第14話 入学試験

 新年を迎える二か月前、壁内には大々的に、そして下民街には申し訳程度に告知が張り出された。今年のセントヘリアルの入学試験受付が一か月後に始まるという内容である。


 告知内容については以前ハンスとグラスが試験の責任者に聞いた内容ではなく、恐らく国の意向を受けて大幅に隠蔽、改竄された内容が告知されていた。これを受けて、あらかじめ決めていた通り、時期を合わせてより詳細で正しい内容を示した告知を下民街がやったとバレないよう広めることとなった。


 そうして壁内だけでなく下民街にも満遍なくばら撒かれた正しい告知は国中に混乱をもたらした。去年、下民街の人間が試験会場の設営時に現れたことを手勢の者から聞いて一部の貴族が知っていたため下民街の関与が疑われたが、バラ撒かれた告知は印刷されたもので筆跡でも辿れないようにしてあり、その上下民街の技術ではこれほどの精巧さ、数の印刷物を用意できないとして追求は長くは続かなかった。


 そう、今回の正しい告知のバラ撒きは下民街だけでなくセントヘリアルの試験受付責任者のカーラも一枚噛んでいた。


 先日、ハンスとグラスから告知の改竄の話を聞いてセントヘリアルにもその件を報告していたカーラ。以前から合格者が少なく、そもそも貴族とその関係者らしき平民しか受験していないこと、受付会場前に集まる貴族など不可解な点が多かった人族であったが、前回のカーラとハンスたちの会談を通してようやく現在の人族の現状が見えてきており、ハンスたちの話を鵜呑みにするわけではないが少なくとも告知についてはこちらも投げっぱなしであったと反省点があるとして、改めて下民街の者に壁内外関係なく告知するよう秘密裏に要請することが決定していた。


 今年の受験準備のための人員の一部は例年より早く来訪しており、その時正しい告知文の印刷物がカーラからグラスに、グラスから王都、そして王都から全国に広められた。


 告知がされてから壁内での混乱は試験受付当日まで続き、その間に下民街では該当する年齢の子供に試験を受けるかどうかの最終確認を取り準備を進めていた。グレイナ孤児院の管轄内でも数名の受験希望者がいたためカイン達はその手助けに回り、今回の試みは今後の下民街の在り方を左右する大事な作戦の為、全国の下民街中で期待と不安を持って成り行きは見守られた。


 そして試験受付の数週間前から王都下民街の受験希望者が自警団の護衛兼引率によって秘密裏に移動を始め、試験受付の数日前には港町下民街に集まる。同じく受験に関係する者として、転移魔法で受験者を会場内に直接転移させる依頼を受けた者も受験生と一緒に移動をしていた。


 今年は受験生の準備が十分でなかったこともあって、試験を受けられると自信を持つほど普段から勉強や鍛錬を真面目に行っていた者は少なく、全国の下民街の受験希望者は合計で62人であった。


 告知のばら撒きによる混乱から今までにない雰囲気で迎えた試験受付当日、受付開始の朝8時の1時間前には受験受付会場前に貴族が集まり、彼らは持ってこさせた椅子に座って、話をしているか、本を読んだりしているだけという、傍から見れば異常な集団が形成されていた。


 そして朝8時になり受付が開始され、貴族が自分の子供を建物へ行かせると、中に入った貴族の子供が驚いたように動きを止めた。その子供が視線を向けているのは入口の大きさと外にいる貴族の位置からはちょうど見えない死角となっているところ。


 受付開始は朝8時からとなっているが、実は人が来て準備を始めた関係で会場が開いたのは朝6時からであったため、何人かの子供が貴族が集まっていない時間帯、会場が開いたのを確認した時点で中に入り、会場内で受付開始を待っていたのだ。


 貴族の子供が隠れていた子供に詰め寄ろうとするが、揉め事の気配を察知した会場の警備が「揉め事を起こした場合、退場となり会場内に二度と入ることはできません。これは貴族でも平民でも同じ規則です。」と釘を刺すことで、貴族の子供は悔しそうに歯を食いしばり踵を返して受付へと向かう。


 貴族の子供の受付が終わり、その後に貴族の息がかかった平民、最後に朝早くから会場に入って待っていた子供が受付を済ませていく。自分たちの子供が受付終えた後も会場の入口周りには未だ貴族がたむろしており、その外側では子供に試験を受けさせようとする平民が退いてくれないかと貴族に懇願していた。


 当然貴族は聞く耳を持たず、無常にも時間だけが過ぎて行く。受付会場内にいた子供は受付後に控室へと案内され、今は受付の前には誰もおらず、試験を受けようとする子供はいるが会場には入れないという状況が続いたところにそれは起こった。


 受付会場の建物は窓が何個かあるため中を見ることが出来る。その窓から中を見ている貴族が受付前に次々と子供が現れたのを目撃した。これには外で妨害していた大人の貴族も驚いて思わず中に入ろうとするが、中に入る前に警備に遮られる。


「おい!何をしている!さっさと今現れた子供をつまみ出さんか!」


 止められた貴族の一人が警備に食ってかかる。その剣幕に中に現れた子供は思わず体を縮めるも中で案内をしている人達に促されて何とか受付を済ませていく。


「今現れた子達は受験者ですね。受験者以外ならこの建物に入ることはできませんが、受験資格を満たしておりますので追い出す理由がありません。」


 警備をしていた人はそう言われるのを想定していたのかスラスラと回答する。


「いきなり現れたのだ、つまり魔法で入ってきたのだぞ!?それは禁止行為ではないのか!」


「中で器物を破損、または他人に危害を加えるような行為または危険であると疑われる行為は禁止されております。もしそれをした場合は、受付後であれば即座に失格、受付前ならば退場し魔力の波長を登録し二度と入場はできなくなります。彼らについては転移魔法で来場されました。出現場所が何か物に重なれば物が壊れるので、先程の条件に該当し退場となります。人と重なる際は重ならないよう出現座標がずれますがその拍子に相手に危害を加えた場合、その相手が許さないと判断するならばそれも退場となります。今回はただ移動のために転移してきており、運が良かったのかその何れにも抵触していないため、問題ありません。」


 そうこうしているうちに転移で入った子供たち―下民街の子供は受付を済ませた者から順に控室へと案内されていく。それを妨害したかった貴族であったが、人族が知らない武装を装備した警備がいるため迂闊に中には入れず、いっそのこと魔法で攻撃するなどしてしまおうかと危険な考えを浮かべるものもいた。


「総合試験受付責任者のカーラです。セントヘリアルの試験受付ですが、危険行為がこの会場そのものに向けられるような非常事態になれば今年度の試験を中止させていただきます。その後、こちらで問題点を整理し同じようなことが起きないよう試験の受付方法を変更するなど対策をした上で、来年からその新たな方法を導入しての試験を行うことになります。」


 不穏な空気を察したのか責任者のカーラ本人が出てきて釘を刺す。貴族は横暴ではあるが決して馬鹿ではない。カーラの発言に事を起こそうとした貴族は、もしそうなればどうなるのかを正確に予測できたため迂闊に行動できなくなった。それだけでなく、今も試験を受けさせてくれと言ってきている自分たちとはなんの関係もない平民が事を起こさないよう気を配る必要すら出てきた。


「貴族たちは魔力を抑えましたね。てっきり後先考えず攻撃とかしてくるかと身構えてたんですが。」


 忠告の後、会場の建物に戻ったカーラの近くにいた警備が意外そうな声を出す。


「流石に気づいたのでしょう。事件を起こせば最終的に貴族の最も望まない展開になると。・・・いっそのこと忠告などせず好きにさせればよかったかもしれませんね。」


「それは、どういう?」


「試験を受けることができるのは決まった年齢の時だけです。もし試験が中止になれば、今年試験を受けられるはずだった子の親から恨みを買います。例え自分の子供も受けられなくなったのだとしても聞く耳を持たないでしょう。まあ、個人の思惑で試験を潰すのですから、その恨みも当然のものですね。さらに試験の受付方法を変更する、という点についてもです。多少改善はしましたがそれでも現状、外で見えるように試験の受付は貴族が主導権を握っている状況です。受付はこの建物1箇所、受験席数は身分問わず、などといった点からもそれは言えています。それを変更するというのです。受付場所を複数にした上で身分によって変えたり、そもそも席数を身分ごとに分けたりすることも考えられます。彼らは決して馬鹿ではありませんから正確にそれらが起こりえると考え、迂闊な行動を謹んだのです。さらには彼らは中に注意を向ける場合ではなくなりました。周りに集まっている平民の誰かが自棄になって会場に危害を加えれば、こちらは先程言ったような変更を加える大義名分を得ることができます。それを事前に止められるよう貴族は周りに注意を向ける必要があるのです。」


「なるほど・・・。確かに外の貴族は今ほとんどが周りの平民に意識を向けているようでしたがそうことでしたか。」


「さて、受付はほとんど終わったようですし、受付終了も間近です。第1試験魔力量測定の結果は今のところ全員合格ですね。皆さんを飛空船の部屋へと案内し始めましょう。そちらも引き続き警備をお願い致します。」


「了解しました。」


 そう言ってカーラは受付の担当者と他の試験官と話をしに行き、警備は元の持ち場に戻っていった。


 第1試験の合格者は飛空船に乗りセントヘリアルへ向かう。過去の試験では貴族や彼らの息が掛かっている平民のみなので飛空船3隻で300人の合格者に対応できる状況は過剰であったが、今回の試験から多少は改善された。今年の受験希望者は貴族が13人、貴族の息がかかった平民が58人、それ以外の平民下民を合わせては69人の計140人、いつもなら1隻で済む飛空船を2隻使用することになる人数である。


 彼らはそのまま飛空船の中で第2試験を、セントヘリアルについてから第3、第4、最終試験が終了し、不合格者、合格基準は満たしたものの入学を辞退した子が帰りの飛空船で帰還する。人族の今年の入学者数は貴族5人、平民4人、下民5人の計14人と、全体から見れば少なかったが、それでも過去最高の合格者数となったのだった。

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