第15話 才能の片鱗

 セントヘリアルの入学試験が終わり、残念ながら落ちてしまった人、入学を辞退した人がそろそろ帰ってくる頃かと思い始めたある日、夕食前にパトリック宛に自警団から二通の報告書が届く。


「ほう・・・。お前たち、今年のセントヘリアルの入学試験は合格者14人だそうだ。下民からも合格者が5人出たらしいぞ。」


 一通目に目を通していたパトリックが子供たちに報告する。


「まじで!?下民からでもちゃんと合格者ってでるんだ!」


「そういうことだ。どうする、今からでも十分間に合うだろうから、お前たちも受けてみるか?別に落ちたって何か罰則があるわけでもない。恐らくこれから毎年下民の子も入学するだろうし、お前たちが受験できる頃には偏見があったとしても少しは緩和されているかもしれんぞ。」


 パトリックは今回の受験結果を受けて、以前ジェーンが懸念していた人族への偏見も将来的には大丈夫になるんじゃないかと予想し、再度みんなに受験を勧める。


「う~ん・・・。院長先生、今回試験に受けて落ちてしまった平民や下民は大丈夫だったんですか?」


「ジェーンちゃん、大丈夫って?」


 その日も夕食を孤児院で食べるよう親に言われて訪問していたジェーンが心配そうにパトリックに尋ね、同じように訪問していたヘレンがジェーンの言葉に首を傾げる。


「ん~、怖がらせること言いたくないけど、貴族からの報復とかあったのかなって。」


「えっ!?でも下民の受験希望者の数が増えても飛空船に乗れる上限数より多かったわけじゃないよね?それに、確か貴族の人達って試験には全員合格してなかったっけ?それで、わざわざ合格を蹴って帰って来てるって話じゃなかったっけ。報復っておかしくないかな?」


「アタシもそう思うけどそれでも貴族は権力もあるわけだし確認して損はないと思うのよ。」


 そんなジェーンの心配にパトリックはすでに想定済みだと言わんばかりに一つ頷く。


「とりあえず試験で落ちた者は帰国した後、正面とは違う出入り口を利用して会場を後にしている。その後その者たちに何かあったとは聞かないからそちらは大丈夫だろう。元々数も少なかったしな。とは言え、警戒するに越したことは無いだろう。まだ帰国して数日しか経っていない。報復、という言葉は正しくないか、襲撃の可能性がなくなるにはまだ早すぎる。自警団も同じ懸念を抱いて警戒を強めるらしい。」


「自警団の役割も増えていくね!多分これから試験を受ける人が増えれば、受験後の報復だけでなく受験前にも備える必要があるだろうし、孤児院から試験を受ける人がいるなら俄然やる気が出てくる、守りがいがあるってもんだよ!」


「おお!マリ姉カッケェ!」


「ほらマーク!カッコイイのはわかったから、院長先生が言ってたこと、自分はどうするか考えなさい!」


「お前はどうするんだよ。人に言ってばっかじゃなくて自分もどうするかまだ言ってないじゃんか。」


「アタシはもっと下民街を発展させるためにここで頑張るって決めたから。一度はセントヘリアルに入学して技術を持ち帰るっていうのも考えたんだけどね、アタシ一人じゃ限度があるし、そもそもそういった技術資料の閲覧も実力主義らしく成績によって出来たり出来なかったりするって話だし、もっと長期的に見てこれからセントヘリアルに行ける子供を増やしたりしたほうがいいかなって思ってる。教育とか下民街の設備の充実、つまりは街の運営ね。ヘレンはどうするの?前は本に興味があるって言ってたけど。」


「本に興味があるのは今も変わらないよ。でも、セントへリアルに行くのはやっぱり無しかな。私は新天地に行くのに致命的に向いてないと思うから。最近院長先生に聞いたんだけど、壁内には本をたくさん置いて好きな本を借りられる図書館っていうのがあるんだって。将来はもっといろんな人に本を好きになってもらって、それで本のお話がしたいから、今の下民街だとまだまだ難しいけど、いつかはその図書館っていうのを開きたいって思ってる。」


「ヘレンも立派なこと考えてるんじゃない。」


「私もその内本を読みに行かせてもらうね!」


「ま、まだ早いよ~。」


 ヘレンはジェーンの感心した声に照れた様子を見せ、しかしその後に続いたマリーの気の早い言葉にうろたえる。


「マークもやっぱり?」


「試験があるなら絶対やらない!せっかく普段の授業が週2回になるっていうのに勉強を増やすつもりはないぞ!」


 8歳になり授業で習うところも一通り学んだということで、授業は週に2回となる。そして入学試験を受けるための指導には座学の授業も含まれており、勉強の時間をわざわざ増やすのを嫌がったマークは非常にシンプルな理由で受験しないと断言する。やろうと思えば試験直前までは受験しないと言って授業に参加せずギリギリで受験の意思を表明すれば授業を丸々省いて受験することも可能なのだが、下民・平民からすれば受験合格は狭き門、そんなことをしてもただの記念受験にしかならないことは理解していた。


「やっぱり明確な目標が無いとやる気が出ないし勉強にも身が入らないからね。僕も現状維持のままでいいかな。」


 そしてカインも前回と変わらない意思を示したことで、少なくともこのカイン達4人は全員が受験しないという前回と同じ結論になる。しかし、あの告知が効いた上に、実際の合格者も出たことで全体を見れば大きな変化が起きていた。


「あいつらは受験するって言ってんのか。は~、よく勉強する気になれるよな。」


 マークが言うあいつらとは近所に住む同年代の子供たちである。全員が受験すると言い出したことがマークには不思議でならなかった。これからも勉強をすることになるということだけではなく、示し合わせたようにマーク達4人以外の全員がそう言ったこともである。


「アタシは何となく理由が分かる。というか、ああまでバチバチにライバル視されてて気づかないの?」


「「?」」


 ジェーンの呆れたような視線を受けてカインとマークは首を傾げる。それを見たヘレンも理由に心当たりがあるのか苦笑いを浮かべている。


 簡単に言えば、ジェーンの言ったようなライバル視である。受験を決意した子たちはカインとマークに、特にカインに劣等感を抱いていた。そして、それにカインとマークが気付いていないのは、単純に結果だけを見ればそれほどの差が無いからである。


 少し前まで行っていた、魔法使用無しの模造武器を使った模擬戦は、ジェーン達も混ざった大規模な総当たりなども行うほど白熱していた。結果としては魔法紋持ちが少し勝っているという順当なもので、その中でもカインとマークが毎回ギリギリ1,2位争いをしていた。


 そんな中最初に違和感に気付いたのは模擬戦の結果ではなく過程を、つまり戦いの内容を評価するようになっていた子供だった。


 カインの動きがどこかで見たものと同じであると気付いてからは、どうしても気になってその動きを注視していた。他の模擬戦をしている子供たちのいい動きを模倣しているのかと思ったがそれでも該当するものは無い。


 微妙にもやもやしたものを抱えながら数日が経って受験希望者向けの指導でラミリアの動きを見た時、「あ、カインの動きにそっくりだ。」と気付いてからすぐに逆だと思い至る。つまり、カインの動きがラミリアに似ているのだと。カインはここでただ見ただけのラミリアの動きを取り込んでいたのだと。


 カインの動きの理由を知ってから改めて模擬戦でカインの動きを見ていると、今度はまた違う動きをしていることに気付く。もしかしてと思い、その時の動きを目に焼き付け次の受験希望者向けの指導日に自警団員を見て回ると、またもや同じような動きをしている人を発見する。そしてまた別の人を真剣な目で見ているカインの姿も。


 カインが自警団員の参考になる動きを取り入れようとしているのはもはや確定的だった。


 その子供が同じように真似しようとしても見るだけではとてもではないが体全体の流れを捉え切れない。早い動きを見切れる動体視力に、相手も含め体全体を収めることができる広い視野。カインは非常に良い目を持っていた。


 模擬戦総当たりの結果にそれほど差が無いのは、カイン自身がまだ動きを模倣しているだけで自分に合わせた動きに昇華できていないからであり、その上でまた新しいものを取り入れようとしているので、さらに動きの最適化が遅れてしまっているからだ。


 目の前の相手に今の自分の技術をぶつけているだけの自分たちに対して、カインは新たに取り入れたものを試して昇華させようとしている。それが分かってからは模擬戦の結果を額面通りに受け取ることができなくなった。そしてカインへのライバル視が始まったのである。


 マークは単純にカインの動きがいいな~と感じてからその動きを取り入れようとしている。他の子が素直にカインに教わることができないのは、心のどこかで、教われば負けだと、自分が下だと認めることになると思っているからである。マークのように自分の好きなことで未熟なところを素直に認めることは難しかった。


「ま、あんたたちはそのままでいいのよ。」


 そういうジェーンもカイン達に対して他の子たちのように複雑な心境を持っているが、幸いと言っていいのかジェーンの将来やりたいことに直接的な強さが関係しないため劣等感と呼べるほどの強い感傷は持っていない。ヘレンも同じである。


 これがもし自警団に入りたいと思ってたら、などと仮の未来を想定して、それは苦しいだろうなと、ジェーンは他の子供たちの選択に一定の理解を示す。


 カインの目の良さは異常で、さらに子供ながら適度に鍛えられた体はある程度イメージ通りに動かすことが出来る。これからも動きを取り入れ続ければ他の子を置きざりにしてどんどん強くなっていくことは間違いない。他の子供たちがこのまま普通に自警団を目指していても、近くで強烈な才能が輝き続ければ、自分たちは劣等感に身を焦がすことになる。


 そこでカイン達は受験希望者向けの指導を受けないという話である。彼らはここでなら魔法も使った実戦の経験も積めるのでカイン達以上に強くなることが出来ると考えた。運が良ければより広い世界で活躍することもできる。


(まあ、本当に受験するつもりならいいんだけどね。もしこれがそんなつもりも無く、ただ魔法込みの実戦指導を受けたいだけなんて理由なら密告してでも止めないと。)


 ジェーンはそんなことを考えながら、カインとマークがどういうことだとヘレンに詰め寄っているのを止めるため立ち上がる。


 そこでジェーンは先程から黙り込んでいたパトリックがもう一通の報告書を真剣な面持ちで見ているのに気づいた。ただの重要な報告というだけではなく、どこか深刻さも垣間見える。


「どうしたんですか、院長先生?」


「ああ、自警団からの報告書なんだが、どうにも最近街中で魔獣の被害が増えているらしい。」


 魔物も魔獣も共通して魔力と凶暴性、人への害意を持っている。


 そんな魔物と魔獣の区別だが、これには魔力を持たない『動物』が関わっている。


 魔獣は定義の上では元々動物だったものが何らかの影響で魔物化した存在とされている。実際に動物が魔獣に変化するところは確認されたことはほとんどないが、定義された当時は動物とほとんど変わらない外見的特徴を持っていたことから、元が動物ではないかと推察され魔物とは別に魔獣という呼称が広まった。とはいえ魔物も魔獣も詳しい誕生のメカニズムは解明されていないため、魔獣とみなされた対象が本当に元は動物だったのかはわからない。現在登録されている魔獣が本当に魔獣と定義されているものかも正直に言えば信憑性が無いのである。


 そんな信憑性があるとは言えない説だが、今でも最も有力だとされ語り継がれているのには理由があった。魔法の中には魔獣と分類された方を手懐け、使役することができる魔法があるのだ。そう言った魔法は動物にも効果があることから、現在も魔獣は元々動物であるというのが一般説として広まっている。


「魔獣ですか?魔物じゃなくて?」


「ああ、魔物の被害はむしろ減ってきている。街中に入り込む個体が自警団の働きで少なくなったおかげだな。だが、逆に魔獣の被害が増えてきているらしい。」


 魔獣というのは動物が変質したものであるため、魔物をリーダーとした群れ以外で数えると、魔物に比べその数は少ない。そのため被害が多くなるのは魔物によるものというのが普通でなので、魔獣の被害が増えている現状は腑に落ちない。


「自警団が街に入らないよう撃退している魔物や魔獣の数に大きな変動はない。それでも街中で、魔物の被害が減って魔獣の被害が増えるということは、恐らく侵入してきた魔獣じゃない。元々街中にいた動物が魔物化したのだろう。決して無いわけではないが、それでもこうして報告書が来るほどだ、異常だと思える程度には件数が増えているようだ。近々街中でも魔獣被害に警戒するよう告知されるだろう。お前たちも気を付けなさい。」


 いつの間にかカインとマーク、ヘレンもパトリックの話を聞いていた。そして一度会話が止んだタイミングで誰かのお腹が空腹を主張する。夕食前に話をしてすまなかったとパトリックが一言謝り、ようやく夕食となる。食事中の会話は暗い話をしたくないと思ったのか受験に関連したことになった。


「今年の下民の合格者ってどこの下民街の人なの?」


「二人は王都下民街の出身、後は農業都市出身が一人、港町が二人だそうだ。王都出身はこことは地区がちょうど反対側に位置するな。」


「もしかして二人とも同じ地区だったんですか?」


「ああ、そのようだな。友人同士らしい。二人とも女子で魔法属性を発現していてそれぞれ水魔法と雷魔法を使う。マリーと同じく周囲からは頭一つ抜けて優秀だったらしい。」


 その説明を聞き、合格者とは関係のないマリーがなぜか得意げにVサインを見せる。


 彼女たちはマリーと同じく飛び級で自警団に入っており、普段は二人でペアを組んで行動していた。彼女たちの優秀さを知っていた学び舎の先生が彼女たちに受験を勧め、それを彼女たちが所属していた自警団の詰所の所長や他の団員も後押ししたため受験を決めることとなったのだ。


「ちなみに平民合格者の情報も入ってきているぞ。男女2名ずつ、港町出身が二人、王都の出身が一人、農業都市出身が一人だそうだ。」


 その中でも農業都市から来た平民の子供の受験者は凄まじいとしか言いようがなく、話を盛り上げるには絶好の話題だった。


 そもそも農業都市からの受験者は今年は来ないはずであった。正しい告知が出回ったのが受験の2か月前であったため、受付会場である港町から王都を挟んでさらに遠い農業都市では移動時間が無いということで今年は受験は見送る方針だった。農業都市がそういう理由で今年は来ないと決めたので、さらに遠い都市も恐らく同じ理由で今年は受験生を一人も送らなかったのだろうと予想がつく。


 それならその子はどうやってきたのか。答えは簡単である。僅か10歳の子供が自力で農業都市から港町まで一人旅をしてきたのだ。


 本物の告知が試験2か月前にいきなり出回り、距離の関係から農業都市で今年は受験に行けないと決まると、その日の内に彼女は両親に書置きを残し一人で港街に向けて出発していた。


 行動力があり、思い立ったらすぐ行動を起こすタイプなため、両親にも相談もしていなかった。その両親も共働きだったため彼女が大きくなってからは放任主義を貫いていたことも彼女の行動力の源だったのだろう。


 マリーと同じく、いやそれ以上に実力としては少し年上の子供を含めても頭一つか二つ抜けており、道中で魔物に襲われることもあったが全て返り討ちにしている。約3週間かけて港町へと到着した彼女はそのまま平民や下民の手伝いをして日銭を稼ぎ、受付当日までの日々を凌いでいた。


 受付当日は興奮して朝早くに目覚めたのでそのまま会場に行ったら、それが朝6時頃で会場がちょうど開けられた時間だった。そのまま試験官に受付開始までは建物に居ていいことを聞き、運良く貴族の妨害の前に会場入りすることができていた。そもそも彼女の属性魔法は空間魔法、貴族の妨害があっても直接建物内に入ることは容易かったであろう。そしてその際、彼女が会場に入る様子を見ていた数名の受験予定の平民が同じように貴族が来る前に中に入ることができ試験を受けられることになった。ちなみに、彼女以外の平民合格者三人もその時中に入った者であった。


「来年からは受験者も増える予定だ。なにせ来年の試験を受けたいものは既に準備を進めている。一年以上の準備期間があれば自信も付くだろう。」


 今年の受験では直前に尻込みしてしまう子もいたが、今後はそれも減るだろうと予測する。


 残る懸念は今年下民が貴族の妨害を掻い潜ったことに対する反応。最悪を見越して、以前より密かに進めていた計画を前倒しする必要があると、パトリックは次の集会で進言することを決意した。

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