第18話 入学試験の裏側で
第5試験が終わってから、試験官は全ての結果を急いでまとめて、各学院へと送付する必要があるので、試験官はこの2日間はデスマーチである。
試験の採点はカイン達が第3試験を受けている時から行われていた。
「早期提出の特別点に釣られた子が72人ですか。」
「残念ながら採点結果を見ても凡ミスが見られますね。結果的にマイナスになってしまってるので、損しかありませんでしたな。」
「あと残念だったのは、じっくり見直しをした後、すぐに提出してしまったであろう子たちですね。時間的には翌日の午前中に提出してきた子たちです。セントヘリアルについての問題が丸っと空白で提出されています。雑誌を先に読んでいれば、彼らも答えには気付いたのでしょうけど。」
「そこら辺は運や巡り合わせだろうな。結局、雑誌の内容を埋めたのが58人。更に備え付けの備品から残りの問題を埋めたのが11人か。」
カインは雑誌だけしか見つけられなかったが、よく探せば受験生の部屋にあるアメニティの包装や灯りの魔道具に印字されている内容などで残りの問題を全て埋められる。そもそも、問題用紙の題名に『問題用紙(人族専用)』と記載されているので、答えられるはずがない問題が載っていることに疑問を抱くべきだったのだ。
「規定通り、雑誌に気付いた子に特別点5点。備品の方に気付いた子にはさらに特別点10点。字が汚い子は読めなければ減点で。」
そうして試験官は第3試験が行われている間に第2試験の採点を終える。
その後は少し休憩を取ってから、今度は第4試験が行われている間に第3試験の録画を確認して採点を始める。通常の目標達成による評価とは別に試験官が個人的に評価したいところがあれば追加点を与えるという評価方法になっている。
「貴族の子は何と言うか・・・。画一的だな。魔道具を使っている子は特に。」
「安定していると見てあげるべきでしょう。わざわざ悪いところを探す必要もありません。」
「試験の様子が他の子にも見えるようにしてるのはやっぱりやめるべきじゃないか?最初の子がどうしても実験台みたいな扱いになって不利になる。」
「そこら辺は散々話をしたでしょう。前半の子の方はアイディアによる特別点を貰いやすくなる。後半の子は魔力障壁を破ったことによる点を得やすくなる。そもそも試験の性質から適した魔法を選ぶのは簡単でしょう。それを怠るのであればどちらにせよ高得点は出せないわ。」
第3試験は実際に魔法が使われるので、確認した魔法の種類を受験者データに載せる作業も並行して行われる。どんな属性なのか明確に分からなければ、大雑把にどんな魔法を使ったのかを記録している。カインの魔法も正確にはわからなかったので「剣が現れたり消えたりしていた」という記録がされている。武装系の召喚魔法なのか、鉄を成形したのか、異空間に保管していたものを取り出したのか、この時点ではわからなかったのだ。
第3試験の採点を終えると既に夜中になっていた。何せ300人分を見たのだ。それも300人を試験官の人数で割るのではなく、試験官全員が300人分を確認するので時間の短縮が出来ない。特別点を採点する関係上、手分けして採点が出来ないのだ。それにただ見るのではなくちゃんと詳細を見て評価する必要があるので、10秒の試験時間を数分かけて見るということもあった。
「明日は朝から第4試験の採点と、その後に第5試験の採点か・・・。」
「第5試験は受験者同士の試合だから単純に数は半分で済むでしょう。まあ、試験内容によってはじっくり見る必要があるけど。」
「明後日の朝までって、完全に夜更かし、徹夜コースじゃんか。何で人族の採点で・・・。」
「こーら!差別発言!採点は平等に!それが出来ないならさっさと辞表を出せばいいでしょ。」
「ちょ!悪かったって!ちゃんと真面目にやってるから!やるから!」
そうしてやって来た試験最終日にして採点最終日。
第4試験を一通り見ている試験官たちは必ずとある人物の試験に目を止める。
「うわ、ブラックオーガを完封か。1対1だからってのはあるだろうけど、それでも大したもんだな。」
「肝が据わってるわ、この子。突進してきても冷静に動きを止めにかかるんですもの。同じ歳で同じことが出来る子がどれほどいるか。」
そう、レティシア対ブラックオーガ戦であった。
そもそもブラックオーガは倒されることを想定していない。いかにして撤退するかを評価するために、去年から追加された試験内容であった。セントヘリアルで教育を受けている子でも、この歳でブラックオーガを相手にできる子は非常に少ない。
「この子、杖持ってるけど、本当に足が悪いの?」
「試験会場で人とぶつかって簡単に転んでたの見たぞ。なんというか、筋力がない感じだな。」
「その場からほとんど動くことなく相手を冷徹に追い詰めていく・・・。いい。」
「「「は?」」」
一人の試験官の性癖に難があることが知られてしまった瞬間だった。軽蔑の目を向けられてしまい、彼は話題を逸らそうともう一人のブラックオーガ討伐者について言及する。
「コホン。もう一人オーガを倒した子がいるだろ。そっちはどう思う?」
「後で子供たちには警戒するよう言っとくぞ。で、この子の話か。手段はともかく、咄嗟の機転は働くんじゃないか?魔道具の自爆も想定のうちじゃなく、咄嗟の判断だったみたいだしな。」
「道具を使い捨てる判断をして勝ったのには点をあげるべきでしょうね。まあ、この後騒ぎを起こして減点されちゃうけど。」
採点の最中も試験会場で起きたことは報告されている。オーガを倒した貴族の少女が装備の管理も破損も自己責任で行うことというルールを把握しておらず、騒ぎを起こしたことも伝わっていた。
そうして受験生がどの段階まで魔物を倒したのかを記録し採点、目ぼしい活躍を見せた者には特別点を与え、第4試験の採点が終了した頃には既にお昼を大きく過ぎており、昼食を食べていなかった試験官たちはあらかじめ持ってきていた栄養補助食品を食べながら部屋に留まり、そのまま第5試験の採点を続ける。
「今年もやっぱりこうなるよなぁ・・・。」
休憩で少し外していた試験官の一人が、部屋の中で遅れた昼食を食べながらモニタを見て採点を行っている人の様子を見て、自分たちが客観的に見るとどう見えるのか想像し苦笑いを浮かべる。
爆発的に受験生が増えた去年から採点方法の改善案を模索してはいるものの結果は芳しくなく、筋違いとわかっていても人族の子供に対して思わず恨み言を口にしそうになってしまう。
「でも、恨み言を言うのは筋違い。こうなることを想定して前もって対策を立てていればよかったと言われれば言い返せないよなぁ。」
他種族が行う入学試験はもっと膨大な数になるため採点方法をもっと簡略化している。各個人を見るのは、かつて人族の貴族の入学を何とか阻止しようとして難癖をつける点を見つけるための名残で、そこから今の人族の状況に合わせて簡略化した試験方法、採点方法を模索、採用するには時間が足りなかった。
「うわ、やっぱこの子強えわ。5分もかかってないぞ。」
「どの子?・・・ああ、さっきのオーガを倒した子ね。でもこれは、相手も迂闊なんじゃないかしら?普通、無警戒に相手が広げた水溜まりを踏む?」
「複数紋持ちに驚いてるから、精々、水が襲いかかってくるとか思ってたんだろうな。実際は水が襲いかかってきて、それが凍るんだから予想外だったんだろう。確かに、人族の複数紋持ちって聞いたことないからな。頭から抜け落ちるのも無理はない。初見殺しだぞ、これは。」
「・・・あ。関連ファイルでもう一試合あるみたいね。まあ、評価するには余りにも短かったから特例ってことかしら?」
「・・・いや。これ単純な親切心か?この試験官、誰だ?試験情報を売ってる可能性があるぞ。管理局に連絡しとくか。」
ちなみに追加試験を促した試験官は試験情報の売買には関わっていなかった。
そうして少し仕事が追加されてしまうことはあるが、それでも順調に採点が進められる。
大人から見ればまだまだ未熟だが、それでもいくつもの注目される戦いがある中、最も注目を集めたのはカインとレティシアの再試験であった。
「これ、最初に氷魔法を使わなかったら、この少年も水溜まりに踏み込んで勝負は終わってたんじゃないか?」
「初見殺しねぇ・・・。まあ、魔力刃を先制したのも水が足元に届く前にというつもりだったでしょうし、魔力刃は先端付近が最も速くて、重い。体のハンデがあって回避できないなら防ぐしかないけど、多分魔力障壁や水の防壁じゃ防げないと思ったのね。彼女の氷、多分空間ごと凍らせてるから硬いわよ。」
「でも、多少体制崩してでも避ければ、氷魔法には気づかれずにそのまま終わってたかもしれないだろ?」
「そこら辺は経験じゃないかしら?咄嗟の判断だったでしょうから、多分駆け引き関係なく普段してる防御が出ちゃったんでしょう。」
その後の多彩な手数で徐々に追い詰めていくレティシアを見て感嘆の声が上がり、次いでカインが召喚したレーヴァテインに部屋中で騒ぎが起きる。
「うわ、マジかよ!レーヴァテインって確か妖精族が保管してるアーティファクトとかって話じゃなかったか!?無断で呼び出したってことかよ!問題になるぞ!」
「これどうするの!?試験内容はセントヘリアルの全学院に送る必要がある。絶対にティルフィリアに伝わるわ!」
そう。世間ではレーヴァテインは妖精族の国に保管されている国宝級のアーティファクトとして認識されていた。それを受験生が無断で使用したとなれば国際問題になりかねない。
しかし、彼らは知らないことだが、カインの英霊剣召喚で呼び出せるのは既に死んでしまった剣のみ。修復されていたとしても力が戻っていなければそれは死んでいるとみなされる。つまり、世間に認知されている妖精国にあるというレーヴァテインは、修復したが本来の力を持っていないものか、外見だけを似せた偽物か、もしくは偽物すら存在していない可能性があった。
そんなことを知らない試験官たちはヒートアップしていく。
「どうする?この子、カイン君だっけ。試験結果は今の時点でも十分合格ラインだけど、このままセントへリアルに入学させるのは危険なんじゃ・・・。」
「でも、人族の国にはレーヴァテインのことは伝わってないでしょう?この子も使える魔法を使ったってだけで、それが国宝級の剣だって知らないんじゃないかしらティルフィリアのお偉方も説明すれば理解してもらえないかしら?」
「話が分からない方たちじゃないでしょうけど、国宝をあっさり呼び出されたとなれば、威信に関わるんじゃないかしら。」
「・・・そう考えるとおかしいよな?国宝級の剣がただの召喚魔法で盗まれるなんて。対策くらいしてるもんじゃないのか?」
「確かにそうね・・・。もしかしたらレプリカを作るとか、そんな魔法なのかもしれないわ。一応、本人に魔法の効果を確認しましょう。」
しかし、カインが魔力枯渇寸前まで消耗したことで、すぐに事情聴取するのも難しいと判断され、試験後少し経ってから内線で呼び出すことに方針転換された。その内線も、カインが部屋で眠ってしまったことで出ることができず、カインとレティシアの試験結果は第5試験の最初の戦闘についてのみ評価され、追加試験の方は各学院にも試験データは送られなかった。いざという時のための部屋の中に備え付けられている監視カメラでカインが眠っているのが確認されており、魔力枯渇だったのならば情状酌量の余地があると罰則は与えられなかった。
「いいんでしょうか?ある意味では試験結果の恣意的な操作になりませんか?」
「仕方ないだろう。何も知らない子供にいきなり国際問題の責任を背負わせるのはいくらなんでも酷だ。それに、明日の朝急いで聴取を取って問題がなければ、1試合分を再評価したデータと試合の録画を各学院に送ることができる。」
「ええ・・・。後出しって、いいんですか?」
「これが膨大な量ならば問題があっただろうが、あくまで1試合分。二人の試験結果だけだ。それほど問題はあるまい。」
「・・・そこまでする価値ってあるんですか?下手をすれば試験官が非難を浴びてしまうかもしれません。人族の子供一人のためにそこまで骨を折る必要なんて。」
「人族であろうとなかろうと関係ない。対応を誤れば一人の子供の将来を閉ざしてしまうかもしれない。教師である以上、それを黙って見過ごすわけにはいかないだろう。」
決然とした声は、思わず溢れた人族への嫌悪の言葉を嗜める意図もあった。それは教師として抱いてはいけない、子供の可能性を否定してはいけないと。
「すみません・・・。」
「謝るようなことじゃない。反省して次に活かせばいい。それより、明日の朝、例の少年に魔法のことを聴取するから、真偽判定の魔道具の準備をしておいてくれ。」
試験官のまとめ役に指示された青年は気持ちを切り替え、元気よく「ハイ!」と返事をして魔道具の準備に取り掛かるのだった。
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