿だと嘲られようが、行き詰まっても面倒を見ないと脅されようが、俺はがむしゃらに進もうと決めていた。

 決意を固めたのは湖からの帰り道だった。

 ルシアさんの後ろについて山道を降りながら、ふと記憶が蘇ったのだ。

 数年前に俺がこのゲームを真剣にやろうと決めた瞬間だ。

 きっかけは何かからの逃避でも、大仰な目的があった訳でもない。

 ただ動画サイトでプレイ動画を見て、俺もやってみたいと軽い気持ちでインストールした。そして、誰よりものめり込んだ。「俺は誰よりも上手い」と何度も思った。幾度となくその認識は裏切られた。何回も悔しいと泣いた。その度に強くなりたいと全身が燃えるように熱くなった。

 そうやって、ここまで来たじゃないか。

 夢中になった日々の先に今の俺がいる。

 そのはずだった。

 その時の俺は別にゲームを続けた先の未来だとか、否応にも降りかかってくる現実の問題とか考えてなかっただろ?

 一握りの人間しか成功できないのなら、俺はその一握りに入ってやろう。

 もし、職業にすることでゲームが嫌いになるのなら、また好きを取り戻すまでやり込めばいい。

 懸命になれば応援してくれる人だっているって分かった。

 妖精のような存在が、俺の側にも居てくれてくる。

 間違いない。

 こうして俺を最初の一歩の場所に連れてきてくれて、心を決めさせてくれたのだから。

 俺はここから偉大なる一歩を踏み出す。

 作り出される俺の未来は、巨人の国造りにより出来上がった景色のように、どこまでも遠方まで続いていくだろう。違いない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ジャイアントステップ Garanhead @urongahara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ