第3話 乱戦と脱出

「おい!まずいぞ!このままじゃ・・・!」


 最初に気づいたのはカインを後方から追いかける形で包囲している子供たち。カインの前方にいる子達は、カインの進行妨害をしながら、カインの方を振り返って進行方向に背を向けて全力で後ろ走りをして、目を離さないようにしていたため気付くのが遅れてしまっていた。


「――うわぁ!?なんだ!?」


 そして、気付いたときには別方向から飛んできた魔法に被弾し、混乱のまま陣形を崩してしまった。


 別にカインに協力する伏兵がいたわけではない。カインたちの進行方向の先では別の人たちによる乱戦が繰り広げられていたのだ。


 当然のことだが、幻界の中には他にも受験生がいる。


 しかし、カインを包囲している子達は運が悪いことに、味方の合流とカインの包囲まで一度も交戦することがなく、無意識の内に戦いはカイン対自分たちのチームだと思い込んでしまっていたのだ。


 カインは距離を詰めようとひたすら一方向に進み、カインを円陣の中心に置くために包囲している子供たちも一緒に移動していた。いずれ誰かに発見されるのは当然のこと、むしろ今まで見つからなかったのは彼らにとって幸運だった。


 乱戦を繰り広げていたのはチームを組んでいない4人。彼ら彼女らが魔法を打ち合い武器を打ち合っているところに、20人+カインが突入したのだ。戦場は大混乱となった。


 カインはそこで足元に魔力を放出する。普通ならば足元の地面が爆ぜるだけだが、その魔力は地面深くまで浸透していき、次の瞬間、カインの周囲広範囲の地面を土ごとひっくり返した。


「なんだぁ!?」


 巻き込まれた子達はもちろん、たまたまカインの戦いが映っているモニタが目に入った人たちも驚きの声を上げる。彼らにはカインが足を一歩踏み込んだだけで地面が土ごと爆ぜたように見えていた。


 しかし、見学者はすぐに落ち着きを取り戻す。土魔法を使えば同じようなことができるからだ。


 だからこそ、最も混乱していたのはカインを包囲していた子供たちであった。


「どういうことだ!?土の魔剣を持っていたのか!?」


「いや!召喚阻害は発動してる!付与魔法の方だ!」


「馬鹿言わないで!付与魔法の規模じゃ、あんな広範囲をひっくり返すなんてできないわ!」


 彼らはあらかじめカインの情報を得ていた。だからこそ対策も考えチームでカインを潰そうと思っていたのだが、ここに来て次々と状況を掻き回され、包囲は完全に解けてしまっていた。


「土の魔剣をあらかじめ出していたんすかね?召喚阻害はあくまで新たに召喚する事を妨害するだけ。既に召喚しているものには何の効果もないっすから。」


 鋭い意見はランのもの。彼女もやはりエルミア本校に特待生として選ばれるだけあって、決して愚かではない。


「多分違います。あれはただの魔力の放出でしょう。」


 しかしそれを否定したのはレティシアだった。彼女は爆ぜる直前の地面がどうなったのかをはっきりと見ていた。


「魔力刃で魔法を斬り落としていたとき、一緒に地面も深く斬っていたみたいですね。その地面にいくつも刻まれた切れ込みにカイン君は魔力を流し込んだ。切れ込みを通して地面深くまで魔力が通ったので、あそこまで土が吹き飛んだのでしょう。」


 視線の先、モニタの向こうでカインは自分を包囲していた子供たちに一気に接近していた。


 乱戦の混乱に続いて、足元が吹き飛ばされてひっくり返り、さらに視界が悪くなったところでの急接近である。気付いたときには既にカインの間合いの中だった。


「え、ちょっ!待・・・!」


 発動された魔力障壁ごと強引に首を斬り落とす。咄嗟に発動した魔力障壁は強度と数が不十分で、強化した実体の剣を防ぐことは叶わなかった。


 そうして3人斬り殺したところでリーダー格と思われる獣族の少年が大剣を振りかぶってカインに襲いかかってくる。


「お前えええぇぇぇぇ!」


 怒りによって身体強化のタガが外れたのか、凄まじい力によるラッシュにカインは後退しながら押し込まれていく。


「やってくれたな!」


「戦場で、何もかも自分の思い通りになるなんて思ってないよな?こういうことも想定しておくべきだっただろう。でもその上でイレギュラーな事態も起こる。それは冷静に迅速に収めるべきだった。混乱して動きを止めるなんてあっちゃダメだったんだ。」


「上から目線で説教か!どこまでも癇に障る!」


 そのままカインは押されていき乱戦から少し離れたところまで引き離される。


 カインを包囲していた子供たちのうち、半数は乱戦に巻き込まれ、3人はカインに倒され、残りは獣族の少年と一緒にカインを倒そうと迫ってくる。


 そして、乱戦によって岩と木が散乱、乱立している場所に来たところで、カインは剣に魔力を放出しながら振るい強引に距離を取ると、右手に持った剣を魔力を込めて迫ってきている子供たち向けて投げ放ち、剣帯に下げていた黒色の短剣を抜く。


 魔力刃を使うと魔力でできた刃も黒く染まっており、カインは伸ばした刃で近くにある岩を斬りつける。すると、刃は岩を斬ることなく岩の表面に写る影に沈む。


 そして距離を取らされた後、カインに再度迫る獣族の少年の背後の木の影から、沈んだ部分の魔力刃が飛び出てくる。その黒い一閃は正確に首を捉え、獣族の少年は背後からの攻撃に気付くことなく一瞬で退場させられた。


「目に見えることだけに意識を割きすぎたな。俺も人のことを言えないが。」


 試験前日、あらかじめ召喚しておいた影属性の魔剣を鞘に収めながら、カインは頭上を仰ぎ見る。


『風魔法・奥伝秘術 天上招来』


 カインたちの乱戦を確認した他の誰かがその場の全員をまとめて吹き飛ばそうと大魔法を放っていた。


 乱戦をしている子達も遅れて気付いたが最早間に合わず、はるか上空の冷気を内包した凶悪な竜巻が降り注ぎ、辺り一帯を吹き飛ばし凍りつかせ、その場で起きた乱戦は外部からの更なる横槍により強制的に終わりを迎えたのだった。


 カインのいる戦場をモニタで見ていた人たちは、突如として暴風が吹き荒れた後、辺り一面が凍りついた現象に目を丸くする。


「大魔法の横槍が入ったんでしょうね。まあ、あれだけの人数が入り乱れてたら、誰だってチャンスだと思うわよね。」


「カインって人も巻き込まれたっすかね?」


 エルミア学院本校の寮では、市井の反応とは異なりモニタの向こうで起きた状況を冷静に分析していた。


「あの影の剣で相手を倒した後、頭上を見上げてたので防御はしていると思いますが・・・。」


「耐えられたのか。耐えられたとしても周囲が凍って身動きが取れないだろうね。」


「この大魔法を使った人が、すぐに止めを刺しに来るのであれば、カインの試験もここまででしょうね。」


 フィリアがそう言うと、モニタも戦闘が起きていないと判断して、別の場面を映し出す。それはつまり、戦闘は終息したと判断されたということであった。


「流石に、ここまで来ると結構魔力を使うな。」


 そしてカインは、開始位置から包囲されるまでの間の探索で見つけた岩場の影に身を潜めていた。そこは何の変哲もない場所だが、カインが軽く調べたときに『剣召喚魔法・始まりの剣』で召喚した銅合金の剣が置かれていた。


『剣魔法・剣在る処に我はあり』


 自分が召喚した剣のところに自身を転移させる。この魔法をいざという時に使って退避するため、見つからない場所に剣を隠しておいたのである。


「改めて考えると、剣魔法って中々とんでもない魔法だな。汎用性がありすぎる。」


 そしてカインは戦場に置いてきてしまった片手剣と同じ形状の剣を召喚する。鉄よりも銅合金は強度が低いが、それでもないよりはマシだと鞘に収めると、岩場の影から周囲の様子を伺う。


(この草原、人が通った形跡がないんだよな。見晴らしがいい場所だから、発見を恐れて無意識に避けるのか?)


 そんなことを考えながら、少し小高い丘まで行くと、遠くに大きな氷の花のようなものが見えた。それはカインがいた戦場を吹き飛ばした魔法によるものであった。


(結構な広範囲だったんだな。あれじゃ一網打尽だろう。少なくとも足じゃ逃げられない。俺を囲ってた人たちも、巻き込んだ人たちも全滅か。・・・ああ、そうか。だからやる気が出なかったのか。)


 戦闘中は忘れることができていた、試験に積極的になれない罪悪感のような感覚を思い出し、同時にその理由にも思い当たる。


 今の自分は試験の結果を歪めているのではないか。


 本来ならば試験に関わる必要がないのに、既に4人を退場させた。その4人も自分がいなければもっといい評価を得られたかもしれない。


 試験の最初の内に既にカインはその予兆を、これから人の将来を壊してしまう可能性を感じて試験に積極的になれなかったのである。


 実際に自分を餌に数十人の人が集まり、そして今、自分だけが無事なままでいる。


(・・・戦っている最中は何も考えずに済んだのに、既に手を下したのにまた悩んだりして。)


 罪悪感が小さい刺となって心に刺さり、それでも体は生き残るために動く。見晴らしの良い草原に大きく円を描くように召喚した木短剣を配置し、侵入者を感知できるよう剣陣を発動すると、カインは岩場の影に身を潜め、少しでも魔力を回復させるために瞑想を始める。


 当然、集中などできるはずがなかった。

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