第9話 進みたい道

 パトリックとハンスが食堂に戻ると、幸いにも孤児全員とジェーンとヘレンがまだ残って雑談しており、体が扉の方を向いていたマークが戻ってきたふたりに気づき声をかける。


「先生とハンスさんやっと戻ってきたよ。俺もハンスさんと話したいことあったのに、もう遅くなったから時間なくなっちゃったじゃん。」


 ハンスは忙しい立場なので、時間が余りとれないことを理解していたマークは口を尖らせる。


「悪かった。私の話が思いのほか長引いてな。そのことでお前たちにも確認したいことができたから少し付き合ってくれ。」


 パトリックがそう言いながらいつも使っている席に着き、ハンスも食堂の空いている席に座る。


「あれ、ハンスさんも話を聞くの?時間大丈夫?」


「ああ、確かに非番というわけでもないからあまり余裕はないが、俺も場合によっては関係するからな。」


 カインが先ほどのマークのようにハンスの予定を心配するが、場合によっては自警団での今後の活動に多少の影響があるかもしれないためそのまま話を聞く。


「さて、単刀直入に聞くが、お前たちの中にセントヘリアルの学院に入りたい者はいるか?」


「セントヘリアルって何だっけ?」


 パトリックが切り出した話にマークが間髪入れず疑問を口にする。その場にいた全員が思わずマークの方に信じられないという視線を向ける。


「・・・はぁぁ、バカマーク、授業で聞いたこと全然覚えてないじゃない。中央の大陸にある多種族国家の名前でしょ。」


 ジェーンが呆れたように深い溜息を吐きながらも疑問に答える。マークが授業内容を理解していないことが明らかとなり、パトリックは内心で抜き打ち試験実施を決め話を進める。


「授業内容をちゃんと理解しているか確認するのは後に置いておく。今は試験を受けたい気持ちがあるかどうかだ。セントヘリアルの学院は世界最先端の環境で、身分ではなく実力による待遇を保証する実力主義が謳われている。まあ、入学試験は相応に難しいだろうが、学ぶ環境としては最高の場所だろう。」


「私は前にハンスさんに聞かれた時に行かないって言ってるからね~。こっちでやりたいことがあるから考えは変わってないよ。」


「僕は興味があるけど、そこまで強い思いじゃない。観光みたいな感じかな?行ける機会があるなら行ってみたいけど、わざわざ試験を受けてまでって感じでもない。これからだと対策する時間もなさそうだから相当無理して努力をする必要がありそうだし、それならその努力の時間を別のことに使いたいかな。」


「うへぇ。試験があるなら俺は行きたくないな。これ以上勉強したくねーし。」


「マークはわかり易いわね。アタシもジャン兄と同じような考えね。気になることもあるし、他に時間を使うべきだとも思うから試験は受けないわ。」


「あれ?でもジェーンの方が時間があるし、頭もいいんだから別に試験を受けても大丈夫じゃないか?」


 試験があると知ったマークは言わずもがな。ジェーンもジャンと同じ理由で受験しないと言っているが、ジャンから見ればジェーンは十分合格できる要素が揃っているように見えた。


「アタシもそう考えたし興味もあるけど、もし合格できたとしても人族が向こうでどう扱われるのかも考えちゃうのよ。ほら、聞く所によると今までの入学者ってみんな貴族なんでしょ?そうなると人族はみんなあんな感じだと思われて偏見を持たれてるんじゃないかって思って。もし仮に行けたとしても酷く居心地が悪い思いをする羽目になりそうでどうしても二の足を踏んじゃうのよ。逆に言えばそこで躊躇う程度の熱意しか持っていないから遠慮しますって感じね。」


「あぁ~、それはありそうだね。流石に迫害とかは無いと思いたいけど絶対じゃないし、実力主義ではあるけど相手の身分に配慮した礼儀はないといけないだろうし。そう考えると下民は危ないかもな。」


 ジェーンが危惧していることは十分にありえそうだとジャンも納得する。パトリックとハンスも否定することはできなかった。


「うぅ。ジェーンちゃんたちの話を聞くと怖くなってきた。私は本に興味があったけど、嫌な思いをする可能性も考えるとそこまで行きたいとも思えないかな。」


 ヘレンはセントヘリアルに集まる本に興味があったが、ジェーンの考えと本を天秤にかけると行きたくない方に天秤が傾いてしまう。


「カイン、お前は?」


「僕もジャン兄と同じかな。他種族の人は見てみたいし、話もしてみたいけど、ちょっとした興味くらいのものだよ。その興味のままセントへリアルに行っちゃうとみんなを守れなくなるし、それならこのまま自警団を目指すよ。」


 無難な選択とは言え、カインも普段から言っている自警団を目指すことを改めて口にする。


 全員が自分なりの考えがあるのであればとやかく言うのも違うと思ったが、それはそれとして言いたいこともあったパトリックは口を開く。


「守るというのは、ただここで戦うだけのことを指すわけではない。たとえ違う道を進んでいるように見えても、芯がぶれなければ巡り巡って目的は果たされる。ジャンはともかくお前たちにはまだ時間がある。それまでは色々と考えてみて欲しい。」


 どうやら狭い世界で培った価値観のまま惰性で将来を決めているように見えるのか、パトリックはそのようなことを言う。


「ふむ、そのことについては後でパトリックが話をしてくれ。とりあえず、ここにいる者はそれほど興味があるわけではないということか。後は別の区画でも聞き取りをすればいいな。っと、流石にそろそろ時間も押してきたから、俺はこれで失礼するぞ。」


 話が長引いて流石に時間が経ちすぎたのか、ハンスは急ぎ孤児院を後にした。挨拶もできないほどあっという間に帰ってしまったため、残された一同は呆気にとられ一時食堂は静寂に包まれる。


 最初に再起したのはパトリックであった。


「・・・先程も言ったが時間があるうちは悩むことだ。お前たちの今の目標を否定するわけではないが、それでも新たな道が拓けたというのにお前たちの反応はあまりに淡白だからな。・・・いや、私がそういう教育をしてしまっていたのか?」


 言っている最中に、子供たちの夢もない現実思考がもしかしたら自分が原因ではないかと真剣に悩み始めるパトリック。別に現実思考が悪いわけではないが、それはそれ。新たなものを取り入れられる度量がなければ、人間は画一的な存在になってしまいかねない。これからの発展の中核となる子供たちがそれでは問題だとパトリックは説明した。


「でもそう言われてもな~。俺はやっぱり試験があるから嫌だ!って感想しか浮かばん。」


 パトリックも退室した後の食堂、子供だけが残っている中でマークが言う。


「それならそれでもいいんだと思うよ。選択肢がない状態で選ぶのと選択肢がある状態で選ぶのではきっと意味が違うから。」


「試験があるって話だったけど、どんな試験があるかわかれば事前に準備だけはできる。でも実際に試験を受けるかどうかはその時決めればいいってことだね。」


「事前の申し込みとかはいらないのかしら?」


「申し込みが必要なら、貴族が邪魔をする必要もないと思う。それにしても院長先生もやけに勧めてきたけど、もしかして僕たちの世代って出来が悪かったりするのかな。ほら、画一的になってしまうとか言ってたし。」


「まあ、下民街も安定してきたからね。良くも悪くも荒波に揉まれることなく育ってきたから、激動の時代を生きてきた人たちからすればちょっと足りないところはあるかもしれない。」


「それで俺たちにセントへリアルに行けってことか?」


「まあ子供の中には、自警団には強さがあればいいって考えてるやつもいるみたいだし、頭が足りないって不安に思っても仕方ないんじゃないの?」


「ジェーン。それって俺のことじゃねーよな?」


「自分に心当たりがないならそうなんじゃない?私が言ってるのは、自警団の仕事は多岐に渡るのに、戦うことにしか目が行ってない人のことだから。その上で思い当たることがあって反省もしないような人がいるなら、もう院長先生の心配は実現したも同然でしょうね。」


「んぅ。」


 自分がそうだと認めたくはない。しかしそれを認めないのであれば自分はパトリックの心配の種そのものになると言われマークはただ小さく呻くことしかできなかった。それを見たジェーンは鼻を鳴らす。


「まあまあ、ジェーンちゃん。マークも最近は少し真面目になったんだから。自由時間を削られないためって理由があるからだけど。」


 珍しくヘレンがマークのフォローに入る。実際、自由時間が削られるということが何度か連続で続いた時があり、それ以降マークも最低限ではあるが真面目に授業を受けるようになっている。


「ハンスさんの話の様子じゃ、これから下民街として入学試験に取り組みそうだ。みんなが試験を受けられる歳になる頃にはそういった体制も整っているかもしれないな。その時には誰か心変わりしてるかもしれないし。そうなったときオロオロしないよう今は授業を真面目に受けることだな。」


 結局、その日は誰もセントへリアルへの入学を希望することはせず、一旦はこれまでの日常を過ごすことを決め、ジャンは話を締めくくった。

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