第19話 国家機密?
第5試験が終わって翌日の早朝、カインは飛空船の自室ではなく会議室のような場所に呼び出されていた。そこには何故かレティシアの姿もあった。
「朝早くにすまないな。少し確認しなければならないことができたから呼び出させてもらった。」
「い、いえ!大丈夫です!」
カインは緊張した様子で何とか返事をする。なにせ、部屋の中には試験官と思しき大人が大勢おり、数名は何かの魔道具の準備をしているが、それ以外は全員がカインに注目しているのだ。視線の圧に気圧されるのも無理はなかった。
レティシアがいるということは第5試験についてなのだろうと予想はつくが、これほど大掛かりに何かしている理由にカインは心当たりが無かった。
少なくとも試験官たちはカインに注目しているので用事はカインにあるのだろうと予想し、レティシアは何故自分が呼ばれたのかと少し居心地が悪そうにしている。
「昨日、君が試験で使った魔法だが、場合によっては大きな問題になりかねないものだと判断した。その問題になるかどうかを、その魔法がどういうものなのか聞いた上で判断しようと思っている。魔法の効果を教えるなど本来色んな意味で忌避されるものだが、今回はそれを曲げてお願いしたい。むろん、情報に対する対価は支払う。」
「未知だったり特殊な魔法の情報は魔法の研究のためになるからって国が買い取っていると聞いていましたが、本当だったんですね。」
「知っていたか。そうだ。対価というのはそれになる。因みに、今用意している魔道具は真偽判定の魔道具だ。嘘をつけばわかるから余計なことはしないようにな。」
そう言って魔道具の準備が整うのを待ち始めると、それまで黙っていたレティシアが手を挙げる。
「私は何故呼び出されたのでしょうか?」
「場合によっては君にも口止めをしなければならないからだ。昨日、問題となる彼の魔法を他に見たのは君だけだ。それと、こうして彼に魔法の確認をしなければ再試験の情報も出せないので、そのことに対する説明だ。」
「・・・つまり、今まとめているであろう試験の結果には、あの試合のことは反映されていないということでしょうか。」
「そうだ。試験が短いから評価ができなかったと特別に再試験を行ったが、現在各学院に提出されたデータは全て再試験については採点されていないものになっている。」
「えっ!?」
その言葉にカインは驚きの声を上げてしまう。声には出していないがレティシアもわずかに目を見開いて驚きを露わにしていた。
言葉を続けようとしたカインを手の平を向けて制止し、試験官は説明を続ける。
「だから、朝早くに君を呼んで話を聞こうと思ったんだ。既に再試験分の採点も終わって、それを含めたデータも用意している。後はこれを提出するかどうかを君の話を聞いてから判断する。昨日、採点結果をまとめ終えて深夜に提出していたデータが、翌日の朝早くに、たった二人だけの試験結果が変更になるというだけだ。それほど問題は無いだろう。」
「・・・それで、いったい何の魔法について聞きたいんでしょうか?」
カインはそう尋ねるが、何となく予想はできていた。
「あの凄まじい炎の魔剣、そしてそれを呼び出した魔法についてだ。あの剣は『レーヴァテイン』というのではないか?」
「やっぱり知ってるんですね。仰る通り、あの剣は『レーヴァテイン』と呼ばれるものみたいです。呼び出した魔法は剣召喚魔法・英霊剣というものです。」
カインが躊躇なく答えると、数名の試験官が魔道具を見る。そこには嘘を示す表示がされていない。
「そうか・・・。あのレーヴァテインなんだがな。妖精族の国ティルフィリアの国宝の一つとされている剣なんだ。今回問題になったのは、その国宝を勝手に呼び出してしまったのか、それともただのレプリカを生成したのか、それとももっと別の何かなのかということだ。勝手に国宝を呼び出したとなれば、下手をすれば国際問題になりかねない。もし本当にそういう魔法なのだとすれば、二人には悪いが今回の再試験については破棄して、最初の試合の採点のみでの結果をこのまま通す。そして、カイン君。君がセントヘリアルに来るというのであれば、その魔法は今後使用しないようにしてもらいたい。」
「使わない、ですか。」
「より正確には、使ってもいいが問題が起きることを承知しておくように、ということだ。こう言ってはなんだが、人族の君が国に対して問題を起こしても、セントヘリアルは助けられない。少なくとも正当性がない限りは。そこで最初の質問だ。英霊剣召喚とは、どういうものなんだ?」
カインは正直に英霊剣召喚について説明する。本来召喚できなかったということは伏せ、剣陣については説明せず、あくまで魔力消費が条件であるかのような言い方をする。決して嘘ではなかったので、魔道具も反応しなかった。そして、魔法の説明を聞いた試験官たちもそれどころではなかったというのも誤魔化しが通せた理由だったのだろう。
「嘘じゃないってことは、ティルフィリアの国宝は既に失われているということ?」
「一度壊れてから修復されているのかもしれない。例え力を失っていても剣を国宝と言うこともできるしな。力があることが国宝の条件じゃないんだから。」
「そっか・・・。それはあるかもしれないわね。でも、少なくとも公表はされていないでしょう?ここにいる全員が国宝は問題なくあると信じていたんですから。」
「つまりあれか。これ、もしかするとティルフィリアの国家機密を知っちまったってことか?」
一人の試験官がポツリと呟いた言葉に、部屋の中が一瞬で静かになる。世間に公表されていない国宝が失われているという情報。確かに国家機密であってもおかしくはない。
カインもまさか自分の魔法がそこまで大きな話になるとは思っておらず動揺してしまう。
「試験のデータを送ればその魔法によってティルフィリアの秘事が露見する。ここは隠蔽するのもありだとは思うが・・・。カイン君。君はこのセントヘリアルに何をしに来た?何か明確な目標があってここに来たのか、それともただある程度の実力と勉強が出来るからここを目指したのか。もし後者ならば再試験のことを全員忘れてしまえばいい。だが前者ならば試験結果を送る。君の魔法やティルフィリアの隠し事は露見するかもしれないが、それでも目標を達成できるという点ではスタートダッシュを決めるのもありだろう。君の魔法にはそれだけの価値がある。それにティルフィリアが隠し事をしていたのが悪いという見方も出来なくはないからな。」
「でも、この子の魔法を悪用しようとする人も出てくるんじゃないの?それこそ妖精族の国に攫ってレーヴァテインを召喚させて本人は監禁するとか。そうすれば表向きは国宝があるように見せかけることもできる。それだけじゃないわ。その魔法は他にも強力な剣を呼び出せるみたいだし、ティルフィリアだけが狙って来るとは限らない。強力な魔剣が欲しければ身柄を狙って、ティルフィリアみたいな隠し事があるところは露見する前に彼の命を狙う。そう考えると、私は反対よ。」
物騒なことを言い始める女性はそれでもカインの身を案じているので悪気はないのだろうが、それを聞いた本人は、まさかこの場にいる試験官の中にもそういう人がいるのではと警戒したように周囲を見回している。
「流石にそこまで良心は腐っていないだろう。だが念のため、レオスにも報告は上げる。目標のために進む子供のためだ。あいつなら悪いようにはしないだろうし、信じられる有力者に根回しもしてくれるだろう。」
「レオス理事長ですか。それならば・・・。」
誰のことなのかカインとレティシアはわからなかったが、その名前を出したことで試験官たちが繰り広げていた議論に決着がつくほどの人物なのだということは理解できた。他の試験官たちも納得の表情を浮かべている。
「それでは、彼の再試験の録画と最新の採点結果を各学院に送っておいてくれ。俺はレオスに急いで連絡を入れてくる。」
その言葉を最後に会議は終わり、カインとレティシアも部屋へと戻される。
合否の発表まで朝食を食べる程度の時間しか残されていなかったが、カインは食事に手を付けなかった。緊張のあまり食事が喉を通らなかったのと、先程の話がまだ受け止められていないというのが大きい。
そもそも、英霊剣召喚という魔法が今のカインにとって分不相応なものだというのが全てであった。消費魔力も使用条件も今のカインには適していない。本来ならば存在すら知らなかったはずの魔法は、何の因果か様々な幸運と悪運が重なり、カインが一番最初に使用した剣魔法となった。
アルフォンスからエクスカリバーの話を聞いたときからやけに強力な魔法だと思っていたが、まさかこうした問題まで招き寄せるとは思ってもみなかった。せいぜいが、剣を召喚しろ、寄越せと言われるくらいのものだと思っていたのだ。
もしこのまま合格したとしても、本当に無事に目的を果たせるのかとカインは不安になってしまう。
そこで、部屋の中のモニタが突如として切り替わり、同時に全ての部屋に向けて放送が流れる。
『9時になりました。これより部屋のモニタに皆様の試験成績書と合否通知を映し出します。まず名前を確認して、名前が違うようでしたら内線にて連絡をお願い致します。』
簡潔に告げられると、その言葉の通りモニタに試験の成績が映し出される。
名前が間違っていないことを確認したカインはそのまま成績の確認に移る。
カイン
人族の国 港町 第3孤児院在住
魔法属性 剣魔法
試験形式 戦闘
第1試験 魔力測定
魔力量 100/100
魔力干渉力 21/50
魔力放出量 32/50
魔力回復力 83/100
魔力許容量 94/100
第2試験 筆記試験
計算 398/400
文章読解・道徳 392/400
その他 100/200
第3試験 魔力障壁破壊
通常評価 100/100
試験官評価 26/100
第4試験 対魔物戦
通常評価 90/150
試験官評価 68/100
第5試験 対人戦
通常評価(勝敗)50/50
試験官評価 70/100
計 1632/2000
「お・・・おお?」
カインが上げようとした感嘆の声は、そもそもこの点数がどれほどのものなのかがわからないという疑問の声に変わってしまう。
そしてモニタを下にスクロールしていくと合否判定の文字とその横の欄に『合格』の文字を見つけしばらくの間固まってしまうカイン。次いで訪れたのは喜び、達成感、そして安堵であった。
「おお~!よっし!よくやった僕、じゃなくて俺!」
もし部屋が防音でなければそこら中から雄叫びが聞こえていたのだろうが、部屋の中で聞こえるのは自分の声のみ。カインは少しの間興奮しながら喜んで、少し落ち着いたところでまだ下に文章があるのに気付き読み進める。
合格点は1000点以上。また、各学院へと送られるデータにはこれに素行点、ここ数日の試験期間中の生活を見て減点方式での評価を加味したものが入っているらしい。
そして、合格はしたがこのまま入学するのかどうかの最終判断を9時30分までに下さなけらばならず、カインは今朝の話し合いのことを思い出す。
何やら対策はあるようだったが、それも絶対では無いのだろう。面倒ごとに巻き込まれるのはほぼ確実だったが、それならここで辞退するのかと考えると、全くもってそんな気持ちにはならなかった。
モニタはタッチパネル形式なのでカインはモニタに直接触れて、『セントヘリアルにあるいずれかの学院に入学する』の方にチェックを入れる。
そのまま最後のページまで進めると、そのページは試験結果のその他情報が記載されていた。
最高点 1823
平均点 1374
順位 1位レティシア1823
2位アーシャ=レグニッタ1711
3位ベリンダ=ルーベンス1695
4位ブラン=テトル1688
5位イルネ=ベルフレア1653
6位トリシャ=マーカム1637
7位カイン1632
・
・
・
「うわぁ、順位と点数、名前が出てるんだ。しかもレティシア、貴族を抑えて1位になってる。人のこと言えないけど、面倒臭いことになりそう。」
基本的に上位は貴族が占めている中、カイン以降で平民・下民は16位、23位、25位にいた。やはり性格に難があっても貴族は優秀であることは間違いない。
9時30分になるとモニタが切り替わり、今後の動きについて説明が記載されている。
飛空船はこのまま不合格者、入学辞退者を乗せて人族の国へ飛び立つので、それ以外の子は外に出て試験と同じくバスに乗ってから宿泊施設へと移動となる。
今回の試験では不合格者は出なかったが、試験の成績が合格点ギリギリだった3人が入学を辞退していた。奇異の視線に配慮して、バスが出発した後にその3人は飛空船を移動し、そのまま出港していった。
バスは揉め事が起きないよう、試験中と同じく貴族とそれ以外で分けられており、試験も無事に終わったということで、平民・下民が乗っているバスの中は和気藹々とした雰囲気に包まれていた。特に貴族が占めている上位に食い込んだ子たちには多くの祝福の言葉がかけられていた。
カインの元にも元々知り合いだった港町の子を筆頭に同じバスに乗っていた他の町の子も多く話しかけに来ていた。
「1位の人が凄すぎるからまだまだだって気がするけど。」
「レティシアって子か。あの試験で2位の人に100点以上差をつけるって、どんだけ凄いんだって話だよ。俺なんて151位、ど真ん中だったんだぜ?」
一通り祝福の言葉が収まって、カインは同じ港町出身のドルトとカトレア、そしてミリアと話をしていた。熱心なのか性分なのか、貰った筆記試験の解答を見直したり、試験内容を振り返ったりしていた。
「筆記試験、雑誌に目を通す前に提出しちゃったのよ!そのおかげで100点は逃したわ!」
「カトレアの点数帯は人が団子になってたから、100点あれば50位は上がれたわよね。」
「まあ、例の早期提出点を狙わなかっただけましだろ?あれに引っかかるのはむぐぅ!?」
ドルトが最後まで口にする前にカインがその口を押さえてそれ以上の発言を許さない。周りの子もそれぞれ好き勝手に喋っていてこちらの会話に耳を傾けているようには見えないが、それでも下手に馬鹿にする様な発言をして不況を買う可能性は摘むに限る。
「終わった試験だけど、馬鹿にする様な事は言わない方がいいわ。他の子に睨まれたくはないでしょう?」
カインが押さえている間にカトレアが忠告をしてくれて、ドルトも首を上下に振ったのでカインは手を離す。
「ふはぁ。助かったけど、他に方法はねぇのかよ?」
「悪い。咄嗟だったからつい。」
「もうその話はいいわよ。それより、筆記試験の問題についてよ。雑誌を読むだけじゃあれって全部埋められないわよね?50問くらいだと思うけど。」
「俺も50問は埋めたけど、残りの50問は見当たらなかったな。他に雑誌があるのかと思って部屋の中を探したけど、何も見つからなかったよ。」
「私は雑誌のことを後になってから気付いたから、不貞寝してたわ。」
「俺、元々筆記試験苦手だったから、その前の問題でも時間がかかっちまってさ。雑誌に気付いても探しながらで時間が足りなかったから、結局20問くらいしか埋められなかったぜ。」
「参考にならないけど、カインも50問ってことは、残りの50問はどういうことなのかしら?運営側のミス?」
ミリアの疑問に答えたのは4人横並びで固まっていた席の一つ前の列からの声だった。
「あの部屋の中の文字が書かれているありとあらゆるものを集めればよかったんですよ。文字は雑誌だけに書かれているわけではありません。灯りにも、タオルにも、ベッドや消耗品、食事の容器にも。それらの中に残り50問の答えはありましたよ。」
カインには聞き覚えのある声。バスの通路側から振り返ったのは今朝も見た少女の顔。切れ長の瞳に一瞥されると思わずドルトが顔を赤らめる。
「うっわ!超絶美少女!」
しかし、顔を赤くしたドルトよりも、顔見知りだったカインよりも先に興奮した様子で反応したのはカトレアであった。彼女は可愛いものが好きで、それは人形や小物に限らず人であっても対象になっている。
「私、カトレアって言うの!あなたは?」
「レティシアと言います。宜しくお願いしますね。」
「よろしく!って、レティシアって例の試験順位1位の名前じゃない!うっわ!こんな美少女が実は天才だったなんて、もう最強じゃない!」
「カトレア、少し落ち着いてちょうだい。恥ずかしいから。」
どこまでもヒートアップするカトレアに、ミリアは羞恥で顔を赤らめる。カトレアも興奮で頬を赤くしており、ちょっと気温が上がったかな?とカインは思わず錯覚してしまう。
「それにしても、そんなところにまで答えがあったんだな。むしろレティシアは良く見つけたな?」
「フフフ。雑誌にある問題を埋めてから、さっきも言ったように部屋中の文字が書かれているものを確認したんですよ。人族向けの試験で、決して答えられない問題は流石に出さないだろうと、雑誌のことから予想はできましたからね。」
そこまで言われて、カインは問題集の題名に人族専用と書かれていたことを思い出す。
「ちなみにそこまで埋めたってことは筆記試験の結果は?」
「一応、満点を頂きました。」
流石の結果であった。試験で戦った時にも思ったが、なるほど、カトレアが言った天才というのは間違いではないのだと改めて思い知る。
「・・・はっ!?お、俺はドルトって言います!宜しくお願いします!」
我に返ったドルトが緊張した様子で挨拶すると、レティシアが返す前にミリアも言葉を続ける。
「そう言えば、私もまだだったわね。私はミリアよ。よろしく。」
「ええ。宜しくお願いします。カイン君はもう自己紹介入りませんよね?あんなに熱い時間を過ごしたのですから。」
「誤解を招く言い方をしないでくれ。物理的に熱かったのは間違いないけど。」
「確かに、ちょっと気やすい感じがしてたわね。どういうこと?」
「第5試験で戦ったってだけだよ。その後もちょっとあってね。」
詳しいことは説明できない。いずれは知れ渡るだろうが、国家機密に関わる可能性があるということで緘口令が出されていた。
なのでそこを突っ込まれると少し困ってしまうのだが、その前にバスは目的地へと到着する。
その宿泊施設は学院行事などで合宿をする際に利用できる、都市が管理している施設であった。カイン達の通う学院と寮が決まるまでの仮住まいになる。
バスから降りて施設の中庭に集められると、試験官がこれからの予定を説明し始める。
「皆さん。まだどこの学院へ通うことになるか決まっておりませんが、入学おめでとうございます。これから学院を決めるまでの予定についてお話させて頂きます。まず、今日の夕食後、夜7時30分から皆さんには入学を希望する学院を選んで出願を出して頂きます。場所はこの施設の大広間。全員まとめて出願方法を説明します。それまでの時間は皆さん、部屋にある冊子を見たり友人と相談したりして、希望する学院を第3希望まで選んでください。また、昼食の間に廊下に数名の受験番号を張り出しますので、該当する人は昼食後に教官室まで来てください。少しお話があります。」
そうして必要なことを伝えた後は、揉め事を起こさないこと、宿泊棟から出ないことなどを十分注意された上で昼食まで自由時間となった。
もはや貴族の子供も身分は他の子たちと同じになっているため、迂闊なことはできない。仲良くなるのはお互いに無理だと悟っている為、基本的には元々の身分で集団を作り学院について相談をしていた。
しかし基本的には、というだけで例外もあり、未だに貴族気分が抜けていない子供が問題を起こしそうにもなっていた。
たまたま名前が耳に入ったのだろう。貴族の少年のグループが一つの平民・下民のグループに話しかけていた。そこはレティシアとその知人が集まっている集団であった。
「失礼、先程レティシアという名前が耳に入ったのだが、この中に例の才女がいるのか?」
そう言っている少年の視線は尋ねていながらもレティシアに固定されている。言葉は才女と言って褒めているが、いっそ清々しいまでに値踏みし、そして容姿を認めて嘗め回すように全身に視線を這わせている。
「貴族を押さえてトップを飾り、将来も楽しみな美しさ。これならば貴族の一員として迎え入れても問題は無いだろう。」
「待て、身分が高すぎれば問題になりかねん。ここは俺が。」
「お前は許嫁がいるだろう。それに跡取りよりも騎士になる俺の方が。」
いきなり言い争いを始める少年たち。その様子を貴族の少女たちは汚物を見るかのような目で眺めている。
現在言い争っている少年たちはいずれも入学試験の順位が貴族の中でも低かった者たちだった。彼らの目的はそんな不甲斐ない結果を残した自分たちに箔づけするため、貴族の家に招き入れるという餌を用意してレティシアを取り込むこと。
基本的に貴族は人族特区にあるスタルーク教導学院に通うのだが、試験の結果が振るわなかったので他の貴族に舐められてしまう。それを回避するため、今から入学までにできることとして、優秀な人物を取り込んだという実績を欲していた。
まるで決定事項のようにレティシアの将来の相手を話し合う貴族の少年たち。元々そんな気持ちもなかったレティシアは話をしていた知人を引き連れて部屋へと引き上げる。昼食まではそれほど時間がないが、それでもこのまま共有スペースにいれば問題が起きかねないと判断した上での行動であった。
その甲斐あって、貴族の少年たちがその場からレティシアがいなくなってことに気付いても、彼らはぶつくさと文句を言うだけでそれ以上騒ぎを起こしたりはしなかった。
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