第9話・舅から頼まれたおつかい


 結婚してからもわたしは周囲に姫さま扱いされていたので、冷酷政宗の奥方になった気が全然しなかった。政宗の妻になったからといって特にやる事はなし。これといって何も変化はなかったのである。

 ただ侍女の顔ぶれが変わったようで落馬した日にわたしの傍にいた侍女たちは、梅を一人残して皆入れ替わっていた。


 結婚式からして一人ぼっちにされたわたしだ。それも婚姻相手の家に入ったのだから、婚家の使用人たちに囲まれるのが大名家として普通なのだろうと思っていた。


 初夜の晩から一度も政宗さまと顔を合わせる機会はなく早くも一カ月が過ぎた。一カ月もすれば大体、城の様子は分かって来る。愛姫はなぜか伊達家で警戒されているようだ。祝言をあげた翌日から本殿から遠く離れた離れの棟に追いやられ、伊達家側からは顔馴染みとなった小十郎始め、決まった者しか傍に置かれなかった。


 そのせいで他の伊達家の御家来衆に気を使うことはないものの、本殿の方から楽しそうな人の騒ぎ声とか聞こえて来ると、現役から遠のいた窓際族のような気分で淋しくなってくる。


(これじゃ、ますますいてもいなくてもいい存在だな)


 それでもグレずにいられるのは、舅の輝宗さまが時々、離れを訪れて何かしら贈物をくれたり、わたしの話相手になってくれるからだ。輝宗さまはわたしのもとを政宗が訪れてるものと思い込んでる様で、にこにこと笑ってふたり仲よくやってるか? と、聞いて来る。あれ以来、顔も合わせてないのでなんとも言い様がないわたしは曖昧にほほ笑むだけにしておいた。


 だって梅から聞いたのだ。大名家としては一日も早くお世継ぎが欲しいので新婚さんは毎晩励むのだと。もし、輝宗に政宗がわたしのもとに通ってないだなんてばれたなら、けしかけられて今晩にでも政宗を送りつけられそうで嫌だった。


 梅には初夜の事は知られてしまっている。彼女は政宗さまに対し憤慨していた。


「一体、あのお方はどういうおつもりですの? 姫さまをないがしろにされるおつもりか?」


 と、政宗近習の小十郎に食ってかかりそうな勢いだったので止めておいた。

小十郎も何も言わなかったが、祝言翌日は実に気まずそうな顔をしていたので、政宗から何か言われたのだろう。


 わたし的には政宗とそんな仲になりたくないので助かったんだけど。そんなことを言える雰囲気ではなかった。未だに訪れのない政宗を梅は心良く思ってないようで、あの残念男めが。と、わたしの代わりに憤っている。


 そんなある日、わたしはふいに部屋を訪れた舅からお遣いを頼まれた。


「愛姫。虎(こ)哉宗(さいそう)乙(いつ)殿(どの)のもとへ書状を届けてもらえるかな?」

「畏まりました」


 舅の輝宗さまは城にこもりがちなわたしを気遣って、外へわざとお遣いに出してくれようとしていた。それが分かってわたしは輝宗さまの御好意に甘えることにした。舅が部屋を退出してすぐに梅を呼び寄せる。


「梅。梅いる?」

「はい。愛姫さま。どうなさいました?」


 隣室へと繋がる襖が開いて梅が入室して来た。


「義父上さまから頼まれたの。虎哉さまのところに書状を届けて欲しいと」

「お出掛けですね? ではすぐに籠のご用意を」

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