第16話 入学試験⑥

 貴族の少年の首を斬り落とした後、軽く体をひねると全身に痛みが走りカインは顔を顰める。


「・・・ッ!やっぱりちょっと痛むな。まだ体が出来上がってないから使えないってことか、それとも使い方が間違ってるのか。・・・まあ、今はいいか。それより、試験は終了だと思うんだけど、どうすればいいんだ?」


 貴族の少年の体は既に消えているにも関わらず、自分はここに残ったまま何の反応もないので、まだ何かすることがあるのかと身構えるカイン。


 しかし、その後すぐにカインの体も光に包まれ送還の予兆を見せる。最初と同じように光によって視界が塞がれ、そして光が収まり目を開くと、そこはまだ試験会場では無く、先程の戦闘跡が消されただけの全く同じ幻界であった。


「・・・?第5試験って2回戦闘をするのか?」


 そんな風にカインが疑問を抱いていると、近くに転移の反応が現れる。身構えるカインの前に現れたのは、第4試験でブラックオーガを倒したと思われる杖をついた少女と、試験官と思しき大人の女性であった。少女は先日遠めに見ただけだったが、改めて近くで見ると想像以上に小柄で華奢な様子から儚いという印象を抱く。しかし顔色などは決して悪くは無く、切れ長の目も外見とは裏腹に力強い光を持っているので不健康そうには見えなかった。


「・・・あら?試験は終わらせたと思ったのだけれど。」


 少女はカインと同じような疑問を口にすると、試験官の女性が二人を呼び出した説明をする。


「申し訳ございません。お二人の試験が想定よりも早く終わってしまったため、正直に言えば満足な試験評価が出来ない状況なのです。」


 実際にカインの試験は5分前後で終わっており、更に相手の自滅という形で終わっている。


 一方少女の方は、対戦相手になった男子が、杖をついた儚い美少女を相手に完全に油断してしまい、全力を発揮する前に迅速に片付けられたためこちらも時間がかからず試験を終えていた。


「そこで提案なのですが、お二人で再度試験をして頂き、もう少し評価のための資料を充実させて頂けないかと思い、今回こうして話をさせて頂きました。どうでしょう?今回の試験は勝敗というよりも戦いの方に重点を置いて配点しているので、もう少し試験を行えば追加点が望めますが。」


 カインはどう答えたものかと悩んでしまう。何せ、先程から試験官は少女の方を向いて話をしているので、恐らく今回の話は少女を対象にした提案なのだと察したからだ。


「そうですねぇ。見ての通り体が弱いので、できれば追加の試験というのは避けたいところですが。それに、少なくとも今ある情報だけでも少しは採点して頂けるのでしょう?」


「それはそうですが・・・。」


 難色を示す試験官がそこで初めてカインの方を向く。縋るような目の色に恐らくここでカインが得点のために受けると言って欲しいのだろうと予想できるが、体が弱いと言っている相手に無理をさせるのも本意ではないので、カインは気付かないふりをする。


 助力を得られそうにないと肩を落とすと、試験官は再度フィリアに視線を戻す。


「これからの学院生活を送る上で、本人に適した学院や任務を提案するために、こうした情報は必要なのです。どうか受けては頂けませんか?」


「既に勝ったという評価を得ている以上、ここで追加の試験を受けて負けてしまうリスクを負うのは得策ではありませんよね?」


「それは・・・。」


「別に食い下がる必要はないはずですが?・・・わかりました。いくつかの点が保証されるのであれば私は追加で試験を受けても構いません。」


 まるで折れたかのような少女の態度だったが、喜色を浮かべて顔を上げた試験官の目に移ったのは不敵な光を目に浮かべた少女の顔だった。


「まず第一に、試験の勝敗による評価は、最初の試験を対象にしてください。つまり追加試験では勝敗は評価に関係がなく、試験内容の評価だけを行うということです。」


「・・・わかりました。」


「第二に、試験が公平に行われているのであれば簡単なことですが、試験の内容を採点以外には利用しないということです。そしてそれが破られた場合、ちゃんとあなたに責任を取って頂きます。」


「わ、私が責任を負うのですか?ですが私は現場の一試験官にすぎませんので。」


「熱心に説得しているのはあなたでしょう?まあ、責任者がいるのであればその人も当然負うべきものですが、張本人にも当然責任があります。そもそも説得しなければ流出する可能性もなかったのですから。」


「しかしですね・・・。」


「それに、私の話は無意味なものでしょう?ちゃんと試験内容を管理する。他人に公開しない。公平に試験をするなら当然のことですよね?それとも、まさか今から既に情報の流出を予見しているのでしょうか?」


「そういうわけでは、・・・わかりました。ちゃんと責任は負います。」


「納得して頂けてよかったです。それでは契約を交わしましょう。」


「け、契約?」


 予想もしていない堅苦しい言葉が出てきて試験官は素っ頓狂な声を上げてしまう。


「?ええ、口約束では簡単に破っても問題ありませんからね。」


「待って下さい!ここまで話し合って、まだ私を疑うんですか!いい加減にして下さい!」


 流石に怒り出す試験官にカインはおろおろし始めるが、少女はまるで意に介していない。


「初対面の、それもこちらの手の内を必死になって明かそうとする人を簡単に信じるわけないじゃないですか。」


 あっさりと肯定する少女に思わず絶句するカイン。試験官の女性もはっきり言われるとは思わなかったのか硬直してしまう。


「学院を決めた後、定員以上だとそこでも試験をするんですよね?きっとここでの情報は売り買いされてるんじゃないですか?それを見越してこれまで必死に手の内を明かさないでいたのに、まさかそれを真正面から否定されるとは思いませんでした。」


 少女の言葉にカインは思わず感心すると同時に自らを恥じた。


 この少女はセントヘリアルの子供たちに勝つつもりだったのだ。負ける理由はいくらでも並べられる中で、考えを巡らせ貪欲に勝利を手にしようとしている。その姿勢は目の前の試験官相手であっても変わらない。


「ですので、抑止力として契約を結ぶんです。別に免職なんてひどい真似はしません。責任の取り方はいたって簡単ですよ。自分が何をしたのか、公開すればいいんです。情報が漏れたのなら、重要な情報の取り扱いがなっていませんでしたと。他人に売ったのなら、お金欲しさに人の情報を売りましたと。それだけでいいんです。」


 それは信用を無くすことになるので実質免職よりも酷いことになりそうだとカインは思った。それは試験官も同様だったらしい。


「あなたは!私を破滅させるつもりですか!」


「破った場合の罰の話をしているんですが、もしかして実際に一線を越えたりしてましたか?」


「そ、そうじゃない!これだと、私を陥れるために他人も情報を漏らす可能性があるでしょう!」


「そこはしっかりと引き締めて頂ければ。そもそもそちらの仕事なのですから。それで?条件を受け入れるのであれば私は試験を受けるのもやぶさかではありませんが?」


「この・・・!」


 思わず手を上げそうになった試験官の女性を見て、咄嗟にその間に入り込むカイン。しかしその時、試験官のポケットから音楽が聞こえてきて、試験官は急いで取り出した通信用魔道具を取り出し耳に当てる。


「もしもし。・・・はい。それは・・・いえ!?そのようなつもりは全くなく!・・・ええ、はい!・・・かしこまりました!失礼いたします。」


 何やら非常にかしこまった様子で話している女性にカインは首を傾げる。今のタイミングということは、恐らく試験の様子を見ていた上司からなのだろうと予想すると、女性はこちらに向き直って条件を受け入れることを告げる。


「情報が漏洩した場合、今回の試験官全員に責任を取らせることが決定しました。これで、お互いがお互いを監視してそう易々と試験情報を持ち出せないでしょう。」


「ありがとうございます。これで公平な試験に臨めます。それであなた。え~と・・・。」


「カインだ。」


「そう、カインさん。私はレティシアといいます、宜しくお願いします。それであなたはどうしますか?試験の様子がライバルに伝わることは限りなく低くなりましたが。」


「それなら、少しでも点を上げるために受けておこうかな。まあ、受けない理由がなくなったとも言えるけど。」


「同感です。」


 実際に情報の売買に手を染めている試験官は存在する。これは決して珍しいことでは無かったが、人族がより不利になる要因ではあった。


 しかし、今回はレティシアとの交渉で試験内容の情報が出回れば厳しい罰則を受けることになったため、二人は後顧の憂い無く全力で再評価のための試験に臨むことができるようになった。カインも切り札となる手段はまだ持っていたのである。先程の第5試験で使ってもいいと思っていたのだが、使う前にほぼ相手の自滅という形で決着がついたため使う機会が無かった。今となっては情報漏洩の危険があったので、結果的にそれで良かったのだが。


「コホン。それでは、再度転送いたします。これまでと同じように始まりの合図はありませんのでお気を付けください。それでは、お二人ともご武運を。」


 二人の視線を受けた試験官は咳払いして空気を払拭し試験の説明を行いその場からいなくなる。その後カインとレティシアの二人も再度転移光に包まれると、次の瞬間にはある程度の距離を置いて相対する。


 先手必勝とばかりに魔力弾を放ちながら接近を試みるカイン。


 それに対してレティシアの方は足元から膨大な量の水が噴き出し彼女を中心に徐々に広がっていく。飛んでくる魔力弾は魔力障壁で難なく防いでいる。


 魔力弾だと牽制にしかならないと判断したカインは、魔力刃の射程に入ると遠慮なく斬りかかる。そこに相手が杖をついているという遠慮は一切ない。そして遠慮が無いカインの攻撃にレティシアは目を細めて僅かに笑うと水柱を発生させる。ただの水ならそのまま魔力刃でレティシアごと切り裂くのだが、魔力刃が水に入った瞬間、水は凍りつき魔力刃も止められ、そのまま剣を振り抜いたので魔力刃は折れてしまう。


「水と氷!複数紋持ちか!」


 カインは咄嗟にその場を跳び上がり、広がってきた水に足をつかないよう魔力障壁を足場にする。試しに剣を一本召喚し地面に向けて投げつけると、水に触れた瞬間、剣ごと水が凍り付いた。ただ凍っただけでなく、周りの水も剣にまとわりついて凍り付いたので、靴の底程度の水だと侮ってそのままでいたらあっという間に足ごと凍りついて拘束されていたところであった。


「警戒心が強いですね。先程のようにすぐには終わりませんか。」


 レティシアの最初の試験相手はただの水と侮ってそのまま踏み込んでしまいそのまま足を凍らされて身動きが取れなくなったところを一方的に嬲られることとなった。今回、カインは最初に攻撃をしたことで氷魔法に気付き、辛うじて回避に間に合ったのだが、レティシアが氷魔法を使って防がなければカインも気付くことなく同じ末路を辿っていたかもしれなかった。


「”水魔法・水軍行進”」


 そしてレティシアはいくつもの水の人形を生み出すとカインに向けてけしかける。身体強化されていない子供の身体能力程度だったが、人型とは言え水でできている人形。腕が伸び足が伸びと人ではあり得ない挙動を見せる。さらに面倒なことに、人形を斬りつけるとその瞬間に凍り付くので迂闊に剣で攻撃することもできない。


「くっそ!」


 魔力障壁を足場に更に上空に上がり、そのままレティシア本人を狙うカイン。その途中で剣に炎属性付与の魔法をかける。


 レティシアは接近戦が出来ないことを自覚している為、当然近づけさせないようにする。


「”水魔法・海蛇の巣窟”」


 彼女の頭上に現れた大きな水球。そこから縄のような何かがカインに向けていくつも飛んでいく。空中を蛇行して捉えづらい軌道を描きながらカインに迫るそれは水でできた蛇であった。


 カインが迎撃のために使った魔力弾も魔力障壁も避けて、仕方なく剣で斬れば予想通り凍り付き、更にそこに他の蛇も殺到して剣を奪われる。


 そのままカインは剣を手放しその場を離脱すると、その場で水柱が立ち昇る。少しでも躊躇していたら水に呑まれてそのまま凍らされていたところであった。


 人形も蛇も予測しづらい軌道で迫ってきており、カインは後退を余儀なくされる。


 魔力障壁を足場にしていたせいで気付かなかったが、いつの間にか足元の水位が上がっていた。最初の時から滾滾と水を放出してはいるが、この広く端が見えない幻界の中でこれほどの水位を保つことはできないはず。


 そこまで考えて目を凝らして周囲を見回したカインはようやく、自分が非常に大きい透明な氷のドームに囲われていることに気付いた。


「これが今日最後の試験ならば、魔力を出し惜しみする必要もありませんね。」


 そう言ってレティシアが手を挙げ魔力を頭上のドームまで立ち上らせると、雹のような氷の粒が降ってくる。


 ただの氷であるはずがない。そんなカインの予想は当たり、氷の粒は水面に当たると冷気を撒き散らし氷の花を咲かせる。カインにも当然降ってきているそれは魔力障壁で防いでいるものの、氷は魔力障壁も侵食しすぐに使い物にならなくなる。


「”剣召喚魔法・属性魔剣『炎』”」


 とうとうカインもただの付与魔法ではなく魔剣を召喚して対応し始める。


 魔力弾に魔力障壁、炎を纏った魔力刃に飛刃撃で、四方八方から押し寄せるレティシアの魔法を迎撃するが、形勢はカインに不利なのは明らかであった。


 炎の魔剣は水も氷も蒸発させるが、空から降ってくる氷の粒が撒き散らす冷気によってすぐに冷やされ水に戻され、その水は人形となって再びカインに襲いかかる。数が減らないどころかどんどん増えていくのである。


 これで油断してレティシア本人の守りが薄ければまだ勝機はあったのかもしれないが、彼女は徹底的に敵を叩き潰す性格のようで、油断も隙もありはしなかった。彼女の周囲にはいざという時のためにもう二つ、海蛇の巣窟が待機して漂っている。


 このままではジリ貧だと、カインは周囲に数十本の剣を召喚し炎を付与させるとそのまま凍りついた地面に向けて落とす。


 地面にぶつかると同時に炎を発生させ、氷を蒸発させ水蒸気を発生させる。水蒸気が冷やされ水に戻る早さより、数十本の炎が付与された剣による蒸発の方が早く、かなり広いはずのドームの中は徐々に白い水蒸気で視界が悪くなる。


「視界を奪うのが目的ですか?魔力探知だけでは反応が遅れますからね。」


 ここで接近してくるのかとレティシアは警戒を強め、同時に魔力を読んでカインの位置を探るとそこに向けて攻撃を再開する。


 元々かなりの物量を保っていたこともあり、少しカインの周囲の氷と水が排除されたとしても問題ないはずであった。


 しかしその直後、レティシアは強烈な危機感に晒されて、全力で防御を固める。魔力障壁を何重にも、更に水魔法に氷魔法の防御も重ねる。その咄嗟の判断が彼女を救った。


 防御の向こう側に見えたのは全てを焼き払う凄まじい炎。水も氷も全てを蒸発させ、遠くにある氷のドームには直接届かなかったものの、炎ではなく熱波だけでたちまち溶けていく。


 一瞬で全ての水気を吹き飛ばされ、視界が良くなった先、炎の発生源にいたのは、いくつもの炎を纏った剣を自身の周囲の地面に突き立て、身の丈を超える真紅の大剣を振り切ったカインの姿であった。

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