第8話・最悪な初夜
二時間ばかり過ぎた頃、疲れただろう。宴もたけなわとなって来たから下がって良い。と、輝宗から言われ、すぐにも退出したいわたしだったのに、立ち上がろうにも足が痺れまくっていて身動きが取れなかった。
「どうなされました? 愛姫?」
「足が……足が……」
「……!」
側に進み寄って来た小十郎は、今朝からのわたしの態度で様子を察したらしく、
「ご免」
と、言うなりわたしを抱き上げてその場を退出した。広間では花嫁を抱えて、小十郎が退出したのが注目されていたのだろう。背後から妙なざわめきが感じられたが、わたしにはそれどころではなかった。
「小十郎。あの。足が痺れただけだから……」
抱えてくれた小十郎の首に腕を回しながら言えば分かっておりますよ。と、声が返ってきた。
「さすがの愛姫さまにも弱点がおありのようで。足が痺れたなどと……」
と、可笑しそうな反応が返ってきた。しかたないじゃん。現代っ子なんだから正座なんてし慣れてないし。
(そりゃあ、長時間座っていたら足だって痺れますよ)
ふくれっ面のわたしをそのままに、小十郎は軽々と抱えて宛がわれた部屋まで運んでくれた。彼に抱えてもらったのはこれで二度目。優男風なのに彼は意外に力持ちらしい。花嫁衣装まで着こんで重みが増したわたしを顔色一つ変えずに運んでくれたのだから。
「ごめんなさい。重かったでしょう」
動けないわたしは部屋まで来て静かに下ろしてもらった。わたしは申しわけなさに謝ることしか出来なかった。
「愛姫さまは重くなどないですよ。米俵を担ぐことに比べたら全然軽いくらいです」
(比べるものが米俵って……)
米俵が実際どれくらいの重みになるのか想像もつかないけど、わたし以上に米俵の方が重いってことだな。痺れる足を投げ出したわたしの足裏を、にやりと笑った小十郎が手に取る。
「な。なに? 小十郎?」
「揉んで差し上げますよ」
「あ。やだ。そこ触れないで。痛たたた……」
小十郎はわたしの足裏を両手で擦り始めた。
「うわあ、駄目。だめぇっ。そこ駄目ってば。止めてぇ。小十郎~」
「姫さまっ」
そこへ慌てて飛び込んで来たのは梅で、花嫁衣装を着たまま、小十郎に足裏を揉まれているわたしを見てコホンッ。と、空咳をした。
「失礼致しました」
「梅。行かないで~」
退出しそうな梅を呼びとめる。小十郎っては加減なしなんだよ。ぐいぐい足の裏押してきて痛い。痺れがジンジン弾けて辛いんだよ。助けて梅。あ。ギブ。ギブ。ギブ~。
「愛姫さま。それだけ元気があれば大丈夫ですね。ではお食事をお運び致しますね」
小十郎に足裏を揉まれて身悶えしてるわたしを放っておいて梅は行ってしまった。
(ちょっと。梅~)
小十郎のマッサージにしばらくわたしは翻弄され、食事が運ばれてきた時には口から魂が飛び出すかと思った。
その晩、わたしは慎重な面持ちで寝室で花婿の訪れを待っていた。本当は先に寝てしまいたい所だ。だって初夜ですよ。十六歳のわたしでもその意味は分かる。これから一生に一度の忘れられない夜を過ごそうというのだ。不安はある。
(怖い)
出来れば逃げ出したい。しかし、この部屋の外には見届け人として小十郎が控えてるし逃げ場がない。こういうのって出来ることなら自分の望む人と結ばれたいのにな。
白い寝巻きの着物がいよいよこれからですよ。と、いやが上にもわたしの気持ちを高ぶらせる。結婚式で顔も合わせてない相手とこれから合体だなんて。怖いよ。無理だよ。
(誰か助けて。神さま。仏さまっ)
心のなかで手を合わせていたらするりと襖が開いた。入り込んで来たのはわたしと同じ白い寝巻き姿の美少年だった。
「そなたが愛姫か?」
入室して来た美少年はわたしをぬめつけた。その目線は気のせいか険しいもので、声音も氷水を浴びせたような冷たいものだった。わたしを歓迎してない事は彼の態度で知れた。この冷やかな態度の主が政宗なのだろう。まだ顔を見ぬ旦那さまをわたしは色々と想像はしていた。でもこんな冷たい歓迎をされようとは思いもしなかった。
彼の態度は宴にいたオジさん達と遜色のないものだった。わたしを敵視する目。その目に立ち向かうようにわたしは訊ね返した。
「あなたが政宗さま?」
相手が頷く。それにしては実感が伴わなかった。なぜだろうと考えて彼に足りないものに気がつく。
(眼帯がないんだ)
目の前の美少年は独眼ではなく、花の様な顔(かんばせ)に、黒耀のような輝きを放つ両眼を乗せていた。伊達政宗と言えば独眼で知られる戦国武将だ。それなのに眼帯がないなんて思いもしなかった。
政宗さまの現在の御年は十五歳。史実では彼が十三の時に二つ年下の愛姫をお嫁さんに迎えたと、前に青葉から聞いた事がある。
この世界は作られた世界。キャラの容姿や年齢やストーリーとか食い違いがあっても問題ないのだろう。でなければこんな十五歳男子いやしない。絶世の美女と言ってもいいほど美しすぎる男子なんて。
「愛姫」
「はい」
政宗に呼びかけられてわたしは我に返った。一つ年下の彼はわたしより綺麗過ぎた。背はわたしより三十センチほど高く華奢な体つきで美白だ。ぬれ場カラス色した紫がかった黒髪を頭の後ろで束ね、強い意思を秘めた瞳を縁取る長い睫毛が印象的だった。
(うわあ。キラキラ男子だよ。眩し~。この人の隣になんて立てない。嫌味だ)
わたしは早くも女として白旗をあげた。負けた。男のこいつに負けた。不謹慎にも祝言の席に彼がいなくて良かったとさえ思ってしまった。だって花嫁のわたしより注目浴びそうだもんね。
彼は男装の麗人と言っても差し支えないほど人目を惹く容姿の持ち主だったのだ。たった一つだけ欠点をあげるとしたらその顔に笑みがないことだろう。もし仮に彼がほほ笑んでくれたのならわたしのなかの彼への好感度は最高にアップしたに違いないだろうに、彼はそれを望んではいないらしい。こちらに向けられた目は爬虫類のように冷たく覚めていた。
(もう少し笑えや。政宗。こらっ)
わたしは垢ぬけた容姿の彼を睨み返した。その不躾な視線が悪かったのだろう。政宗は愛想なく言った。
「愛姫。そなたとは縁あって夫婦となった。だがこれは政略結婚だ。政宗はそなたを真の意味で妻として迎えたつもりはない。今後そなたの閨に通う事も無いから期待されても困る。では今夜はゆっくり休まれよ」
そう言い捨て政宗は退出して行った。わたしは貞操の危機から免れたものの、なんだかスッキリしない気持ちを抱える事になった。
(なんだあれ? 一方的に言い逃げしやがって)
この結婚は政略結婚と聞いている。だけどあの態度は何だ? こちとらわざわざ嫁に来てやったと言うのに、労(ねぎら)うどころか期待すんなよ。とはどういうことか?
わたしだってね、あんたみたいな女男、好きじゃないっての。こっちからお断りよ。なのにさ期待すんなよって。わたしがいかにもあんたに抱かれたがってるみたいじゃない? 初対面でビッチ認定か? あの勘違い男許せないわ。
梅から愛姫は田村家の一人娘だと聞いている。田村家としては政宗と愛姫との間に生まれた子供を養子に貰い受ける事を条件に愛姫を嫁がせたと聞いたけど、そんなの知るかっての。養子でも取ればいいんだ。あいつには触れられたくも無い。
(あれがわたしの旦那さまとはねぇ。ガッカリだよっ!)
欲を言えば普通の見目で良いからさ、もう少し優しく気遣ってくれる男性が相手だと良かったな。
舅の輝宗さまが優しい人だから、息子の政宗さまもそれなりに良い人なのかと思ってたのに。非常に残念だ。あ~悔しい。
旦那さまとの対面は、わたしにとって最悪なものとなった。今後の結婚生活が思いやられるな。
(なんだか惨めだよ。もう少しさ、言い方ってのがあるでしょうが。くそガキ)
不満を抱えながらも布団に入ったわたしだったが、今日は色々あったせいか目蓋を閉じたらいつしか寝入ってしまったらしい。気がつけば翌朝を迎えていた。
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