第19話・帰りたいの


 布団のなかで目が覚めたわたしは、自分のすぐ傍に誰かがいるのに気が付いた。寝てる間に日が暮れたらしく、行燈の明かりが部屋のなかを照らし出していた。


「姫さま。お気がつかれましたか?」


 梅がわたしの顔を覗きこんでいた。


「わたし一体どうしたの?」

「お疲れが出たようです。お粥をお持ち致しましたが召し上がれますか?」


 梅が用意してくれたお粥が、行燈前に置かれてるのを視界におさめながらわたしは首を横に振った。美味しそうな湯気が立っているのが見えたが食欲が湧かなかった。

 でもせっかく梅が用意してくれたものだ。少しでも口をつけないと悪い気がする。



「いまはまだ欲しくないかな。でも枕元に置いてて。後でもらおうかな?」

「ではそのように」


 障子の向こう側から風に乗って本殿の方から騒がしい人の声が聞こえて来る。戦から帰って来た者達を労う宴が開かれているようだ。


「政宗さまたちは帰って来てるのよね?」


 成実は無事だろうか? 仮の夫のことを訊ねながら、わたしは布団のなかで独眼の彼のことを思っていた。


「はい。先ほど輝宗さまがいらっしゃいました。義姫さま付きの侍女から報告を受けた様です。姫さまはお休みなさっておられたので部屋にはお通し致しませんでした。輝宗さまは大層心配されてまして折りをみて義姫さまの方には注意しておくと申されておりました。そして愛姫さまに申し訳ないとおっしゃっておられました」

「そう。政宗さまは?」


 わたしの問いに梅は首を振った。


「まだいらしてません。大広間では義姫さまが皆さまを戦勝祝いをしてらっしゃいまして、政宗さまを労っておられまして……」

「あ。そう」


 梅が言いにくそうに言う。政宗に関しては大体予想がついてたから期待もしてなかった。輝宗さまにはわたしの様子が伝わってるようなので、事情はそれとなく彼にも伝わってはいるだろう。

 政宗には仮の妻よりも、実母が大切らしい。また義姫も息子可愛さにわたしに当たったのかも知れなかった。


(所詮は政略結婚だもんな)


 気が付いたらこの世界にいたわたしにとって、田村家の姫と言われても彼等とは全く交流が無いし何の繋がりもない。梅が頼りだったけど、その彼女も伊達家の者と成実に教えられてからは、彼女に甘え過ぎるのもどうかと思ってちょっとだけ距離を置き始めた。

 梅はこの伊達家にとってよく思われてない嫁の、わたしの一番身近な侍女である。わたしは梅にしか気を許せてないけど、そのことで他の侍女から梅が悪く思われてないかと心配になったから。


 身体を布団の上に起こして本殿の方を見れば、風に乗ってわああ。きゃああ、などと女性達の明るい声に混じって男たちの楽しそうな声が聞こえて来る。そのなかで一番、声高に笑い声をあげているのは姑の義姫だろう。彼女はわたしのことなど気にも止めてないのだろうな。と、それだけ淋しく思った。

 あのなかに政略結婚で両家との繋がり重視で嫁いできた愛姫を、気遣うものはいないのだ。その事実が悲しく胸を打つ。


(なんだよ。わたしが何したっていうの?)


 憤りを感じてもぶつける相手すらいない。わたしはこの世界で締め出しを食らっている。あの明るい宴のなか、彼らの仲間としてわたしは入れてもらえそうにない。


(帰りたいよ。これが夢だったらいいのに……)


 目が覚めたら朝になっていて、青葉と話をするんだ。「変な夢見ちゃった」なんて言ってさ。夢の中身を語ったりして。それを聞いた青葉が陽菜は寝ぞうが悪いからそんな夢見ちゃうんだよ。だなんて偉そうに言ってきたりして。いつかあそこに帰れるのかな? もう青葉には会えないのかな?


「もうこんなとこ嫌だ。帰りたい……」


 布団の上に滴が落ちて、利き手で頬を伝う涙を拭っていると怒ったような声が返って

きた。


「それは無理だ。諦めろ。愛(めご)。政宗はおまえを絶対に手放すつもりはないからな」

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