第12話 入学試験対策指導
マークが属性発現をさせてから数ヶ月後、カイン達は孤児院の中庭に集まっていた。と言っても主役はカイン達ではない。その日はセントヘリアルの受験希望の子供に向けての初指導日であった。カイン達は普段のように中庭が使えないのでそのまま見学するつもりである。
「それにしても、見学者多いな。」
「これ、ただの見学者じゃないでしょ。ほら、受験希望者の腕章を付けてる。」
そこには優に50人近くの子供たち、カインより年上がほとんどだが数人ほどカインよりも年下と思しき子供たちがいた。自警団員が受験希望者を前に送り、カイン達のような見学者はその後ろに回している。
この特別指導の目的上仕方ないとはいえ、カイン達から最前列の様子を見るのは身長の関係から難しかった。しかし何とか背伸びをしようとしていたところでカインはふと解決案を思いつく。
カインは一番最後尾、見学に来ている大人たちのさらに後ろに回ると、魔力障壁を螺旋階段状にして上空へと上がっていく。そして最前列が見えるくらいまでの高さになると一つ大きめの魔力障壁を作り、その上に座った。
「あー!ずりいぞ、カイン!」
そんなカインの様子を目で追っていたマークが声を上げると、見学していた人や希望者とそうでない人を分けていた自警団員たちの視線がカインに集まる。マークは未だ魔力操作が未熟なので、魔法の普段使いを禁じられている。一方カインは自習での魔法の使用許可を貰ってからも魔力操作の練度を順調に高めており、練習以外の場面でも、こうした足場に魔力障壁を使ったり、身体強化を使うことが許可されていた。
カインの魔力操作は同年代で見ると頭一つ抜けており、それが魔力関係で後れを取りやすい男子ならばなおのこと逸脱した才能である。カインからすれば自分が努力した上で得た正当な権利を行使しているに過ぎないが、中にはそうした他とは逸脱した才能を嫌悪する者もいる。
「おい、お前!子供の魔法の使用は禁止されてるからすぐに降りてこい!」
そうカインに向かって言うのはマリー達より少し年上、今年自警団に入団したばかりと思われる男の子だった。その子の言葉に内心首を傾げながら、カインは言われた通り魔力障壁から降りる。
「お前な。子供の内は魔法を暴発させるかもしれないから魔法を使っちゃダメだって習わなかったのか?」
「?一応聞いてます。でも。」
「でもも何もない。使っちゃダメだって言われた以上、使ったらダメだ。いくら後ろからじゃ見えにくいとは言え、それがルールを破っていい理由にはならない。」
「それは知ってます。だから。」
「言い訳するな。これ以上「聞いてください!」・・・なんだ。」
「ルールを破ったつもりはありません。ちゃんと自警団の許可はもらっています。ほら、これ見てください。」
そう言ってカインは魔法の使用許可の証であるタグプレートを見せる。これで話は通じるだろうと思っていたカインだが、相手も子供である以上そう簡単にはいかなかった。
「は?何言ってんだお前。そんな偽装証を見せたところで俺には通用しねえぞ。お前、俺よりも年下じゃねえか。そんな子供が魔法の使用許可が出されるなんてありえねえだろ。」
口調も崩れ、友好的ではない相手の態度にカインも思わず挑発的な言葉を返してしまう。
「偽装かどうか、ちゃんと確認してから言ってください。そんなんじゃ自警団の信用を失いますよ。・・・もしかして、自警団員じゃないんですか?確認も取らず先入観だけでそんなことするなんてありえませんし。」
その辺りでそろそろ不穏になりつつある空気に周りの方がざわつきだす。カインの言葉が予想以上に痛いところを突いたのか、少年の方は感情の高ぶりに比例して魔力が荒ぶり始める。それを感じ取ったカインは眉を顰め、それを見た少年は更に不機嫌になる。
「何だよ、その反抗的な態度は。こっちはお前をここから追い出してもいいんだぞ。」
「・・・じゃあ、お互いにこれ以上干渉しないようにしましょう。どっちも不愉快になるだけですから。」
カインはそう言って再び魔力障壁を使い空へと上がる。
「お前、また・・・!」
「ちゃんと確認するなりして証拠を持ってきてください。もしそちらの言い分が正しければちゃんと罰を受けますよ。」
一瞥もせず言葉だけを返すカインを見て、とうとう実力行使でカインの魔力障壁を破壊しようと少年が魔法を使おうとする。
避けるべきか防ぐべきか、或いはいっそのこと魔力障壁を破壊させてわざと負傷して少年を追い詰めるか。カインは魔法発動までの一瞬の間にどうするべきか迷う。
しかしその迷いは無用なものとなった。少年の魔法が発動したと同時にカインは今まさに最前列で指導をしているはずの自警団員からこちらに向けた魔力の動きを感じ取ったのだ。背筋が凍るほど鋭い魔力にカインは思わず魔力障壁を幾重にも張り防御体勢を取る。
しかしその魔力の向かう先はカインではなく少年の発動した魔法であった。少年が魔法を放った瞬間、その魔法は彼の手元で何かに貫かれて霧散する。
「は?何が・・・。」
少年は疑問の声を続けることは出来なかった。いつの間にか彼の背後に立っていた女性が一瞬で少年の意識を刈り取ったのだ。
女性にしては高い背に、身の丈ほどの槍を持った動きやすさを重視した服装と防具を身にまとう女性が笑っている。所々跳ねた長い金髪をまとめずにただ流して笑う様子は活発そうだという印象を抱かせた。人一人の意識を奪いながら笑っている様は少しの恐怖も抱かせたが。
彼女は崩れ落ちた少年に槍の石突きを当てると、今度は少年の意識が急に覚醒して飛び起きる。
「は!?何だ!?なにが「タール。」・・・!?」
混乱の最中にいる少年が名前らしきものを呼ばれるとビシッと固まる。
「一応、今は指導の真っ最中なんだけど、一体この騒ぎはどういうことかな?」
「はい!その、子供が街中で禁止されている魔法を使用したので注意したところ反抗されてしまって。」
「禁止されてる魔法?そんな大規模な攻撃魔法を使ったって言うの?」
「いえ、違います。見ての通り、自分よりも小さい子供なので自警団ではないはずのこの子が、魔力障壁を使っているんです。」
「ふむ・・・。魔力操作が未熟な内は確かに禁止されてるけど・・・。ねえ、坊や。もしかして既に街中で魔法を使えるための魔力操作の試験に合格してるんじゃない?確か、合格の証は常に持っておくよう言われてるよね?」
槍を持った女性の言葉に、カインはやっと話が通じる相手が来たと、再度魔力障壁から降りて懐から取り出した金属のタグプレートを見せる。
「・・・うん。これなら街中で魔法を使っても問題ないね。まあ、他人に迷惑をかけないことは当然の前提だけど。」
カインのタグプレートを確認した女性は一つ頷くとカインが魔法を使うことに理解を示す。これに思わず抗議の声を上げたのは未だ地面に座り込んでいる自警団の少年だった。
「どういうことですか!自警団でもない人間が街中で魔法を使うなんて、これでは自警団の存在意義が!」
「いや、別に自警団に入らないと魔法が使えないってわけじゃないよ。当然自衛として必要だと判断されればみんな魔法は使ってもいいし、坊やみたいに日常生活中でも魔法を使いたい、練習したいって人は、魔力をちゃんと制御できてることを試験で示せば許可は出るから。それがこのタグプレートだよ。それと、自警団の存在意義は住民を守ることだよ。決して魔法が使えることを誇示することじゃない。」
最後の言葉は真剣に、笑みを消して鋭い目を向けながら言う。それに気圧されながらもタールはなおも口を開く。
「で、ですが!こんな小さい子供の魔力操作が認められるなんて!思い出しましたよ、入団時の試験で魔力操作の項目がありました。確か魔法を街中で使っても暴発させないよう、制御力を見ると言っていました。それと同じことをしたのでしょう!?ですが、あの試験を受けたのは俺が12歳になってから。まだ10歳にもなっていない子供が受けられる、ましてや合格できるものじゃない!」
「別に試験自体はもっと前から受けられたよ。単に君がその存在を知らなかっただけ。この子がこの合格証を持っているのは何ら不思議なことじゃないよ。それじゃ、そろそろ私は指導に戻るよ。せっかくの時間を既に結論が出ている言い争いでこれ以上無駄にするわけにはいかない。」
そうタールに告げると女性は今度はカインの方を振り向く。
「君もできるだけ喧嘩腰にならずに、何か道理に合わないことを言われたら私に言ってくれればいいから。おっと、自己紹介してなかったね。私はラミリア。今回の受験希望者向けの指導の責任者だよ。」
槍を持った女性――ラミリアは自己紹介をした後、時間が無くなってしまうと急いで指導に戻る。残されたタールは近くにいた他の自警団員に別のところの見回りを指示される。そんなタールに憎々しげな視線を一瞬向けられたことに気付かないまま、カインは再度魔力障壁を使って上空へと上がっていった。先程の騒動の間に、見学者の後ろの方にいた大人たちはカインと同じように魔力障壁を足場にしている。
そうして再開された指導は、ラミリアを見て予想はしていたが、主に身体強化を使った近接戦と、接近してくる相手への対処の仕方であった。実際の戦闘を想定して子供たちは魔法の使用が解禁され、それに対してラミリアは防御の魔法と身体強化以外は使用しないという条件で模擬戦を行っていく。指導を受けている子供たちはほとんどがカインよりも年上、つまり魔法の使い方もそれ相応に練習を積んでいたためカインより上手かったが、カインが目を奪われたのはラミリアの方であった。
飛んでくる魔法を槍一本と魔力障壁で受け流しながら距離を詰めていく。身体強化は子供と同等まで抑えており、尚且つどの魔法も必要最低限しか軌道を流しておらず、ギリギリで回避しているように見える。しかし常にそれを繰り返しているため、それを意図的に行っていると理解できる。
そのまま一発として魔法に当たることなく距離を詰めると、攻守が逆転、今度はラミリアが槍で攻め立て、相手をしている子供が必死に防御する。
指導は中々スパルタであった。上手く受け流すように言ってからの攻撃は、少しでも角度が甘く受け流せなければ容赦なく魔力障壁を破壊しそのまま一撃を加え、動きを読んで避けるようにと言ってからの攻撃は、防御が一切できない威力を込めての一撃を放つ。間違えて対処を間違えればそのまま防御を貫いて意識を飛ばすほどの一撃を貰いリタイヤする羽目になる。
そのため予想以上に次々と子供たちが気絶してしまい、ラミリアがタールにしたように意識を取り戻させてはまた一撃を食らい気絶、というのを繰り返すと子供たちが尻込みし始める。これは周囲の見学者達も子供たちに同情的であった。
「・・・どうしたの?次の子、入ってきなよ。」
「あの、ラミリアさん。実戦の前に受け流し方とか動きの読み方とか、ちょっとでも口頭で説明してあげてください。」
流石に見かねたのか、見守っていた自警団員の女性がそう進言する。
「口頭で?えーと・・・。受け流す時はフワッと受けた後スルッと流す感じで・・・。」
「あ、やっぱり説明は結構です。」
ラミリアの説明に間髪入れずそう告げた自警団員。ラミリアの抗議の声を聞き流しながらどうしたものかと考える。
「そうですね・・・。ラミリアさんの受け流し方を実際にじっくり見てもらいましょうか。私が攻撃しますのでしばらくラミリアさんは受け流すことだけをして頂ければ。」
女性はそう言って腰から剣を抜き、ラミリアに斬りかかる。ラミリアは言われたように女性の攻撃を受け流し続け、しばらくした後二人はお互いに引いて武器を収める。
「少しでもコツを掴めた方は入ってください。それ以外の方はもう少し見学を。」
いつの間にか女性自警団員が場を取り仕切っているが、ラミリアも何も言わず再び子供たちの相手をする。
そうして指導がしばらく続き、受験希望者全員の体力、あるいは魔力が底をつく頃には日が暮れ始めていた。
見ているだけでも十分な収穫があった受験希望者の指導は、ラミリアの終了の宣言によってその日は終わりを迎える。
「すごかったね!聞いたんだけど、あの人魔法紋持ちなのに自警団一槍が上手いんだって!」
興奮して話しているのはジェーン。同じ槍を使う身からすると、今回見た模擬戦はカインたちの感心とは違った意味で凄かったらしい。帰り道、しきりにマークたちと見学したことについて言葉を交わす。
しかしカインは会話に参加せずどこか浮ついた様子で歩いているだけであった。
「なあ、ほんと大丈夫かよ?何か変だぞ?」
「うん・・・。大丈夫・・・。」
とうとうマークが心配そうに声を掛けるが、その返事もどこか上の空であった。
模擬戦を見学している間、人垣を避けて上空から見ることができたとは言え、見学者の後方からなので少し離れていた。そのためカインは身体強化を使い視力を集中して強化し見学していたのだが、今回は普段以上によく見えていた。そのためラミリアの動きの情報が多く入ることとなり、元々剣術のような武術に興味を持ち練習してきたカインは有意義なものを取り込んだ余韻に浸っている最中であった。
「だめだこりゃ。どうなってんだ?」
「わかんないけど、ちゃんとマークは孤児院まで連れて帰りなさいよ。」
結局、カインは最後までフラフラした様子だったので、マークに腕を引っ張られる形で孤児院へと帰っていく。
その後ろ姿を鋭く睨みつける視線に最後までカインたちは気づくことはなかった。
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