第16話 近所のお手伝い
カインたちが8歳になって近所の手伝いをするようになった。これは孤児院の教育方針の一つで、ちょうど授業の頻度も週2回に減ることから、減ったところの穴埋めのように手伝いが入ることとなる。
二人とも今は将来自警団に入るつもりなので、手伝い先の一つは自警団に決定する。基本的に一日毎に手伝い先を変えることになっているため残り二日分も決める必要がある。カインはあくまで将来のためにという方針から鍛冶屋と薬屋に。そして意外なことにマークは服屋と配達屋を選んでいた。
これに関してはマークが選んだというより、マークがまた馬鹿なことをしないか、サボったりしないかと心配したジェーンとヘレンが見張りをするべきだという主張から、孤児ではないが小遣い稼ぎに手伝いをしていた二人が自分たちの職場に引き込んだためである。それが決まった時はちょうど夕食時でジャンとマリーも揃っており、以前マークを揶揄ったことを思い出した三人がニヤニヤしながら見ているのを、マークはすごく複雑そうに、しかしどこか嬉しさを含んだ表情で受け止めていた。
そしてある日の朝、カインは手伝い先である近所の鍛冶屋を訪れていた。
「おはようございま~す。」
「おう。来たか。」
挨拶するカインに声をかけたのは鍛冶屋の親方であるカタロン。まだ寒い時期なのに袖なしの機能的な服を着ており、頑丈なはずのその服は鍛え上げた筋肉でパツパツになって悲鳴を上げている。
「今日は買取に何人か来るって言ってたから準備しといてくれ。それ以外はいつもどおり店番を頼む。今日は砥ぎの依頼は来てねえからな。」
「分かりました。」
今日の仕事を確認しながらカインは上着を脱ぐ。廊下続きの鍛冶場の熱気が伝わってきて、店内は冬であっても暖房なしで暖かい。
カタロン工房という名前まんまのカインの手伝い先は、武器防具から日用品まで、金属、より正確には鉄と銅を使うものは何でも取り扱っている。カインはそこの店舗での手伝いを主に行っており、たまに包丁や武器が刃毀れしたと言って砥ぎの依頼が来ればそちらも対応している。元々は砥ぎもカタロンたち鍛冶師が行っていたのだが、最近は急ぎで大量の武具の注文が入ったこともあり、しばらくはそちらに掛かりきりになってしまうということで、カインにも砥ぎ方を教えてそちらの対応も任せている。念の為に店舗の前には砥ぎはしばらくの間カインが対応するという告知を出しており、またカインも丁寧に作業していることから今のところトラブルは発生していない。
そして工房でやっているもう一つの仕事、金属の買取もカインが対応している。
これは錬金魔法の魔道具を使って特定の金属だけを抽出し、その重量によって買取金額を支払う、といったことだ。
しかし、この魔道具は製作時に設定した特定の金属しか抽出することができず、カタロン工房では仕事で使う鉄と銅に対応した物を使用していた。
「おじゃましまーす。買取をお願いしたいんですけど。」
そしてカインが魔道具の使用準備を進めていると、店舗の入口から工房の近所に住む男性と女性が袋にいろんな調理道具を入れてやってくる。凄まじい量で、男女二人が両手にひと袋ずつ、計4袋も持ってきていた。
「すごい量ですね。」
「うちは食堂だからね。それに、量がある方が少し買取価格も多くなるから、古いやつを貯めてたんだ。」
「うちの旦那はな~に得意げに語ってるの。あなたはさっさと売り飛ばそうとしてたじゃない。」
「いやだって。あの魔道具があれば少しは楽になるって思って。」
「作業は少し楽になって、生活はしばらく苦しくなる。しかも魔道具だからメンテナンスなんてできないからそれも依頼することになるでしょう。」
「う、それは・・・。」
「こういうのどこかの本で見たような。・・・あ、ダメ亭主?」
「うぐ!?いや、誤解しないでくれよ、カイン君!?俺はあの食器洗浄機があれば、人件費とか諸々で効率が良くなると思って!」
二人のやり取りを見ていたカインがポツリと感想を漏らすと男性の方が胸を押さえて蹲る。女性はそれを見てケラケラと笑っている。
「さて。言い訳は置いといて買取をお願いしようか。って、手伝いに来てるのは知ってたけど、買取もカイン君がやってるのかしら?」
「はい。魔道具に魔力を溜めて動かして、後は物を入れれば自動的に金属が塊で出てきます。魔道具を壊さないように扱えば僕でも問題ありません。」
そう言いながらカインは魔道具を起動し、少し操作した後、再度二人に向き直る。
「それでは改めて説明を。この工房で取り扱ってるのは鉄と銅のみです。また、こういった取っ手の木材などは一部炭化して使い物にならなくなってしまいます。それでもよろしいですか?」
「うん。あらかじめ聞いていたからね。よろしく。」
そうして注意事項の了承を得て魔道具の上部にある取り込み口に壊れた調理道具を放り込む。内部で凄まじい発光現象が起き、魔道具の横から伸びている管からカラコロと音が鳴り、金属の小さな塊が転がり落ちてくる。
「これが?」
「はい。現在設定しているのは鉄なので、横の取り出し口から出てきているのは鉄になります。」
そして下部の取り出し口から出てくるのは鉄ではないもの。そちらは後でもう一度、今度は設定を銅に変えて魔道具を通すことになる。
持ってこられた量も膨大なため少し時間がかかり、1時間後にようやく鉄と銅の分離が終わる。
そして重量から出した金額を渡し、取引は終了となる。
二人を見送ってからカインは一つ伸びをする。
「ふ~。いきなり大量だったな。その間に砥ぎの依頼が来たけど、錬金中は目を離せないもんな。」
そうしてカインは金属を裏の鍛冶場の倉庫に、そして魔道具の下部から出てきたゴミは掃除して片付ける。
そして裏の鍛冶場の中の、店舗に誰か来ればその音が拾える場所で今度は依頼された包丁や剣を砥ぎ始める。
カインが鍛冶屋を手伝い先に選んだ狙いの一つはこれであった。
現在もカインは剣術を鍛えており、将来は本物の剣を振るうことは自警団を目指していることもありほぼ確定であった。場合によっては長期で街を離れる場合もあるため、その時は自分で獲物の手入れの仕方を知っておく必要がある。それに、こうして鍛冶屋に依頼を出せば砥ぎをやってくれるが費用がかかるため、その分を節約して少しでもいい剣を手に入れられればという下心もあった。
同じような下心はもう一つの手伝い先、薬屋でもあった。
流石に調薬はただの手伝いには教えてもらえず、やる仕事といえば素材の下処理くらいであったが、中には薬草だけでも少しは効果のあるものがあり、そういった知識もまたいずれは役に立つ。その上こうした薬草は買取されているため、将来孤児院を出てからちょっとした小遣い稼ぎにも利用できる。
「おーい!カイン!ちょっと来てくれ!」
カタロンに呼ばれたカインは砥ぎを中断して鍛冶場に向かう。
「どうしました?」
「こいつらが完成したから自警団の方に納入に行ってくれ。店番は休憩がてら交代でやるからよ。」
そう言ってカタロンが指差すのは片手剣20本と槍20本。
「分納ですか?確か注文が来てたのは40本ずつでしたよね。」
「ああ。分納なのは話を通してある。これが分納での納入書だ。控えをちゃんと持ってこいよ。」
「分かってますよ。前回と同じですよね。」
そう言ってカインはせっせと荷車に剣と槍を積み込むと近くの自警団詰所に向かう。注文は自警団から来ているのだが、納入場所については関係施設であれば問題ないと言われていた。ただしちゃんと責任者に確認署名を貰う必要があるので、所長がまだいないグレイナ孤児院併設の詰め所には納品できず、少し離れた場所に向かう必要がある。
外は既にお昼頃で多くの人が昼食を食べに通りを行き交っている。
「あら、カイン君。さっきはありがとね。これ、移動中に食べちゃってちょうだい。」
一軒の食堂の前を通り過ぎるとき、先程金属の買取にやってきた女性が紙に包まれたサンドイッチを投げてよこす。カインはお礼を言いながら受け取り、早速包みを開けてかぶりつきながら荷車を引いて行く。
それからも途中で何度か声をかけられたりおすそ分けを貰ったりしながら自警団の詰所に着くと、ちょうど詰所の所長が昼食から帰ってきたところであった。
「お、カインが来てその荷車ってことはカタロン工房からの納品だな。」
「はい。とりあえず分納分で剣と槍をそれぞれ20本ずつです。確認してください。」
所長は荷車を覆っていた布をめくり中を確認する。一緒に昼食に出ていた人たちも覗き込んでいた。
「うわ。分納って言ってましたよね。こんなに武器を用意して、何かあるんですか?」
「何かある。というより既に動いている最中だ。できればこれも使う機会がなければいいんだがな。・・・よし、各20本確認した。」
所長が納品書にサインすると、周りにいた自警団員が荷物を降ろしていき、控えを持ったカインは空になった荷車を牽いて工房へと帰っていく。
工房に着く前に、頂いたおすそ分けを食べて昼食を済ませ、午後からも数件の金属の買取と客の対応、空き時間は砥ぎの依頼をこなして過ごしていた。そうしてその日の仕事が終了するとカタロンがカインに声をかける。
「ああ、カイン。こいつを持って帰れ。」
そう言って投げて寄越したのは子供の体格に合った短めの片手剣。咄嗟に受け止めたが、どういうことか分からずカインは少し混乱する。
「最近物騒になってきたからな。何でか知らんが魔獣が出てくるなんて話だ。昔息子の練習用に作ったのが倉庫で埃を被ってたからお前にやる。」
「いや、最近自警団からの依頼で鉄とか銅をかなり使ってるじゃないですか。そっちに使った方がいいんじゃないですか?」
工房で働いているからこそ下民街の金属不足を間近で感じ取ってきたカインは気が引けてしまう。
「安心しろ。俺だって何も親切心だけで言ってるわけじゃない。この剣なんだが鉄製かと思ったら少し違うみたいでな。うちの魔道具じゃ分離できなかったんだ。何かは分からんが練習用だけあって重い。それにただの剣で使うにしては柔らかくてな。お前は確か武装強化も使うから少しは大丈夫と思ったんだが。」
カタロンが言う武装強化とは、身体強化と同じような要領で武装自体の強度増加を施す無属性魔法である。武器や防具を使う人は当たり前のよう使用する魔法で、当然カインも使い方は習っている。
受け取った剣を抜くと、普通の剣に比べて刃毀れが酷い。というより刃が凹んでいると言ってもよく、刃以外も凹んだりしていて確かに柔らかいのだろう。
「それでも一応、ある程度は形を整えたんだ。取り敢えず鞘から引っかかりなく抜ける程度まではやったが、それ以上刃を整えるのはお前がやれ。砥石も店にあるのを使って構わん。」
「分かりました。ありがたく頂きます。次に手伝いに来た時、手が空いたら砥石をお借りします。」
「おう。」
そうして今度こそカインは孤児院へと帰っていく。なお、練習用とは言えカインが自分の剣を手に入れたことをマークは酷く羨ましがった。
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