第5話・ヒロインとご対面!


「これからどうなっちゃうんだろう。わたし」


 わたしはうろうろと宛がわれた部屋のなかを歩きまわった。離れは客間として使われているのだろう。思ったよりもなかは広かった。小十郎らに聞かされた話はわたしにとって衝撃的なものだった。  

 わたしはここでは愛姫として存在し、これから伊達政宗のもとへ嫁ぐ途中。ってことはわたしは政宗の奥さんになるってことだ。

 好きでも何でもない相手に嫁ぐなんて抵抗あるけど、何よりその後の展開が見えて来なくてハラハラする。わたしは歴史は好きじゃない。年代とか覚えにくいし苦手だ。


 逆に青葉は歴史好きで、特に戦国時代には詳しかった。このゲームにハマったのも確か彼女の大好きな武将がいたからだ。


 片倉小十郎景綱。伊達政宗のあるところ、必ず傍らに彼の姿あり。と、言われ天下の陪臣として人気も高く、智の武将として謳われる男らしい。


(あの優男をね……)


 青葉が狙っていた小十郎にわたしは出会ってしまった訳だが、ため息しか出なかった。青葉はこの景綱が大のお気に入りで攻略せんと頑張っていた。だけどいつも良い所で政宗公に呼び出されてしまう。彼は主君第一主義。色恋よりも忠義を優先させるので、政宗をかなり敵視していたようだ。


「この俺さま独眼野郎めが」


 と、ぶつくさ呟いていたのを思い出す。青葉はその伊達政宗に邪魔されてよっぽど腹が立ったのか、ヒロインが仕える政宗の妻の愛姫にまで八つ当たりしていた。


 その事を思い返していたら、襖がすーと空けられて一人の少女が顔を覗かせた。綺麗な子だ。


「愛姫さま。大丈夫ですか? 落馬して頭を打たれたと聞きましたが……他にお怪我はありませんか?」


 少女は小柄で色白。シミ一つない羨ましいくらいに透明感のある肌に艶やかな亜麻色の髪。こちらを伺う彼女の茶黒の瞳からは利発そうな印象を受けた。美少女とは青葉や彼女のような者の為にある言葉に違いない。わたしは彼女に見惚れた。わたしよりはちょっと年下に見える。青葉と同じくらいの歳だろうか?


「愛姫さま? どうなさいました?」

「あの。あなたは誰?」


「姫さま。まさかわたくしのこともお忘れですか? わたくしは梅でございます。愛姫さまのお傍付きの侍女の梅にございますよ」

「梅? あなたが梅なの?」


 彼女はわたしに問われて悲痛そうな声をあげた。わたしは彼女が梅と知り泣きたくなった。梅はこのゲームのヒロインなのだ。青葉がなりきっていた主人公だ。

 彼女を前にしてわたしは嫌でも自覚せざる得なかった。ゲームの世界にどういった訳か入り込んでしまったことを。


「お願い。元の世界に返してよ。梅。わたしこんなことしてる場合じゃないの」


 梅の肩に両手を乗せて揺さぶる。彼女にしてみれば言いがかりでしかないが、わたしは誰かにこの理不尽な思いをぶつけずにはいられなかった。自分で望んでこの世界に来たわけじゃない。気がつけばここにいました。愛姫として。


「ああ。おいたわしや。姫さま。記憶を失われて不安なのですね? 大丈夫ですよ。わたくしがついておりますからね」


 泣きそうな顔をして梅がわたしを抱きしめて来た。本気で心配してる様子だ。


「辛いですよね? 戸惑われておられるのですね? どうぞ気が済むまで梅に当たって下さい。梅は何があっても姫さまのお傍におりますから」


 ぽんぽんと背中を軽く叩いて来る少女の労わりにわたしの気持ちも落ち着いてきた。彼女に当たっても仕方がないことだ。彼女がこの世界にわたしを連れ込んだわけではない。


「ごめんね。梅。あなたに当たってしまって……」

「いいのです。梅は愛姫さまの侍女にございますから。姫さまは今まで慣れ親しんだ三春から見ず知らずの土地へと嫁いで来られて心細いのもあるのでしょう」


(うわあ、何ていい子なんだ)


 梅は愛姫が生まれ育った国から見知らぬ国に嫁いで来た所に、落馬して記憶を失い心淋しいのだろうと思ってくれてる様で真摯に心配してくれていた。

 わたしは思わず彼女の背を抱きしめた。


「梅はしっかりしてるよね? 何歳なの?」

「それもお忘れですか? 十三です。姫さまと同い年にございますよ」

「じゅうさあん?」


 梅は愛姫と同い年だと言った。ここで愛姫とはわたしのこと。十三歳? そりゃあないよ。わたし実際は十六だよ。実際の年齢より三つもサバよんでるけど許されるかな?

 確かこのゲームはヒロインが十三歳設定されてるからその影響だろうか?


(なんてこと。年下の子にわたし八つ当たりしたなんて。最低だな)


 わたしは謝らずにはいられなかった。梅から距離を取り、布団の上で正座して謝罪した。


「ごめん、梅。ごめんね……」

「頭をあげて下さい。姫さま。そのようにお気になさらずとも良いのですよ」


 そんな良くないよ。今のはわたしが一方的に悪かったんだから。と、言えば梅から意外な言葉が返ってきた。


「姫さまはお優しいですね」

「それは違うよ。梅に八つ当たりしてしまったし」


 わたしは非常に気まずいのに、梅はふふ。と、ほほ笑んだ。

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