第4話・ゲームの世界に入っちゃった?


「和尚。馬の腹に痣があった」

「籠もなにかやすりのようなもので擦ったような跡がみられたとか? やはりこれは姫さまの入城を心思わぬ輩の仕業でしょうな? 小十郎どの」


 優男と、寺の住職らしき人が布団の中で横たわるわたしの傍で膝を突き合わせて話あっていた。

優男の名前は小十郎という名前らしい。わたしはその隣でおとなしく彼らの話を聞いていたが話の流れが全然分からなかった。


「あの……ここはどこでしょう? あなたがたは?」

「愛(めご)姫(ひめ)さま?」


 小十郎が訝る様に見つめて来た。それは眼光鋭くわたしは布団の中で首をすくめたくなる。


「我らを覚えておられないのですか?」


 覚えてないも何も記憶すらない。夢の中の世界のはずなのに相手は探るようにこちらを見てきた。ふたりにじろじろ見られてわたしは罰が悪く思われた。夢のなかの話だというのにやけにリアリティーがある。わたしは訊ねることにした。


「あなたがたは誰? それにわたしはここではどんな配役なんですか?」


 自分の夢のはずなのに、ちっとも理解できないから聞いたのに、ふたりは互いに顔を見合わせてからわたしを見た。


「もしや姫さま……落馬の際、頭を打たれて?」

「我らのことをお忘れか?」


 わたしは頷いた。良く分からないままでいたくなかったから。すると小十郎が傷ましそうな視線を向けながら説明してくれた。


「ここは米沢です。こちらは虎(こ)哉宗(さいそう)乙(いつ)さまでこの寺の住職です。それがしは片倉小十郎景綱。輝宗さまの命により、三春へあなたさまをお迎えにあがりました」

「はあ?」

「あなたさまは三春(みはる)城主(じょうしゅ)の田村(たむら)清(きよ)顕(あき)さまの一人娘の愛(めご)姫(ひめ)さまで、この度、目出度くも政宗さまとの婚儀が整い入城することになりましてございます」

「え? 三春? 愛姫? 婚姻って結婚?」


 どこかで聞き覚えのある名だ。目の前の男性は片倉景綱、住職の名は虎哉宗乙。愛姫の婚姻相手の政宗?


「政宗って……伊達?」


 わたしは喉を鳴らした。確かこれはあの青葉が夢中になってやっていた戦国乙女ゲームに出て来るキャラクターの名前と同じではないか?

 青葉は片倉小十郎景(かたくらこじゅうろうかげ)綱(つな)を攻略せんと挑んでいて……


(えっ? 片倉景綱って?)


 わたしは目の前の優男を、うっかり指差しそうになっていた。


(うそぉ。わたしゲームのなかに入り込んじゃったの?)


 ふいにズキン。と、頭の奥が痛む。何か他にも忘れていそうな気がする。大事なことを。青葉のことを思い出そうとしたら体の痛みがまた復活してきたような気がする。

 半信半疑のわたしに、小十郎が愛姫が落馬するまでのことを教えてくれた。

 今日は明日の結婚の為に、小十郎が伊達家の使いで三春の田村家まで新婦である愛姫を迎えに来て、新郎が待つ米沢城へ向かってる途中だったらしい。

 急に新婦の乗っていた籠の様子がおかしくなり、不安を覚えた小十郎が調べたところ天秤部分に欠損がみられた。そこから米沢城までの移動をどうするか困惑していた彼に、乗馬での移動を申し出たのは愛姫だったらしく、それを仕方なく許可した矢先に起きた事故だったらしい。

ちょっときな臭い話になって来てるけど。ふたりの会話から何者かが、政宗と愛姫の婚礼を良く思わず邪魔してる様だ。

 愛姫の乗った籠ばかりか、馬まで狙って来るなんてまるで愛姫の命を狙ってるようにも思われて、わたしは背中がぞくっとした。


「愛(めご)姫(ひめ)さま。先ほどはとんでもない目にあいましたな。そのようなお気持ちを抱えての入城では気分も晴れないでしょう。今日はこの寺に泊まっていかれては如何かな? なあに明日には憂いも晴れて、心安らかに入城できましょう」


「和尚さま。感謝致します」

「お気になさいますな。小十郎どの。幼い頃からふたりのことは良く存じておりますから心配は御無用ですよ。何より姫さまがご無事でようございました」


 このまま入城しても何者かの妨害で新婦の愛姫の気が休まらないだろう。と、虎哉宗乙は言い、入城を翌日に持ち越しては? と、小十郎に言った。小十郎も同じことを考えていたようで、虎哉宗乙の提案を受け入れたようだ。

 虎哉宗乙のいうふたりとは誰の話だろう?と、思いながらわたしは黙って話を聞いていた。


「姫さまも長時間の移動でお疲れでしょう。離れの部屋をお遣いなされ。ご案内させまする」


 と、いう和尚の御好意によりわたしはその晩、寺に宿泊することとなった。


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