第17話 入学試験⑦
「・・・ただ生成しただけの水、少ない魔力しか込めていない水では、存在すら許されませんか。氷も同じく、ですね。」
先程の一撃で消え去った水と氷のドーム、そして今なお生成しては蒸発していく水を見てレティシアは表情を険しくさせる。
そして視線の先でカインが大剣を大きく振りかぶるのを見て、レティシアは再度自身の前方に幾重もの防御魔法を重ねがける。先程の防御は8割が消し飛んでいたからだ。炎の波濤を受け止め軋みを上げる防御に冷や汗を浮かべながらも分析を続けるレティシアの顔に諦観は見られない。
(かなり魔力を消費してますね。まあ、あれだけの剣を召喚すれば当然のことでしょうけど。それより、魔力を消費しているのに今も周囲の剣を召喚し続けている理由はなんでしょうか?そうしなければならない理由がある?あからさまな足元の魔法紋のことも考えると・・・。あそこから動くことが出来ない、ということでしょうか。)
レティシアの考えはほぼ当たっていた。
カインの周囲に突き立てられた5本の剣はいずれも炎の魔剣で、カインの足元に炎で描かれた魔法紋は”剣魔法・剣陣『炎』”を発動しているためだった。剣魔法・剣陣は剣を規則正しく魔法紋に突き立て、魔力を同期させることであらゆる効果を発揮できるというもので、今回の剣陣『炎』は炎属性の英霊剣召喚のハードルを下げる効果を持っていた。そのため、未だ召喚可能な状態にはなっていないはずの”英霊剣レーヴァテイン”をカインは召喚することが出来たのである。
しかし、準備のために魔剣を5本召喚し、更に英霊剣召喚を発動したことで、カインの残りの魔力は1割を切っていた。さらに剣陣の中でなければ召喚の維持が出来ないため、カインはそこから動くことが出来ず、攻撃手段はレーヴァテインが生み出した炎による攻撃だけとなっていた。
最初は驚いていたが、予想が正しければ自分に分があるとレティシアは考えていた。カインの魔力が完全に枯渇するのも時間の問題で、そのせいで数少ない機会となったカインの攻撃はギリギリ防ぐことが出来ている。何ならもう一つの切り札を切ってもいいとすら考え、レティシアは思考にある程度の余裕が戻ってきていた。先程までの険しい表情は消え、今ではうっすらと微笑んですらいる。
しかしその余裕を嘲笑うかのように、カインの剣から噴き出す炎の質が変わる。これまでのまとまりが無くただ吐き出されていただけの炎が徐々に徐々に収束していき、細く、長くなっていく。
カインは剣陣を使って英霊剣召喚をするのは初めてであり、レーヴァテインを使うのも今日が初めてであった。強力な力に制御すらままならず、今まではただ剣の勢いに乗せて炎を振り撒いていただけだったが、少しずつ使い方を理解し、炎の操作もできるようになっていた。
「緋刃・絶空」
それはかつてダルクスがカインに向けて殺意と共に放った技。朦朧とする意識の中で何とか視界に納め、技の大枠と仕組みを見切っていたカインは、ちょうど炎の英霊剣を使っているということもあり試してみたいという好奇心からその技を振るった。
刃渡りおよそ300m。収束した炎の刃はレティシアも射程に収めており、カインは袈裟切りの要領で斬りかかる。
レティシアの防御など意にも介さずあっさりと刃の軌道の全てを切り裂いた後、地面の切り口から火柱が上がりその周囲をまとめて吹き飛ばす。
しかし、何故か手ごたえを感じなかったカインは、突如として湧いた後方の気配に振り向きながら緋色の刃を薙ぎ払う。そこには何故かレティシアが無傷の状態で立っており、刃が届く前にその姿が掻き消えた。
「まさか!」
そしてすぐに周囲を探り、新たに現れていた気配に視線を向けると、予想通りそこにはレティシアの姿。
既に水魔法と氷魔法を見たことで相手の魔法属性は知った気でいた。しかし、まさか空間魔法まで使うとは想像もしていなかった。何せ複数紋持ちですらもほとんど見たことがないのに、入学試験の相手がその珍しい相手で、更に3属性持ちだなどとは思いもしない。
そこからはひたすら鬼ごっこであった。レティシアが現れては消え、消えては現れてを繰り返し、それをカインは、時に炎を収束させずに、時に緋刃・絶空を放ち追いかける。
地面は抉れ、爆散し、溶解し、切り刻まれる。空気は焼かれ、土埃とともに荒れうねる。
集中して徐々に反応が良くなるカインに、転移で現れた瞬間刃が迫ってきておりレティシアが冷や汗をかくことが多々ありつつも、とうとうその攻撃がレティシアを捉えることはなく、その前にカインに限界が訪れた。
カインの剣陣を維持する魔力がなくなり解除されることで、レーヴァテインも送還される。
疲労困憊といった様子のカインから少し離れたところに現れたレティシアは氷の刃を全方位から突き付ける。
「ハァ・・・、ハァ・・・。まさか、空間魔法も使えたなんて、予想もしてなかったな。」
「複数紋持ちではありますが、それが2種類だけだなんて言っていませんからね。とは言え、まさか使わせられるとは思いませんでしたが。それで、ギブアップをするつもりはありますか?」
「こちらとしてはありがたいけど、いいのか?」
「ええ。評価が下がることはないでしょうし、男の子にあそこまで熱心に追われるというのも中々得難い経験でした。そのお礼です。」
「何と言うか・・・。変わってるな。それじゃ遠慮なく、ギブアップ。」
カインが宣言すると、体が硬直し身動きが取れなくなる。
「それでは、またどこかでお会いしましょう。」
近づいてきて耳元で囁かれたレティシアの言葉を最後に視界が暗転し、次の瞬間には試験会場の元いた場所へと戻ってきていた。
体のだるさから座り込んだままの状態で辺りを見回す。すでに8割ほどの人が戻ってきており、いかに最初の試験が早かったとはいえ、2戦もすればむしろ遅い方になってしまったらしい。
受験番号の前半、貴族の子供は全員が戻ってきており、3分の1ほどは魔力切れか死を体験したせいか気絶している状態であった。
平民・下民も4分の1は気絶を、もう4分の1はカインと同じように立っているのも辛いと言った様子で床に座り込んでいた。気絶しているのは負けてしまった子、座り込んでいるのは負けたか、勝ったとしてもギリギリの勝利を得た子たちである。
レティシアも流石に疲れており、その場で座り込んで少し息を切らしていた。連続転移は相応の魔力消費を彼女に強いていたのである。普段から杖をついている華奢な彼女の疲れた様子に庇護欲を掻き立てられた周囲の子、男子が多かったか女子も少なくない数、彼女に手を差し伸べたいと思ったが、地面の線を越えてもいいのかという疑問が彼ら、彼女らをその場に留めていた。
その後もう30分ほど経つと、残りの子供たちも戻ってきて、とうとう第5試験が終了となる。試験中も試験が終わってからも自覚が無かったが、そう言えばこれで合否が決まるのかとカインは改めて緊張してしまう。
時間を見るとお昼よりもまだ少し早く、これから約1日弱もの間この緊張が続くのかと、カインは少し憂鬱な気持ちになる。普段なら気晴らしもできるのだが、今いる飛空船の部屋からは出られないので、やれることといえば読み切っていない学院案内を読み進めることくらいであった。魔力もほとんど枯渇していると言っていいので、鍛錬をすることもできない。
「お疲れ様でした。これにて今期の人族の方たちの入学試験は終了となります。これから採点を行い、明日には結果が発表されますので、皆様は飛空船の部屋で結果発表をお待ちいただくことになります。それでは、意識のある方はバスに乗ってください。」
その言葉を最後に足元にあった線と番号が消え、動ける子供はバスへと向かい始める。レティシアの周囲にいた子は彼女に手を差し伸べようとし、本人に遠慮されていた。
ある程度他の子供たちが会場から出ていくと、カインも立ち上がりバスへと向かい始める。そこで、出口に近かったレティシアも立ち上がると、明らかにカインへと視線を向け彼を待ち構えるようなそぶりを見せる。そしてカインが近づくと案の定、彼女はカインへと話しかけた。
「お疲れ様でした。先程、どこかでお会いしましょうと言ったばかりなのに、こうして話すというのは少し気恥ずかしいものですね。」
「それなら、俺を待たずにさっさと行けばよかっただろうに。」
「つれないですね。先程はあんなに熱心に追い縋ってくれたというのに。それに、そう言いながらさり気なく歩調を緩めてくれるところは、中々好感が持てますよ。」
「そういう言葉は色々誤解を生むからやめてくれるとありがたいだけど。それで、そんな話をしに来たのか?」
「そうですね。話が出来る時間というのは短いので本題に入りましょう。カイン君、あなたは『教導学院』についてどう思いますか?」
「そうだな・・・。平民や下民にとっては、必要ないんじゃないのかって気がする。そもそも、学院があるあの特区は貴族の取り込みを狙ったものだと思う。港町の下民街では去年集めた情報から、この国での派閥争いが原因じゃないかって言われてたな。」
「そうですか、やはり。それならできるだけ別の学院を選んだ方が良さそうですね。」
「そうだけど・・・、もう合格したつもりでいるのか?」
「客観的に見れば、私は合格しているはずですから。過信は禁物ですが、自分の出した答えに自信を持つこともまた重要ですよ。あなたは自信がないのですか?」
「どうだろう。できる限りのことはしたと思うけど、それでもこの国の評価基準に達するかどうかは別だろう?」
「それなら自信を持ってもいいんですよ。自分の力を尽くしたのなら結果がどうあれ自信は持つべきです。自分は合格できるという自信ではなく、自分は全力を尽くしたという自信です。それでだめなら、元々自分ではどうあっても合格できなかったというだけのことでしょうから。」
割り切っている、どこまでも『自分』を持った考え方であった。
「バスに到着してしまいましたね。それでは、有意義なお話をありがとうございました。」
レティシアはそう言って頭を下げると、そのまま自分が乗って来たバスへと歩いて行く。
カインもそのまま自分のバスを探し出して乗り、椅子に座るともう限界だとばかりに眠りに落ちた。魔力枯渇では無いがそれに近い状態であるため魔力切れの症状が非常に重かったのである。約一時間程度では体調は回復しなかったが、それでも飛空船に到着した時は試験直後に比べるとかなり気分は良くなっていた。
「それでも昼食は難しそうなんだけど、でも食べないわけにはいかないか。」
昼食は前回と同じく部屋に届けられていた。食べることは体を作ることに繋がる。そう教えられており、何より試験の時に零加速がまだ使えるほどの体では無いと自覚した以上、食べないという選択肢はカインの中には無かった。
午後になるとカインはもう一度眠りに就く。魔力をもう少し回復させて魔力切れの症状を緩和しなければ読書に集中できない。そうして少しだね眠るつもりだったのだが、いざ目が覚めれば既に5時近くになっており、魔力も半分以上は回復して、魔力切れの症状もカインの慣れによって無視できる程度にまで治まっていた。
その後、カインはまだ読めていなかった学院の案内を読み進め、そうしている内に夕食が届けられるとすぐに食べ始める。
その時に一緒に配られた冊子で明かされたのだが、飛空船で過ごしている間出されていた食事は、街中の提携している食事処で奨学生が格安で注文することができる食事だった。少なくともこの試験期間中、食事の量が少ないと感じたことはなく、味も悪くなかったので、これが一般的な食事になるのかとカインはかなり驚き、同時に楽しみにもなった。
そうして夕食も美味しく頂き、残りの冊子も一通り読み終えると、眠るのにはちょうどいい時間となる。
昼間に寝すぎたのですぐには眠れないかと思っていたが、これまでの試験での内容と反省・後悔すること、そして明日の合否発表のことをグルグル考え込む中、いつの間にかカインは眠りに落ちていたのであった。
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