第13話 火種
「タールって今年入った新人自警団員のこと?」
夕食時に見学中にあったことを話していると、マリーが驚いた声を上げる。その声にはどこか嫌悪感が滲んでおり、明るく人当たりのいいマリーにしては違和感を覚える。
「今年入ったかどうかは分からないけど、確かにマリ姉より少し歳上に見えたかな?・・・あれ、今年入ったってことはマリ姉と同期?」
「一応そうだよ。そうだけど正直あの人苦手なんだよね。できれば関わりたくない。」
あのマリーにそこまで言わせるとは、一体何があったのかと逆にカインたちは気になってしまう。
「まあ、みんなも知っておいたほうがいいかな。あれは――。」
マリーがタールと会ったのは今年の初め、自警団に入って少しして開かれた、新しく自警団に入る人たちを集めた親睦会だった。
ちょうど成長期頃なので周りの子供の方が体が大きく、マリーが本来入団する12歳より歳下であるというのは比較的早く広まった。最初は遠巻きに見られていたが、本人の人当たりの良さもありあっという間に近くにいた人と打ち解けていく。そこに近づいてきたのが親睦会会場の別のところにいたタールであった。
「ん?なあ君。失礼だとは思うが見たところ10歳くらいに見えるんだが?」
「そうですよ?まさに10歳です。」
「そうか。どこから紛れ込んでしまったのか知らないが、今日はここで新しく自警団に入った人たちの親睦会をやってるんだ。一応参加可能なのが新入団者と先輩で参加できる人だけになってる。悪いがそういうルールを決めた以上、自警団としてそこらへんはなあなあにするわけにはいかなくてな。送ってあげるから家に帰ろう。君たちも、確かに子供一人くらいならいいと思うかもしれないが、そういう小さな違反を見過ごしたら、次のハードルが下がってさらに違反を積み重ねてしまうぞ。もう自警団員なんだからしっかりしてくれ。」
「あ、それなら大丈夫ですよ。私はれっきとした自警団員です。飛び級みたいなことをしたんですよ。」
勘違いをしているタールに、マリーは配布された自警団員の証である腕章を取り出して見せる。そこには彼女の名前がちゃんと記載されていた。
それを見たタールは一瞬固まってしまう。
「ほんと、2年も早いってどれだけ優秀なのかって話よね~。」
「本人はこんなちっちゃくて可愛いのにね。」
既にマリーが自警団員だと知っていた周りの女子たちは気にした様子もなく姦しくしている。孤児院ではお姉さんのマリーもここでは他よりも年下の可愛い子として人気になっていた。
「いや、待ってくれ。2年も飛び級だって?そんなの聞いたことないぞ。なにかの間違いじゃないのか?」
「それはない、っていうか、むしろ納得でしょ。風属性を発現した額紋持ちなんだから。さっきも自警団の人がわざわざやって来て『期待のホープだ』なんて言ってたしね。」
「あれはみんなに言ったんであって。」
「既に仮入団して活躍してたって話もしてたでしょ。それに該当するのはマリーしかいないでしょ。」
周りから持ち上げられてマリーはたまらず頬を赤くし、それを見た周囲の女子たちはさらに盛り上がる。
一方でタールの方は未だに硬直から抜け出せていなかった。しかし周りの声が耳に入らなくなったわけではなく、むしろ彼女たちの話を聞いていたがために硬直が長引いていた。
親睦会が始まる前、タールは準備をしていた自警団員の話を立ち聞きしていた。
「今年は属性発現した子が少し少ないですね。」
「そう言うな。正しく俺たちの後輩ということじゃないか。それに少ないというが期待の新人も入ってくるぞ。」
「知ってますよ!風魔法を使うって話でしたよね!色々聞いてますけど心強いですよね。」
「そうやって先輩ぶって、すぐに追い抜かされなければいいがな。」
「お互い様でしょう。」
そう言って笑い合いながら離れていく先輩自警団員たちの話を聞いてタールは鼻が高くなった。実はタールも風属性を発現させていたため、彼らの話が自分のことだと思っていたのである。
しかし、今思い返せば『色々聞いている』『心強い』と評されるようなことをした覚えがない。マリーの話に出た仮入団ならば、そこで活躍していたためその評価は当てはまる。そこまで考えてタールはようやく自分の勘違いに気づいたのである。
それから何がどうなったのか、タールはマリーに対抗心を抱いてしまう。
硬直から抜け出したタールは表面上はにこやかに笑ってマリーに話しかける。
「俺も風魔法を使うんだ。良かったらちょっとした模擬戦をしないか?お互いにいい刺激になると思うんだが。俺も色々参考にさせてもらいたいしな。」
マリーは今にして思えばこの時に対応を間違えたのだと思っている。
彼女はタールの言葉を額面通り受け止めて頷く。その後簡単に模擬戦の許可も出て、マリーは衆人環視の中、短時間でタールを倒してしまったのだ。それは余りにも一方的なもので、実力差をはっきりと知らしめることとなり、タールの対抗心を歪めてしまうきっかけにもなってしまった。
「――同僚の子は多分そんな心情だったんだろうって模擬戦の後に教えてくれたんだ。その後しばらくは仕事中にこっそり嫌がらせや妨害を受けてた。」
最初は決してバレないように小さいことではあった。マリーの巡回後に見逃していたことがあったので代わりに対処した。マリーの報告書を少し改竄した。そういったバレにくく、マリーの評価を下げるようなことが少なめの頻度で行われたため最初はマリーも詰所の所長も疑わなかった。
更にはタールはマリーが孤児であることに着目し、働く、お金を稼ぐという意識が低いからミスを繰り返すのだと口撃も追加する。孤児院の運営は確かに住民の税金から賄われているが、グレイナ孤児院を始め多くの孤児院は手伝いという名目で働きに出ているため、孤児たちはむしろそう言った意識は高い方である。
そして、同じようなことが繰り返され内心で疑問に思い始めたこと。そして上手くいっている事実に、どんどん自制が効かなくなったのか、徐々に改竄や偽装がエスカレートし、不自然さが目立ってきたことでタールの悪事が明るみになった。
「結局、これまでの仕事の功績は全て破棄、それと自警団見習いに降格処分。それと私たちのいる区画から離れたところに異動になったんだけど、まさかこんな形であの人の名前を聞くなんてね~。」
マリーは机に突っ伏しながら溜息を吐く。
受験希望者向けの指導はいくつかの区画でまとまって行われる。実際に指導する人員は教育に向いた人である必要があるので、勤務区画に関係なく集められており、見習いとしてタールを見ている監督者が指導員としてカインたちのいる区画に呼ばれたため、タールもそれに付いてきていた。
「なんだかカインへの態度から見ると、何としても功績を上げて早く自警団に戻りたい、とか思ってそう。あの後一回、外部遠征で一緒になったんだけど、半日ほど行方不明になったこともあったな~。ボロボロで見つかって、魔物の死体も周囲にあったから、独断専行で魔物を追いかけたんだろうってことでさらに罰則を受けてたよ。」
「へぇ。意外と素直に受け入れたんだね?何か言い訳とかしそうな人だけど。」
「実際に要領を得ないこと言ってたよ。自分は独断専行なんかしてないって。魔物は後ろからついてきたのに気づいたから自分で対処したって言って、それに気づいたなら報告するべきじゃん!ってなって、独断専行を自白したようなものだったね。」
その時の様子を思い出し、再度マリーは呆れ果てる。
「僕としてはむしろ、自業自得とは言えそのタールって人のミスを誘発させたわけだから、カインが逆恨みされてないか心配だな。帰り道は大丈夫だったか?」
ジャンが心配そうに声をかける。マリーもその可能性は考えなかったと、ガバッと頭を上げてカインに視線を向ける。それに対してカインはバツが悪そうに目を逸らす。
「帰り道?え~と、それは・・・。」
「今日のカイン、帰り道もずっと上の空でさ。俺が手を引いて帰ってきたんだ。何かラミリアさんの模擬戦見てからずっと変なんだよ。」
「ラミリアさんって確か槍使いの美人さんだよね。へぇ~!ひょっとしてカインって!」
マリーがカインの色恋沙汰かと目を輝かせる。
「凄かったんだよ、あの人の動き。矛盾してるけど、全部紙一重で避けてたのに全く危なげがないっていうか。もうちょっとで何か掴めそうだったんだけどなぁ。」
「な~んだ。そっちの方か。」
「流石にカインに恋愛ごとは早いだろう。」
「甘いよジャン!マークなんかはジェーンとヘレンの間を行ったり来たりしてるんだから!」
マリーの発言にマークは口に入れていた夕食を吹き出す。
「そう言われれば確かにそうか。そういう方面ではマークの方が早熟なんだな。」
「ちょっ!は!?何言っ、え!?」
そしてジャンもマリーの言葉に驚くことなく当たり前のように受け入れている。マークは顔を赤くしながらも何とか否定しようとするが、混乱のあまり口から出るのはまともにまとまっていない意味のない言葉。
「それに関しては僕が遅いんじゃなくてマークが早熟、というか環境だと思うけど。仲のいい幼馴染がいて、お互いに憎からず思っているなら自然とそうなるんじゃないかな。」
「カインまで!今はそんな話をしてなかっただろ!?」
マークはこれ以上揶揄われる空気に耐え切れず、強引に話の軌道を修正する。
「そうだった。でも、そうは言っても対策なんて、普段から気を付ける、人通りの少ないところにいかない、ってことくらいしかないよね。実害があったわけじゃないから自警団も動かないだろうし。私個人がそれとなく注意を払うくらいはできるけど。」
「いっそのこと、見学に行かなければいいんじゃねーか?」
「でも、別に悪いことをしているわけでもないのに引き下がったら、ああいう人って自分が正しかったって勘違いして増長しないかな?」
「・・・無いとは言い切れないか。それじゃ、指導している会場の中は自由に移動できるわけだから、偶然の移動を装ってひたすら逃げるって言うのはどうだ?カインは確か魔力探知を結構練習してたから、タールの魔力を覚えておけばある程度は避けられるんじゃないか?」
「それいいね、採用しよう。魔力探知の練習にも、並列思考の練習にもなりそう。」
何でも練習につなげるカインに、提案したジャンは思わず苦笑いを浮かべる。
結局、その日以降もカイン達は月に一度の受験希望者向けの指導日に顔を出す。幸いなことに見学者や受験希望者も開催毎に増え、タールの方も手伝いで忙しくしていた。しかし、合間合間で何かを探すように辺りを見回しながら歩いている姿も遠目に捉え、カインは探している相手が自分ではない可能性も考慮しながら、しかし決してタールには近づかないでいた。そして、もし探しているのが自分なのであればと想定すると、その執着心にどこか得体の知れない悍ましさを感じ、少しの恐怖を抱く。
そうして気の抜けないまま半年が過ぎ、再びセントヘリアルの入学試験が始まる時期となった。
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