第18話・化けの皮をはいでみせようぞ


「お義母さまはなにがおっしゃりたいのですか? わたしの母に何かご不満でも?」

「そうね、あの相馬の家の血を引く女の娘など伊達家の嫁には相応しくないということよ」

「そのわたしを政宗さまの嫁にと求められたのはお義父上さまにございます。わたしを認めたくないのならそのようにお義父上さまに申し上げられませ。わたしは伊達家のご当主さまの指示に従いますゆえ」


 姑は思った事をそのまま口に出してしまう人らしい。相手がそれを聞いてどう思うかだなんて思いやる事も出来ない人なのだろう。名家の姫育ちと梅からは聞いてるから、周囲に何でもわがまま放題に甘やかされて育ってきた女性なのかも知れなかった。

 だからと言って嫁の母親に対して悪く言うのは如何なものか? わたしは愛姫の母について何も知らないけど、自分の母親を侮辱された様に感じて反論していた。


(なんなの。この人。大人げない)


「まあ。なんてもの言いでしょう。あなたは少し目上を敬うことを学んだ方がいいと思うわ」

「ご心配には及びません。わたしも清顕の娘にございます。目上の方でも尊敬に値する御方にはそれなりの態度で接するようにしておりますので」


 義姫はわたしの発言に眉根を寄せた。彼女が面白く思ってないのが丸わかりだ。


「気軽にあの御方の名前を口にしないで。世が世ならわらわがあの御方のもとへ嫁いでいたかも知れないのに。あなたなど清顕さまの娘に相応しくないわ」


 姑が清顕の名前に感情を露わにするのを見て、わたしは義姫が清顕に対し特別な感情を抱いているのではないかと思った。


「お義母さまは我が父のことをまだお好きなのですか?」


 義姫の顔が醜く歪み、わたしの頬にバシンと平手が舞った。わたしは自分の身に何が起きたのか一瞬分からなかった。


「そなたに何が分かる?」


 激昂した義姫は胸元に手をやり、扇子を取り出した。


「この痴れ者めがっ。ええいっ。そこへなおれ。忌々しい!」

「痛いっ。おやめ下さい。お義母上さまっ」


 義姫は閉じた扇子でわたしのこめかみを打った。痛すぎて堪えられそうにない。わたしは討ちすえる義姫から逃れる為に袖の袂で顔を隠した。すると代わりに頭や肩を討たれた。


「いたああい。やめてぇええ」


 わたしの悲鳴を聞きつけて、控えの間から梅たち侍女が飛び出して来た。


「愛姫さまっ」

「おやめ下さい。奥方さま」


 一目で何が起きているか判断したのだろう。咄嗟に梅はわたしを抱きこみ、その周囲を何人かの侍女たちが取り囲む。それ以外の侍女たちは総出で義姫を取り押さえようとした。


「ええいっ。離せ。放さぬかっ。無礼者っ。この相馬の女狐の血を引く娘は性根から叩き直さなければならぬ。離せ。放さぬか」


 義姫の目は血走り殺気めいていた。皆が尋常でない様子を見て取り、わたしと姑の間に防波堤のように割り込んで引き離してくれた。


「義姫さま。どうかお気を確かに」

「もうおやめ下さい。愛姫さまが可哀相でございます」


 侍女たち皆がわたしを守ろうとしてくれていた。その姿が義姫の怒りをさらに煽ったらしい。義姫が口汚く罵る。


「相馬の嫁め、皆を誑かしおって。皆が騙されてもわらわは騙されぬ。そのうち化けの皮を剥いでみせようぞ」

「義姫さま。おやめ下さい」


 皆が悲痛な顔をするなか彼女だけは、あははははははは。と、気が狂ったように笑い声をあげる。そこへ先ぶれの武士が駆けこんで来た。


「申し上げますっ。輝宗さまご帰還にございます。我らの勝利にございます」

「なに? 殿が? 殿が帰還されたか? 政宗どのは無事か?」


 気が狂っていたように笑っていた義姫は、正気を取り戻したように落ち着いた。


「はっ。ご無事にございます」

「そうか。では出迎えの用意をせねば。みな参るぞ」


 彼女はわたしを捨て置いて、部屋を退出してゆく。義姫付きの侍女たちも、わたしに申し訳なさそうに一礼してから立ち去って行った。


(助かった……)


 気が張っていたわたしは安堵したことで一気に気が緩んだらしい。義姫一行を廊下にて見送った後、部屋に戻ろうとして視界が揺らいだ。身体が傾ぐのを感じる。


「姫さま」


 薄れゆく意識のなかで、誰かの腕のなかに引き込まれた様に感じた。

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