第20話 エピローグ

 昼食を終えると、最初に話していた通り廊下には受験番号が張り出されていた。カインを始め受験番号が張り出されていた数名の子供たちは呼び出されていた通り教官室へと向かう。


「来てくれましたね。」


 呼び出されたのはいずれも入学試験で貴族が占める上位に食い込んでいた子供たちであった。


「まずはこちらをお渡しします。」


 そう言って渡されたのは封筒。大抵が2~3通なのに対し、レティシアだけ8通の封筒を渡されていた。


「それは特待生の案内です。定員を気にせず、学院別の試験を通過できるものですね。まあ、中には入学は決まっても実力を図るために試験は受けてくれと言ったり、単純に定員割れで試験など受ける必要がなかったりする学院もありますが、そこら辺の条件は記入されているはずです。こちらは時間があまりないので、午後の4時30分までに特待生の話を受けるかどうか、報告に来てください。資料の確認ですが、部屋で見ていただいても構いませんが、このままここで確認されるのでしたら我々も説明や助言ができますよ。」


 助言が貰える以上、部屋で確認する人は誰もいない。全員が封筒を開けて中身を確認する。レティシアだけは他の人より数が多かったので確認に時間がかかっている。


「・・・全員にスタルーク教導学院から来てるのがまたなんとも。」


 カインがそう呟くように、全員にスタルーク教導学院からの通知が混ざっていた。節操がないというか、手当たり次第といった様子に試験内容をちゃんと見ているのかという疑問すら抱いてしまう。


「でも、確か人族は無条件で受け入れるって話じゃなかったっけ?試験なんて元々無いんだから意味ない気がする。」


「・・・あ、でもこれ、奨学生ランクが銀とか金とかで違ってるわ。」


「スタルーク教導学院は、入学してくる人全員の奨学生ランクを最低でも銅ランクにすると公言しています。それを銀や金に変えるということでしょうね。ちなみに人族の方は全員が奨学生となる必要があります。将来的に返済義務はありますが、ランクによってその割合が変わります。ランクは下から鉄、銅、銀、金。返済の割合は鉄ランクの100%から順に75%、50%、25%となります。」


 試験官が最初に言ったように説明を入れてくれる。


「さらに銅ランクから上は教材費、授業料以外にも申請すれば費用が出る場合もあります。まあ、学院生活に関わることだと認められ許可が下りれば、ですが。」


 スタルーク教導学院が銅ランク以上なので申請を出すことはできるが、学院の運営はかなり厳しいものになっているため、申請を通したことは一度もない。


 ここに呼び出された子は全員がスタルーク教導学院から銀ランクを提案されているが、全員が選択肢から外している。この場の全員が一部の貴族以上の成績を修めてしまった以上、もし貴族としての身分を振るえる特区で過ごすとなれば、絶対に面倒なことになる。それはもはや予想ではなく確信だった。


「・・・?これは、毛色が違う内容ですね。」


 レティシアが取り出した封筒には他の物と同じように、特待生として受け入れたいと書かれていたが、奨学生ランクなどの条件については何一つ記載されていなかった。


「失礼します。・・・これは!」


 試験官の一人が一言断ってから内容を改めると目を見開いて驚嘆をもらす。他の試験官も後ろから覗き込んでは一人残らず驚いている。


「エルミア学院はまさしくセントヘリアルの名門中の名門の学院になります。そこからの特待生、試験免除となると、正直想定外です。我々としては、あの学院が人族を受け入れるのはもっと先になると思っていましたから。」


「ああ、別に選民思想がどうとかそういうわけじゃないぞ。名門である以上、人族との関わりも避けられないが、それでももう少し慎重に様子を見ると思っていたんだ。」


「・・・試験的に人族を受け入れる機会を狙っていたという可能性はありませんか?かといって、誰でもいいというわけではありません。名門と呼ばれるに相応しいカリキュラムですからある程度優秀な人でなければいけません。今回、成績1位が平民だったから、機会が巡って来たと判断し迅速に行動したというのであれば辻褄は合うのではないかと。」


 試験官の一人が導き出した予想は正しかった。決して保守的ではないエルミア学院は、しかし貴族を受け入れるということには危機感を抱いていたため、学院の教育について来れる可能性がある平民・下民を待ち望んでいた。カインも候補には上がっていたのだが、特待生枠を増やしてもしそれがどこかから漏れれば他の人からの反発があると予想できるため、成績順でレティシアが選ばれた。


 そして候補に挙がっていたカインの方にも似たような案内が届いていた。


「エルミア学院の分校ですか。こちらもいい学院ですよ。口さがない人は予備だのスペアだのと言いますが、実際学院対抗行事で争う場合は、エルミア本校、エルミア分校、そしてもう一つ、ロアノード学院の3校がトップ争いを繰り広げています。」


 学術都市には全24校が存在しているが、他国が出資運営している学院が15校、国営が6校、私営が3校となっている。ロアノード学院は私営の学院となっており、トップ争いをしているという事実があるように教育は十分なものが受けられるが、学費が非常に高い。その分設備も最新鋭の物を導入しているので妥当ではあるのだが、生徒間での軋轢を生まないよう奨学生の受け入れはしておらず、一方で学費を払える人ならば人数制限なしに受け入れている。かつては金持ち学院と揶揄されていたのだが、最近ではその呼び名は別の学院が背負っていた。そう、人族特区を用意し、さらに学生は奨学生ランク銅以上になることを謳っているスタルーク教導学院であった。


 スタルーク教導学院は設立時には最新設備を導入したのだが、その後は倹約を心掛ける必要が出てきており、ロアノード学院のように常に最新式にアップデートするということができていない。運営をしているスタルーク家の当主としては捕らぬ狸の皮算用でアストレア家を当てにしていたのだが、先日の会談失敗から既に目論見から外れ始めていた。現在、スタルーク教導学院は学院の中でも最低評価を受けている。


「ですが、スペアと言うのもあながち間違いではありません。エルミア本校で欠員が出た場合、分校の人に募集が掛かります。また、本校と分校の生徒の入れ替えも行われますので。」


「トップ争いをしているほど差は無いのに、本校に成績がいい人を集めるんですか?」


「すみません、少々説明不足でしたね。先程挙げた3校はトップ争いをしていると言いますが、実際はエルミア本校がずっと勝ち続けているような状態です。エルミア本校に迫る成績を修めることが出来て、惜しい時もあったというのがエルミア分校とロアノード学院なのです。それほどの差がつく理由としては、一人にかける時間や労力の差だと言われています。エルミア本校は1学年の人数が90人に対し、エルミア分校は1学年300人。それでいて教員の数はせいぜい1.5倍程度なんです。授業内容自体は本校も分校も変わらないのですが、それ以外の自習にかける濃度、のようなものが大きく異なります。」


 そこまで言ってから、試験官はカインに届いたエルミア分校の特待生案内の最後の一文に目を付ける。


「カイン君の方は追記がありますね。『特待生の話を受けた時点で入学は決定するが、選別試験には参加すること。その結果によっては奨学生ランクを決定する』ですか。つまり定員以上が集まった場合に行われる選別試験は特待生であっても受けること。その代わりにどんなに成績が悪くても、入学できることは変わらないということですね。」


「それだと手を抜かれても仕方ないんじゃ・・・。」


「そうなれば、学院生活は針の筵でしょう。不合格になった人に比べて明らかに劣った成績だったのなら、何故あいつが、という疑念と恨みを向けられかねません。選別試験が行われた場合は全力で戦うべきだと思います。選別試験というのは、納得の場でもあると思うので。」


 納得の場所。つまりは自分が合格しなかったこと、彼に負けたのなら仕方が無いと思わせる必要があるということ。話を聞いているとエルミア分校に集まる生徒も優秀そうなので、カインにとっては気が重いなんて話ではない。


「試験形式は何になるんですか?」


「入学試験と同じく選択することが可能です。まあ、その時選んだ試験内容はそのまま学科となって入学後の授業内容に影響しますが。」


 カインがセントヘリアルの人と競い合うというのであれば戦闘しか選択肢が無いので、実質一択であった。


 そしてカインにはもう一通特待生の案内が来ていたが、それは妖精族の国ティルフィリアが運営している学院であり、レーヴァテインのことがあるのでできれば距離を取りたいと思い選択肢から外す。


 最終的にはカインがエルミア分校、レティシアがエルミア本校、そしてもう一人が国営の研究色が強い学院への特待生となることを決める。


 他の子に来ていた話は、彼らのレベルから見ても下のレベルの学院からであり、私営で経営がギリギリの状態のため提案された奨学生ランクも大したものではなかった。試験官からもそれとなく促されたこともあり全員が辞退。第3希望までを自分で選ぶことに決めた。


 特待生の話を受け入れたという連絡はその後すぐに行われると、レティシアはすぐに寮に入れるということで迎えが寄越されることになる。


「あなたの場合は、表向きは特待生では無く一受験生として扱うということでしょうか。」


 迎えが来るまでの間に準備を済ませ、入学記念などで渡された荷物などを運ぶ手伝いを何故かカインが名指しで指名される。荷物を運んだ後、玄関で待っている間レティシアが話題にしたのはカインの特待生受け入れの際の条件のことだった。


「多分、そうなんだろうな。エルミア本校よりも分校の方が倍率が高いみたいだから、そこで人族の特待生が1人の枠を取るとなると、恨みが向けられるかもしれない。それを配慮してくれたんだろう。」


 エルミア分校の方が定員の数は多いのだが、エルミア本校は敷居が高すぎるという認識があることで、分校の方が希望者の割合は多い。今現在、エルミア本校に行くだけの実力を持っていなくとも将来的にはそれを目指しているもの。或いは記念受験だったり運が良ければといったダメで元々の考えで臨むもの。エルミア分校はそう言った理由もあって受験倍率は創立以来ずっと300%を超えていた。


 そして、そんなエルミア分校の選別試験に人族が混ざれば当然目立つ。顔を憶えることも可能だろう。そして特待生として無試験のまま入学すれば、試験では見たことない人族の顔があるということで特待生枠で入学したことがすぐにばれて恨みを向けられる。れっきとした権利で入学するので本来は筋違いの恨みなのだが、それが人族だというだけで素直に結果を受け止められなくなってしまう。


「本校と分校では共同行事もあるようですから、その時は宜しくお願いしますね。私の友人は皆、スタルーク教導学院以外で確実に入れるよう無難なところを目指すようですから。」


「俺の友人たちも同じこと言ってたな。スタルーク教導学院は絶対嫌だって。」


 人族特区は表向きは人族のためと謳われている場所なのだが、思わず笑ってしまうほどその在り方は避けられているらしい。


 そんな話をしていると、施設の中に一台の魔動車が入って来る。バスのような大型のものではなく、4人乗りの車である。


 カイン達の目の前で停まった車から降りて来たのは、少し年上らしい少女であった。青い髪を後ろでまとめてから流しており、立ち姿や服装からも真面目な雰囲気がにじみ出ている。


「お疲れ様です。あなたがレティシアさんでよろしいでしょうか?女の子だと聞いていたのですが・・・。」


「こんにちは。ええ、私がレティシアです。彼はちょっとした縁で仲良くなって、今は私の荷物を運ぶのを手伝ってもらってました。見ての通り少し不自由な体ですから。」


 そう言ってレティシアが杖を軽く振るのを見て少女は納得したように頷く。


「そうでしたか。失礼しました。私はクレア=ユスティーシャ。エルミア学院の本校初等部3回生です。今日はあなたをお迎えに上がりました。」


「ありがとうございます。改めまして、レティシアといいます。しかし、迎えというのは?もしかして、襲われたりするのでしょうか?」


「そこまでの危険はありません。ただ、お恥ずかしながら我が学院にも入学試験関連の情報スパイがおり、レティシアさんが特待生として入学することは知られています。」


 クレアの言葉にカイン達は思わず目を見開いてしまう。特待生の話を受けるという連絡はほんの少し前にしたばかりである。


「直接的に手を出してくる愚かな人はいないでしょうが、間接的に危害を加える、警告してくるといった手合いがいないとも限りません。でなければ情報スパイから情報を得たりはしていないでしょうから。もしそんな手段を取って来る相手がいたとすれば、その狙いは入学を辞退させること。エルミア学院に行って正式に書類を取り交わせば、学生への被害を学院として抗議・調査することが出来ますが、逆に言えばそれまでの間はあなた個人での抗議となってしまいます。それでは何の抑止力にもなりません。なので私が迎えに来たというわけです。」


 一通りの説明を終えると、クレアはカインから荷物を受け取り車に積んで、レティシアを後部座席に乗せる。


「それでは、我々はこれで失礼いたします。少年もこれから学院決めでしょうか?もし選別試験になるようでしたらお気をつけて。情報スパイがいるということがどういうことなのかをしっかり理解して臨んでください。健闘を祈ります。」


 クレアは最後に助言じみたことを言い残して本人も車に乗り、車はそのまま出発する。


 カインはそれを見送った後、彼女が残した言葉について考え、きっと自分の魔法は対策され試験は厳しいものになることを予感しながら、宿泊施設の中へと戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る