第7話・祝言は針のむしろ状態でした
翌日。伊達政宗とわたしの婚礼が粛々と行なわれた。結婚式だなんて生まれて初めての経験で緊張する。大広間の上座に用意された花嫁の席で、わたしは雛段に乗せられた雛人形のごとく身動きとれずに俯いていた。
ここまで来るのにちょっとした騒動になったのだ。これ以上は恥を晒したくない思いでいっぱいだった。朝早くから湯浴みをさせられて身綺麗になったところに薄化粧を施され、髪の毛は時間かけて念入りに梳(くしけず)られる。それが半端ない力でぐいぐいとかされて地味に痛い。
それから解放された。と、思ったら今度は幾重にも着物を重ねて着せられ、その上から侍女二人がかりで左右から帯をぎゅうう。っと、力いっぱい締めあげられたのだ。胃が苦しくて気を失うかと思ったくらいだ。
(花嫁衣装は武装だな)
ようやく拷問が終わり、ため息をつく暇もなく宴の始まる座敷へと移動となって、立ち上がった時、わたしは着なれない着物の裾を踏み転びそうになった。
「愛姫さま」
慌てて梅が身体を張って支えてくれて転倒は免れたが、それを見ていた侍女からくすくす笑われた。廊下に出ようとして今度は尾を引いた着物の裾が足に纏わりついて上手く前に進めない。梅が小声で、着物の裾をかかとで蹴って歩かれるが宜しいでしょう。と、アドバイスしてくれたがそれでも着物を上手くさばいて歩くことが出来ずに動きがぎこちないものになっていた。
梅は周囲の者の手前、姫さまはよっぽど緊張されてるのですね。と、誤魔化してくれたが、わたしとしては転ばないようにするのが精一杯で他のことなど気にしてる暇も無かった。
着物なんて七五三以来だ。滅多に着たこともない。昨日は乗馬の為、愛姫は袴を穿いていたので足もとなんて気にしてなかった。
(着物って意外に動きにくいし、歩きにくい)
わたしが上座の花嫁席につくと、伊達家のお偉いさん連中が不躾にじろじろ見て来た。
この場の進行係らしき者がそれでは伊達家と田村家の……と、言い出した時に、わたしは顔が引き締まった。ここでわたしがミスをすれば、それは愛姫の実家(田村家)の醜態となる。それだけは避けなければ。と、目線を泳がせると下座に控える梅と小十郎と目が合い頷かれた。
ふたりともわたしを心配してくれてるらしい。変な行動をとるわけには行かないな。特に小十郎は伊達家家臣だというのに、わたしに良くしてくれるしね。
(ここは現代っ子の意地をみせてやるか)
と、思ったものの何が出来る訳でもなくわたしが出来ることと言えば、お偉いさん達の長い話を聞いて大人しくしてるだけだ。
朝食もろくに食べてないので、空腹を覚えても帯で苦しいからろくに手を動かせないし、仮に動かせたとしても、小心者のわたしは大勢の人が注目してるなか目の前の御膳に手を付ける勇気もない。
わたしはひたすら早く終われ~と、心のなかで願っていた。
(これじゃあ、晒し者だよ)
固めの三三九度は口を付けるだけで良いと、あらかじめ小十郎から説明を受けていたのでその通りこなすと、周囲は宴会へと突入した。ざわざわと雑談があちらこちらで飛び交っている。結婚式というと、新郎新婦の家族、親族、友達などと祝うものと思っていたわたしだったが、大名家の結婚というものは花嫁側からは付き添いの武士が一名だけ参加してるだけで、あとは新郎側の家族や、親族、一門に取り囲まれて祝う形らしい。
わたしの一挙一同を、伊達一門が監視してるようで息苦しかった。
(もう嫌だよ。帰りたい)
切に願う。家に帰りたい。ああ。これが夢だったなら早く覚めてもらいたい。お腹空いたし足は痺れて来たし、こちらを注目しながら何か言いあっているオジさま達の目線はどこか刺々しいものを孕んでいるし。
隣の新郎席をちらりと伺えばそこにあるはずの人の姿はない。祝言は新郎なしに始められたのだ。
何でも新郎の一身上の都合により参加出来ないとの話だった。おかげで上座に一人ぽつん。と、取り残された様にいる自分がハブられているような気にさせられる。
(政略結婚ってこんなものなんだろうな)
はああ。退屈。欠伸を噛み殺すわたしに声をかけて来てくれた者がいた。
「済まぬな。愛姫。政宗が不在の為に花嫁一人で祝言をさせてしまって。あとしばしの辛抱だ。祝言が終わったならあとで部屋に食事を運ばせよう。ここではゆっくり食事をする気にもならぬだろう?」
「いえ……」
わたしを気遣ってくれるのは舅となる政宗の父の輝宗さまだ。顎髭の似あうダンディーなおじ様で、この場では小十郎の他に輝宗さまだけがわたしに優しい言葉をかけてくれていた。
姑の義姫さまは体調が優れない。とかでこの場には出席されていなかった。その代わり祝いの品が部屋には届けられていた。
(伊達家に嫁ぐ必要あったのかな? 愛姫って?)
じろじろと遠巻きにこちらを伺う不躾な視線から、舅以外の者達の歓迎していない雰囲気がひしひしと伝わって来るような気がする。わたしは針のむしろに座っているような居心地の悪さを感じていた。
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