第2話 選別試験、開始

 翌日になり、エルミア学院の分校の選別試験が行われるので、カイン達人族の受験生は入学試験でも使った競技場に向かった。当然ではあるが他種族の受験生も多くおり、彼らは既に出来ているグループで話し合いながらカイン達人族をチラチラと盗み見ていた。視線の種類は珍しさがほとんどだが、中には憎々し気な視線もあり、それを感じ取った子は必要以上に緊張を強いられていた。


 時間が来るまで、周囲を見回して時間を潰すカイン。多種多様な種族を目にして、こんな時だというのに目を輝かせている様子は、一部の人からは余裕があるように見られており、非友好的な視線が増えてしまう。


 そうして開始時間になると競技場全体が光に包まれる。以前のように一人一人を線で区切ったりしないのかと思いながら眩しさに目を瞑るカイン。


 前回一人一人を区切っていたのは、全員を別の幻界に送る必要があったからである。今回は一つの幻界に全員を送り込み、現れる場所もランダムでいいので競技場内の全員をまとめて転移させればいいだけであった。出現場所は指定をしなければ自動でランダムになる仕組みになっている。


 光が収まりカインが目を開けると、目に入るのは辺り一面に広がる草原。近くには隠れる場所も無い。


 すぐに周囲を魔力探知で調べ、人がいないことを確認するとカインは移動を開始する。


(できるだけ均等になるように出現場所が選ばれるって話だったけど、少なくとも近くにはいないってどれだけ広いんだ。)


 カイン自身も魔力を抑えてはいるものの、魔力探知をしている相手に近づけば気付かれる。少なくともその探知できる距離にはいないということだが、それを抜きにしても今いる場所は見晴らしのいい草原。人がいればすぐに目に入る場所である。


「・・・どうするべきかな。時間をかければ、相手に集合するだけの時間を与える。かと言って最初から目立つと色んな所から目を付けられる可能性もある、か。」


 カインは周囲を警戒しながら、たまに見かける木の上や岩の密集しているところの間を探索して、人がいないことを確認して進む。


 遠くの方から戦闘音らしきものが聞こえてくるが、距離が遠すぎるため今から向かっても間に合わないだろうと諦めて走ることも無くただ進む。


(・・・何でだろうな。いまいちやる気が湧いてこない。)


 カインは積極的に動こうとしない自分に違和感を抱く。決して負けてもいいと思っているわけでは無いはずなのだが、罪悪感に似た何かを感じてやる気が出てこない。昨日は目的のために真面目にやると改めて誓ったばかりだというのに。


 自分に対して苛立ちを感じながら、途中で見つけた目立たない場所にちょっとした細工をしていると、カインは近づいて来る複数の気配を感じ取る。


 草原とは違い少し見晴らしは悪くなっているが、近くの木に登り気配の方を見ると組織立った動きで複数の人影が明らかにカインがいる場所を目指して進んできているのが目に入った。


 すぐに木を降りて逃げ出すカイン。


 しかし、相手からは既に魔法が放たれており、複数の魔力の反応が不規則に蛇行しながら迫ってきているのを感じ取る。ただの攻撃魔法ではないその様子に振り返って確認すると、炎でできた狼と雷でできた小さな人型の何かが今まさにカインへと到達しそうになっており、カインは魔力障壁で防ごうとするが、まるで意思を持っているかのように魔力障壁を迂回したのを見て一瞬動きが止まってしまう。


 一度放った魔法の軌道を変えるには魔力のパスを繋げて魔力操作をする必要がある。しかし、一見して目の前の魔法にはそのパスが無いため、軌道が変わる、ましてや魔力障壁を迂回するような動きを見せるとは思ってもみなかったのである。


 咄嗟に剣を抜いて斬り捨てると、それぞれは炎を、雷を撒き散らして爆発する。


 撒きあがった土埃の中から抜け出したカインは次々と迫って来る同じ魔法に眉を顰める。これが足止めの為だというのは理解していたが、いずれの魔法も速すぎて振り切ることが出来ないため迎撃を余儀なくされる。


 しばらく逃げながら魔法の撃ち落としていたが、急にカインの足が止まる。疲れたわけでは無く、とうとう包囲されてしまったからだ。


 2人1組が10組の計20人。ほぼ均等に円状になってカインを囲っている。少し距離があり、魔力刃の射程範囲に収めるにはもう少し近づく必要がある。


 包囲したまま動かない周りの人を観察しながら油断なく構えていると、一人の獣族が声を張り上げる。


「降伏しろ!そうすれば無駄な痛みを感じることは無くなるぞ!」


 表情にどこか嗜虐的な色を見せニヤニヤ笑いながら宣言する様子を見ても、言葉通り受け取ることはできない。


「ああ、言いたいことはわかる。どうせ、複数人でかかる弱虫だの臆病者だのと思っているのだろう?だが、教えてやろう。それは筋違いというやつだ。――」


 挙句の果てには思ってもいないことをそうであるかのように断言され、作戦を立てることの重要性を語りだし、カインはこれも注意を引く作戦かと慌てて周囲の警戒を強める。


 しかし、少年が喋っている間、誰も動くことはない。それどころか、カインが話を聞いておらず周囲に目を向けているのに気付いた獣族の少年が憤慨したように怒鳴りだす。


「人の話も聞かないのか!本当に忌々しい奴だなお前らは!」


「あの?」


「なんだ!?」


「以前お会いしたことってありましたか?」


「あるわけがないだろう!」


「そうですよね。」


 なら何故これほど敵意を向けられているんだと疑問に思ったが、何となくそれは火に油を注ぐような気がしたカインは、話も待ったしもういいかなと、獣族の少年に向けて駆け出す。


 駆け出すと同時に放った魔力弾は少年とペアを組んでいる天族の少女に防がれる。


 そのまま近づこうとするが相手は両隣のペアとも連携しながら後退し、同時にカインの後方で包囲している人たちは前進する。


 どうあっても距離を取ったままカインを円陣の中心に据えようとしているのだろうが、それでもカインの魔力刃の射程範囲を知っているかのような距離の取り方に疑問を持つ。


(魔剣を召喚すれば遠距離攻撃手段にもなるんだけど、さっきから阻害されてるのか召喚できない。これは、俺を狙ってきたと見るべきか。)


 全方位からの攻撃は魔力刃と魔力障壁で防ぎ、それらも越えてきた攻撃は直撃寸前に魔力を放出することで軽減し、カインは攻撃の雨に晒されながらも未だ軽傷で済んでいた。


 魔力量に物を言わせた防御なのでジリ貧であることに変わりはなく、その状況はカインの魔法を知っている者にとっては違和感も覚えるものであった。


「確かに大した防御だけど、言うほどでもないかな?あの人が本当にレティを追い詰めた人?」


 エルミア学院本校の学生寮共有スペースでは多くの学生が集まってモニタを見ていた。この日は予備のモニタも接続して選別試験のあらゆる場面が見れるようにしており、カインの戦闘も今起きている激しい戦闘の一つとしてモニタの一つに映し出されていた。


 カインの戦闘を見ているセルフィが辛辣な評価を下す中、カインの剣魔法を知っているフィリアとレティシアは怪訝そうな様子で言葉を交わしていた。


「確か、付与魔法より強力な属性魔法が使える魔剣を喚び出せたはずなんですけど。二刀流を使うカイン君にとって、組み合わせることで攻撃のバリエーションが増える、まさに今の状況の打破にぴったりの魔法。」


「私は実際に見たわけではないけど、聞いてはいるわ。今みたいに防戦一方でただ魔力を消費するだけの状況を続けるくらいなら逆転をかけて魔剣を召喚してもいいはず。・・・ひょっとして妨害されてるのかしら?」


 そこまで予想すると、防戦一方であることに納得と違和感の両方を感じ、二人は視線を険しくする。


「中距離戦となると彼の攻撃手段は魔力刃が主になります。魔力弾より速く、慣れている剣術による攻撃ができますから。」


「さっきから相手を狙った攻撃手段が魔力弾だけなのは、魔力刃の間合いに相手が入らないから。でも、あそこまでカインが走ってるのに一度も入らないなんてこと普通はありえないわ。意図的に間合いを調整でもしない限り。」


「それって何かおかしなことなんすか?剣士相手に距離を取るのは正しいとは思いますけど。」


 リフィルは二人が何を言いたいのか理解し眉を顰めているが、ランはまだ理解できず、むしろ当たり前の行動なのではないかと聞き返す。


「顔見知りでもない、初めて戦う相手の魔力刃の間合いまで完璧に見切れる人はいないでしょう。あらかじめ、彼の魔力刃を見たのなら話は別でしょうけど。」


「初対面なのにあらかじめ?何かの謎かけっすか?」


 遠回しな言い方ではランは理解できず、一方で彼女と一緒にいるロウエンは意図が読み取れたのか信じられないような表情を浮かべている。


「あり得るの?そんなことすれば個人情報流出の実行犯。かなり重い罰が下されるはずだけど。」


「わかっていてやったのか、それとも人族相手には適用されないとでも思っていたのか。どちらにせよ放っておくわけにはいかないわ。監査部の方に情報をリークしておきましょう。」


 そう言ってフィリアが小型の端末を取り出すと、ちょうど何かの連絡があったのか通話を始める。その後表情を苦笑いに変えながら話を進め終わる頃には感心と苦笑いが同居した表情を浮かべていた。


「どうしたんすか?」


「お義兄様から。監査部が今カインの相手をしている子たちが通っていた道場を調査して、人族の試験を録画した動画を押収したらしいわ。今道場主たちの尋問を行っているみたいよ。」


「うん?・・・ああ!そういうことっすか!情報流出って!」


 そこまで話してようやく先程のやり取りを理解したラン。一方でレティシアはこの国の監査部の動きに関心を示す。


「仕事が早いのですね。この国は。」


「あそこまで露骨にやってしまったからバレたのか、これだけ人のいる試験の中からあの戦いをピックアップして、もうそこまで調査し終えた監査部に感心するべきなのか。判断に困るわね。」


 そんな話をしているところで、周囲の人がカインの映っているモニタを見てザワつき始める。


 何事かと思ってフィリアたちがモニタに目を戻すと、そこには戦局が著しく変わっていた戦場の様子が映っていた。

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