第4章

第1話 プロローグ


 人族の入学試験合格者が一時的な仮住まいに移ってから2日目。第1希望にした学院が定員割れでそのまま入学となるか、選抜試験が開催されるのか、という特別放送が各部屋と共有スペースに備え付けられたモニタに映し出されていた。


 それはこの宿泊施設だけでなく、学術都市だけでもなく、現在世界中で流れているものだった。


「入学試験は一種の娯楽でもあります。」


 宿泊施設の職員が世界中で起きている騒ぎについて説明する。


「年に1度のセントヘリアルの入学シーズン。特にエルミア学院の本校と分校はほぼ確実に選抜試験が行われます。戦闘形式の試験ならば、まだ拙い学生レベルながら本気の戦闘を、幻界のおかげで命の危険を心配することなく見ることが出来る。ある意味ではこれ以上ない娯楽と言えるでしょう。」


 モニタの中では学院名と定員数、そしてドラムロールの後に希望者の数が発表され、希望者が定員を超えて選抜試験が行われる場合は、試験形式によってどのような選抜方法となるのかが発表された。


 発表順は希望者の倍率の低い順になっており、最終的にエルミア学院の本校と分校が残ることになった。


『それでは、もはや最後に来るのはお約束となっているエルミアの本校、分校の発表です!次に発表するのはこちら!』


 モニタの中の司会がやけに気合の入った様子で告げると、映されたのはエルミア学院本校の文字。定員数は90名だが、その内12名は特待生として入学が決まっているので、席を争うのは実質78名であるらしい。


『やはりエルミア本校が来ました!倍率第2位につけているのはもはや毎年恒例!さあ、残り78名の定員に対して、希望者の数は・・・307名!倍率約3.94倍!去年の2.85倍を大きく上回りました!試験形式毎の試験方法については本校と分校は同じなので、分校の発表の後に行わせて頂きます。』


 共有スペースにいる数名から嘆息が漏れているところを見ると、どうやら人族の学生でもエルミア学院本校を希望した子がいたようである。


『そして、これほど倍率が上がってもまだ第2位であるという事実に、正直わたくし戦慄を禁じえません。それでは第1位の発表です!第1位はここまでくれば皆さんも既にご存じ、エルミア学院分校です!定員数は300名。そこから特待生での入学が既に決まっているのが43名。なので実際の定員数は257名となります!そして気になる希望者数は――1161名!倍率は4.52倍!ついに!ついに4倍の大台を超えました!』


 カインはその倍率を見て思わず安堵する。選別試験は受けなくてはならないが、特待生として入学は既に決まっているので257名の中に入る必要はない。そこまで考えてカインは、目的を考えるなら例え結果に影響がなくとも真面目に取り組むべきだと、心の中で気を緩めてしまっている自分自身を殴り飛ばす。


 カインが自戒している内に選抜方法の発表が進んでおり、カインが参加する騎士学科の試験は広大なフィールドで希望者全員を投入して行われるバトルロイヤルとなった。


 試験は翌日行われることとなり、ルールはその日の内に宿泊施設の大広間で説明された。その時、他のエルミア学院分校を希望した人を確認し、その中に貴族が数名いることにカインは酷く驚いてしまう。


 スタルーク教導学院に入ると、他の平民・下民はともかく、上位貴族に逆らえない未来が見える下位貴族の子が、エルミア学院を含め他の学院にも希望を出していたのである。


 そうして一通りルールを説明されると解散となり、選別試験を受ける人は全員最後の準備に取り掛かり始めた。




「・・・くっ。」


 一方、他の人族の学生より先んじて学院が決まったレティシア。彼女はその場に崩れ落ちていた。普段から体を支えている杖は少し離れたところに落ちている。


 辺り一面水浸しで、所々に氷の花も咲いている。レティシアが苦しそうに吐き出す息が白く染まるほど冷え切ったその場所で、彼女を見下ろしているのは彼女と同じ年の少女であった。


「空間魔法の使い方がもったいないわ。自身の移動と荷物の収納にしか使ってないじゃない。」


 目の前で自分を見下ろしている少女――フィリアに苦言を呈されて、レティシアは不服そうに、悔しそうに口を開く。


「事実、そういった用途にしか使ってきませんでしたからね。ですが、なるほど。転移を封じられた場合のことも考えるべきでしたか。私のような人ならなおのこと。」


「一言に転移を阻害するといっても、色んな種類があるわ。今回はそのうちの一つを使ったんだけど、それ以降転移しなかったということは、転移魔法は1種類しか使えないのかしら?水と氷はそこまで使えるのに、ちょっとあべこべね。」


 フィリアは杖を拾ってくると、レティシアに手を貸して立ち上がらせながら揶揄うように言う。


「・・・これまではそれで事足りてたんですから問題ないんですよ。図らずも今回課題が見つかったので、これから頑張ればいい話です。」


 フィリアの手を取りながら、相変わらず不服そうな様子なレティシアは負けん気を声に滲ませている。杖をついた華奢な体から儚い印象を受けるが、その印象とは真逆の心根を持っているようだとフィリアは分析する。


「顔合わせ兼歓迎会はこれでいいかしらね。」


「序列を叩きこむための蹂躙劇の間違いでしょう。流石に、この学院の特待生になる人は化け物揃いですね。」


 幻界が解除され彼女たちが現れたのはエルミア学院の本校生が暮らす寮の共有スペース。戻って最初に放たれたフィリアの言葉にレティシアは棘を含んだ言葉を返す。それを聞いてもフィリアは余裕の態度を崩さない。


「あら。こんな小さい女の子に向かって化け物なんて酷いじゃない。」


 フィリアはそう言いながら共有スペースのソファにレティシアを座らせ、近くにあるティーセットで紅茶を入れ始める。


 レティシアが入寮した昨日の内に、彼女はエルミア学院の本校の特待生の子たちと顔合わせを済ませていた。その中でもフィリアと呼ばれる少女がやけに自分に絡んでくるのをレティシアは困惑と共に受け止めていた。


 そして今日、他の子たちと入学試験の特番を見終えると、フィリアがふと思い出したようにレティシアの実力が知りたいと言い出したのだ。レティシアもセントヘリアルの同じ年の学生のレベルを知りたかったと承諾し、最終的には傷一つ付けられず惨敗する結果となった。


「ん。フィリアが化け物って呼ばれるくらい強いのは同意。でも、転移が出来ている内はレティも互角だった。」


 あまり表情を変化させず、淡々と言ってのけるのは同じ特待生のセルフィ=ゼルノトス。小柄なレティシアと同じくらい小柄で、妖精族ということも相まって非常に可愛らしい印象を持つ。しかし彼女は戦闘においてはレティシアとは逆に積極的に前に出て、脚紋とその体躯を活かし相手を翻弄させて戦うスピードファイターであった。


「ただ必死に逃げ回っていただけのようにも見えたんすけど。それを互角と呼んでもいいんすかね?ロウエンはどう思うっすか?」


 変わった口調で疑問の声を上げたのはこちらも同じ特待生であるラン=クレイン。雰囲気からして健康的で活発なイメージを抱かせる犬系統の獣族の少女である。発言した彼女を見て、セルフィが表情を変えないまま胸焼けしたかのような何とも言えない雰囲気を滲ませる。


 それもそのはずで、一人用に肘掛けソファにはランだけでなく一人の狼系統の獣族の少年も座っていた。狭い椅子の中でベッタリとくっついて少年の方は恥ずかしそうだが、決して嫌そうではなく離れようともしない様子から彼も満更では無いのだと分かる。


 彼はランの許嫁であるロウエン=ウェルフェ。家同士が良好な関係から生まれた時から一緒に過ごしており、学院入学にあたって許嫁となっていた。ロウエンは素直になれないながらもランを大切に思っているのは行動や言動からにじみ出ており、ランもそんな彼のことが大好きでそれを隠しもしない様子から、周囲の人は大抵セルフィと同じような表情を浮かべることになる。


「そうだね。レティシアさんは逃げることしか出来てなかったから、それならいつかは追いつかれと思う。少しずつフィリアの攻撃の精度も上がっていってたしね。」


「そうですね。少しずつ追いつかれていく感覚というのはやはりどうにも慣れません。慣れたくもないのですが。」


「あら、似たような体験をしたことがある?あの転移の発動速度の連続性だとそうそう追いつかれないでしょう?」


「人族の国での入学試験のことですから、本当につい最近のことなんですけどね。魔力切れを狙って何とか勝ったんです。でも、もう数分続けられてれば私が負けていたでしょうね。剣速もキレも徐々に増していき、空間魔法発動時の僅かな魔力の微動を捉える精度も少しずつ上がっていました。そもそもあのとんでもない剣相手では、ギリギリで避けてしまえば余波の熱だけで大火傷してしまいますから、実際は逆転はもっと早くに起きていたかもしれません。」


「とんでもない剣?」


「ええ。詳細は伏せますが、あの剣が生み出す炎は並の炎ではありません。中心付近となれば鉄すらも溶けるどころか蒸散させるでしょうね。そんな炎を収縮させて刃の形にしてから振り回すんです。そこら中酷い有様になりました。」


 レティシアの言葉に真に受けた人はほとんどいなかった。もし本当ならこの学院の特待生として呼ばれていてもおかしくはないと考えたのだ。


「鉄も蒸散させる炎を生み出す剣はティルフィリアのレーヴァテインくらいしか思いつかない。他の魔剣でも鉄を溶かすくらいはできるかもしれないけど・・・。」


「ねえ、レティシア。ひょっとしてその相手が使ったのって、英霊剣召喚だったりするのかしら?」


「・・・知っているのですか?」


「ええ。ちょっとした縁があってね。今はいないけど、シルヴィも知り合いよ。・・・ねえ。それよりも、あの魔法って確か。」


 フィリアの告げた魔法にレティシアは一瞬動きを止めてから、否定ではなく思わず確認の返事をしてしまう。それによってフィリアも確信したのだが、続けて英霊剣召喚の条件を思い出し、気付いてはいけないことに気付いてしまう。


「そのことについてはレオスという方に連絡を取ると言っていました。その後どうなったかはわかりませんが。」


 英霊剣召喚の発動条件。既に失われた剣を呼び出すということについて言及しようとしたフィリアを遮りながら、セルフィたちの方に一瞬だけ視線を向ける。事情を知らない人がいる前でまだあまり広めるべきでは無いという意図を正確に読み取ったフィリアは一度だけ頷く。


「そう。レオス理事長が動くなら問題はなさそうね。」


「何?説明できないこと?」


 二人だけで通じ合ったように話を進めているのでセルフィが口を挟む。声には出さなかったがランとロウエンも気になって耳を傾けている。


「本人とレオス理事長の許可があれば話すわ。」


「それってどうやっても無理ってことじゃないっすか。」


 ランたちはカインのことを知らず、その上レオス理事長に話を通すなど一介の学生にできることではない。


「そう言えば、彼はどこを受けるのか知っているかしら?私たち、ちょっと彼に用があるのよ。」


「エルミア学院の分校です。明日試験をしてその様子を映すということなので、運が良ければ見れるかもしれませんね。」


「そうなのね。シルヴィにも連絡を入れておきましょうか。」


「お二人の共通の知り合いがエルミア分校の選別試験を受けるってことっすよね。それってヤバいんじゃないっすか?」


 ランが思わず心配事を口にしたのは、友人が多い彼女のネットワークで流れている不穏な噂を思い出したからだ。


「エルミアの分校の選別試験。ウチが聞いた話が本当なら、人族が圧倒的に不利っすよ。」


「どういうことですか?」


「あの試験って魔道具の持ち込みも許可してるじゃないっすか。今回みたいなバトルロイヤルだと、事前にチームを作っておいて、幻界に入ってから通信を使って合流したりしてるらしいっす。」


「・・・まあ、作戦の内ではあるかしら。でも人族が対抗するために徒党を組もうとしても。」


「ハイっす。合流が出来ないので協力することが難しいんっすよ。バトルロイヤル形式になったところは、そうしたグループごとによる合格が多くなるっす。」


「その上、人族を優先的に排除しようとする動きもあるかもしれないわ。中々厳しい試験になりそうね。」


「人族が恨まれているということですか?」


 フィリアが付け加えた懸念に、まさかあなた達もという疑惑の視線を向けるレティシア。そんな視線をフィリアは笑い飛ばす。


「いえ、正直に言って今生きている世代の子はそれほど人族に確執があるわけじゃないわ。だって、生まれる前の話だもの。ただ、人族を下には見ているはずよ。教養も戦力も自分たちには及ばない。そんな人族が自分たちの枠を奪って学院に入ろうとしている、なんて考える子もいるはずよ。」


「奪うも何も、カイン君は学院から特待生に誘われているのに。恨むなら、その判断を下した学院であるべきでしょう。」


「・・・あら?カインも特待生になったの?でも、それなら何で選別試験を・・・。ああ、合格は決まってるけど試験には出ろ、というのが条件の一つだったのね?きっと特待生になったことのカムフラージュでしょう?」


 頭の回転が速いフィリアはすぐに背景を読み取る。


「試験官の皆さんも同じ考えでした。ですので、本人も少し落ち着いて試験に臨むことができるんじゃないでしょうか。」


「そこまで二人が気にする相手っすか!自分も気になるっすね!」


「そうだね。ちょっと私も気になるかも。」


「あら。セルフィはともかく、ランは隣に許嫁がいる状態で他の男が気になるなんて、中々大胆ね?」


「この国はそういうことも含めて色々進んでるんだと改めて思い知らされますね。」


「そう言う意味じゃないっすよ!?自分はロウエン一筋っすから!だから嫌わないで欲しいっす!」


「大丈夫だから!嫌ってないから!だからこんなところで抱き着かないで!流石にちょっと恥ずかしいから!」


 そうして始まったランとロウエンの攻防を見て、悪い顔をして微笑み合うフィリアとレティシア。


「・・・仲良くなれそうなのはいいけど、混ぜるな危険、だったかな。」


 しみじみと呟いたセルフィの言葉は、誰の耳にも届くことなく部屋の空気に溶けていった。

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