第8話 マリーの飛び級入団

 それはカインが6歳になって少しした頃、夕食が終わった後そのまま食堂に残るように告げられ一体何だと疑問に思っている中、みんなを集めたマリーが口を開く。


「いきなりですが、私の自警団への入団とそれに伴う住居の移動が決定しました!」


 それを聞いてジャンとパトリックはそういえばそんな話があったと納得し、カインとマーク、そしてその日たまたま夕食を共にしていたヘレンとジェーンは急な話に思考が停止した。


「そういえばマリーには飛び級の話があったんだっけ。入団した後の住居と配属先がまだ決まってなかったからしばらく放置されてたみたいだけど。」


 止まってしまった年少組を一旦置いておき、ジャンは以前から話があった入団が先延ばしされていた理由を思い出していた。自警団員は自分の住んでいる場所がそのまま警備区画となるのだが、最近の住居事情と自警団に入団するとはいえ女子が住める場所となると中々条件に合うところが見つからなかったのだ


「自警団に入団するということは下民街の防衛に加わるということだ。いざという時には自警団員がすぐに駆けつけられるようある程度住む場所は強制的に決められる。だからこそ部屋は自警団が用意することになっていたな。」


「そういうこと!で、とうとう私が配属される区画と部屋が決まって・・・」


「うえええええええん!」


 そこでヘレンがようやく話が追いついたのか、マリーが孤児院からいなくなることを理解して泣き始める。


「何でヘレンは泣いてんだ?マリ姉が自警団で正式に働く事になるんだろ!しかも本来入る年齢より下で!これってすげぇことじゃんか!」


 本来12歳から入団となる自警団に2年も早い10歳で入団することから、純粋にマリーの実力が自警団で認められていることを喜んでいるマークは、なぜヘレンが泣き出したか理解できていなかった。


「まぁ、こうなるわよね・・・。ヘレンは特に泣き虫だし。」


「前からそうなるかもって話はあったしね。確かに以前その話をしてから随分経ったけど、いつかは必ずそうなるってわかってた。ヘレンはいきなりでも事前に話をしてても、どちらにしても泣いてたと思うけど。」


 ジェーンとカインもヘレンが泣いていることに共感しているが、いずれは別離の時が来ることを覚悟していたため泣き出すまではしない。


「落ち着いてヘレン。そんなに泣き出さなくても大丈夫だって。私の警備区画って実はこの辺なんだよ。だから住居もこの近くになるはずだから。」


 ヘレンが泣いたままだと話が進まないため、また自分のことで悲しんでくれているヘレンに罪悪感を刺激され、サプライズにしようとしていた警備区画が孤児院周辺であることを明かす。これはジャンとパトリックも初耳だったのか驚いた様子を見せる。


「今の下民街は壁内の王都と同じ、いやそれ以上に広いはず。自警団もまだまだ十分な防衛体制とは言えないくらいの人数なのに、孤児院出身者が孤児院周辺の警備って少し出来すぎだと思うけど。偶然ってことは無いですよね?」


「恐らく上層部にマリーと孤児院の関係を知っているものがいるためだろう。ハンス辺りか?今は確か自警団副団長をしていたはずだ。恐らく近所の事情にも明るいマリーを推薦くらいはしたんじゃないか?」


「へぇ、ハンスさんって今は自警団副団長なんだ!そう言えば前に院長先生も言ってたっけ。最近は遊びに来てくれてなかったからどうしたのかと思ってたけど、やっぱり忙しいのかな。」


「それじゃアベルさんとリーベさんは今何をしているか知ってますか?」


 自分を孤児院に連れてきて、その後何度も様子を見に来てくれて、しかしマークが引き取られたあたりから頻度が減っていき、ここ1年は顔も見ていないハンスが自警団副団長になっていたことにカインは驚く。そして当時一緒に様子を見に来ていたアベルとリーベも最近は顔を見ていないことから同じように何か役職に就いたと考えたジェーンがパトリックに質問する。


「アベルはここから少し離れた自警団詰所の所長をしている。複数の小隊を指揮する重要な役職だ。リーベは回復、支援魔法に特化していったことから、本部付きの支援部隊の部隊長をしていると聞いている。」


 アベルはカインを拾った当時所属していた詰所の所長をしており、その詰所には現在4人小隊が7組所属していて、それらを指揮する立場にある。


 リーベは回復、支援魔法に特化した自警団員を集めた特殊な部隊の隊長を務めている。高度な回復魔法の使い手の存在は生存率に大きく関わるため、自警団では街の外へ出る作戦の際は必ず支援部隊を随伴させることになっている。また、突発的な大怪我などの有事の際、回復魔法の使い手の居場所をはっきりさせ、迅速に治療できるよう、特殊な状況でない限り、自警団の本部には必ず支援部隊の誰かが詰めている。


 そんな風にパトリックが以前聞いたアベルとリーベの状況を話していると、カインは何かに気づいたかのように食堂の入り口に視線を向ける。すると聞き覚えのある少し懐かしい声が聞こえてきた。


「マリーは攻撃魔法だけでなく防御、回復、支援魔法と、まだ若いのに非常に多彩な魔法を使うことができる、将来有望な新人だ。多少は便宜も図るさ。」


「噂をすればか。いきなり食堂まで入ってこないでくれ。というかこんなところに足を運ぶヒマがあるのかハンス。」


 入ってきたのはまさしく話題にしていた人物、現自警団副団長のハンスだった。


「スマン。一応言っておくと最初は中に呼びかけたりノックしようと思っていたさ。だが、孤児院には6歳を超えた子供しかいないはずなのに、子供の泣き声が聞こえてきたからな。何かあったのではないかと急いで入らせてもらったんだ。」


 ちょうどヘレンが泣き出した頃に来ていたらしく、赤子のようにいきなり泣いたりするような歳の子供もいないはずであったから、何か大変なことが起きたのだと勘違いしたらしい。泣き声を上げていたヘレンはマリーの胸元に顔を押し付けたまま頭を上げていないが、恥ずかしいのか見えている耳は真っ赤になっている。


「しかし、気配を抑えていたはずだが、声をかける直前に気づかれるとはな。流石、半年で自習許可の試験を合格するだけはあるな。」


 パトリックにそう褒められカインは照れ臭そうな様子を見せる。


 カインは初めて魔法の授業を受けたとき、魔力の使用自体が禁止され、これでは自習もできないと不満を持っていた。気づかれないようにこっそり練習しようとしても未熟な内ではすぐにバレてしまうため、堂々と魔法の練習をするためには提示された条件を真正面から合格する必要があった。


 しかし魔力操作のための練習の機会は週に1回の魔法の授業でしかない。自習の許可を得るための練習には、その自習が必要というジレンマに陥るが、カインはそこで諦めたりせず、魔力操作がダメならば魔力探知を練習すればいいのではと考えた。魔力探知を鍛えれば自分の魔力もよりはっきり把握することができるようになる。魔力を実際に目で見るのと魔力探知。二方向から自分のイメージと実際の魔力の動きの差異が理解できれば、魔力操作の上達にも一役買うことになるのではと考えたのだ。


 その考えは見事に的中し、カインは半ば疑われながらも魔法の授業の僅か半年後、魔法使用のための試験の第一段階を合格し、まずは魔力操作を自習する権利を得たのである。意外と簡単だったとはカインの言葉だが、少なくともジェーンとヘレンは未だ合格を貰えておらずマークは言わずもがなという状況だと、カインが隠れて練習していたことを疑われるのも無理はない。


「うわぁ!ハンスさんだ!お久しぶりです!」


「ああ、以前ここに来てからもう2年は経っているか?久しぶりだな。子供の成長は早いな、また大きくなった。それとジェーン、悪いがアベルやリーベは今日は来ていない、スマンな。」


「あっ、いえ。大丈夫です。」


 カインとマークは約2年ぶりにハンスに会えたことを喜び、ハンスも2年前から背丈が変わっているのを見て子供の成長の早さに感心したように言う。そしてハンスの後ろを気にしていたジェーンが何を気にしているのかを察し、二人が今日は来ていないことを告げた。


「さきほど言った便宜のようなものだ。今日はマリーにどこの自警団の詰所に配属されるかと、どこに住むのかを伝えに来た。」


「わざわざ伝えに来た上に便宜、と言うことはそういうことか。マリーは新しく自警団の詰所と宿舎にもなるこの孤児院に配属、住居も割り当てられたのだな。」


「そうだ、もともとマリーは自警団の詰所がこの付近にないことを気にしていた。いくら下民街が安定してきているとは言え、必ずしも安全ではないことをちゃんと理解していた。だから仮入団時に、この近辺に住んでいて十分地理を理解しているからここを巡回ルートにして欲しいと要望を出していた。こちらとしてもちょうどいい話だったからそれを受け入れて、孤児院が自警団の詰所兼宿舎になる話もちょうど良くあったから、そこにマリーを配属させることにした。」


「じゃあ、私はここを離れないで済むってことですよね、ありがとうございます!ヘレン、ジェーン、これからも一緒だよ~。」


「うううぅぅぅぅ。マリ姉~、よがっだ~」


「ほらヘレン、よかったって思うなら泣き止みなさい。マリ姉の服汚しちゃうでしょ。」


 ヘレンが泣きながら安堵した様子でマリーに抱きつく。呆れるようにヘレンを見るジェーンも内心ではマリーが孤児院でこれからも一緒にいることに喜ぶ。カインとマークも一緒になって喜び合うのを横目にパトリックが腑に落ちないといった様子でハンスに問いかけた。


「それでハンス、そのためにだけに今日はここへ来たのか?」


「いや、それがメインだが、ついでに確認したいこともある。ちょっといいか?できれば子供たちに聞かれないところで。」


「なら、少しは見晴らしもいいし中庭でどうだ。」


 そうしてカインたちに話をしてくるからと言って、ハンスとパトリックは中庭に出る。


「それで、子供のいないところまで連れ出して、何を聞きたいんだ?子供には聞かれたくない話か?」


「いや、別にそういう訳ではない。ただの興味本位で子供のことを尋ねるのは本人の前では無遠慮だと思ってな。」


「ふむ・・・。もしかしてカインの心紋のことか。」


「まあ・・・な。今でこそ立場があるから自重しているが、俺は好奇心が強いほうだ。心紋は世界中でも僅かな人数しかいないらしいから非常に興味がある。」


「以前話した時はこの国で心紋持ちが5人といったが、今では変わっているかもしれんぞ。あの時も私が教会から追放される前の情報だったから既に齟齬があったかもしれん。・・・まあ、それでも稀少なのは間違いないだろうが。」


「それについてだが、俺のツテから新たな情報が入ってきている。2年前、セントヘリアルの学院の入学試験を受けたとある貴族の心紋持ちの次男が、帰国後行方不明になったらしい。」


「・・・貴族の行方不明か。きな臭いな。」


「ああ、普通に考えれば壁内で貴族が行方不明なんてありえん。」


「しかし、そんな出来直ぎなタイミングで行方不明など、すぐにバレるのでは・・・。いや、バレても問題はない、ということにされたのか。」


「恐らくそうだろう。将来何の役に立つのか不透明な心紋持ちをセントへリアルに厄介払いしようとした。いや、もしかしたら向こうのリアクションを探ろうとしたのかもしれんな。しかし、そんな思惑を理解していない子供は帰ってきてしまい、殺された、或いは実験体にされたといったところか。貴族として落ちこぼれのレッテルを貼られていたのなら友人などもいなかっただろうからな。」


 これはカインの心紋のことは外に漏らすわけにはいかないと気を引き締め、そこで当初の話題から離れてしまったことに気が付いた。


「そうだ、カインの心紋だったな。残念ながら心紋の恩恵が何なのかはわかっていない。まあ、日常生活をちょっと見てわかる程度ならとっくの昔に判明しているだろうから、この結果は順当なところだが。」


「やはりそうか。それを調べているとなるとやはり可能性があるのは・・・。」


「ああ、セントヘリアルだろうな。研究成果を共有するから必然的に他種族の国も可能性はあるだろうが、この国はそちらとは直接交流してはいない。セントヘリアルとの繋がりも、あの国の学院の入学試験が港町で開催されること、そして国を揺るがすほどの魔物の被害によって救援に来てくれる、くらいの薄い繋がりだがな。」


 港町にも昔建築された王都と同じ魔道具型の外壁―魔防砦があり、その周りに下民街が存在する。王都の下民街と比べると多少小さいが、それでも国内で二番目に大きな下民街であり今も拡張を続けている。王都の下民街が安定し出してから、他の下民街との繋がりを作るため少数精鋭をそれぞれの街に送り込んだことがあり、彼らはそのまま派遣先の下民街の安定に協力した。既に生活が安定し始めていた王都下民街の自警団を参考に似たような組織を街に合わせて立ち上げ、現地の人間が運営を行えるまで指導し、その甲斐あって、隣り合う都市の下民街同士では人や物の行き来が徐々に増えており、それらと一緒に情報のやりとりも行うようになっていた。


「最近の試験、去年の状況を教えてもらったぞ。相変わらず試験の時は貴族が露骨な妨害をしているらしい。試験を受けられるのが自分たち貴族か、貴族と懇意の平民だけ受けられるようにな。」


「確かにそういう動きを貴族でまとまってしていると聞いたことはあるが、露骨に妨害をするとセントヘリアルの試験官から注意を受けるんじゃないのか?」


「ああ、だから直接的な妨害はしていない。あくまで相手に非があるというのが貴族の主張だ。俺が聞いた話だと、受験者とは関係もない貴族たちも協力しているらしい。試験受付をする建物の入口前に大勢の貴族が居座り、人が通ろうとすると行く手を遮るように動き、もしぶつかれば無礼者として処罰する。」


「この国の貴族は暇なのか・・・。」


 あまりに稚拙な妨害の内容に愕然とする。ハンスもこの報告を初めて聞いたときは呆れ果てたものだった。


「しかし、セントヘリアルの学院の試験・・・か。」


「何だ、孤児の誰かに試験を受けさせようとしているのか?ちなみにマリーには既に打診したが断られたぞ。自警団の訓練段階で優秀だったから一度聞いてみたんだがな。」


「そうだったのか?・・・そうだな。本来、子供の将来を考えるなら、もっと早くにそういう選択肢を用意するべきだったのかもしれん。」


 知らず知らずのうちに自分が子供たちの将来を狭めて見ていたことに気づいたパトリックは後悔を声に滲ませる。


「それで、セントヘリアルの学院を勧めるのか。悪くないんじゃないか?問題があるとすれば貴族の妨害だが、いっその事、街を挙げて受験したい子供を何とか送り込むか?威嚇の意味も込めて自警団員を動員・・・。いや、それでも・・・。」


「やはり問題になるのは貴族の妨害だな。」


「そうだな。これに関しては俺だけで進めるわけにもいかんだろう。集会で話し合ってみるか。」


 そして、カインの心紋の話と、セントヘリアルの入学試験の話をしていたせいで、その二つが結びついて嫌な想像を働かせたハンスがパトリックに確認を取る。


「・・・なあ。確か心紋持ちの王族がいたよな。それもカインとそれほど年も変わらない。」


「ああ。その王族だがカインたちより1歳だけ年上だから、まだ試験を受けられる年齢じゃない。あと2年もしたら試験を受けるだろう。」


「そうか・・・。なあ、もし仮にその王族が入学して、カインも試験を受けて合格したら、鉢合わせる事になるだろうが、面倒なことになりそうか?」


「・・・おそらくなるだろう。心紋に妙な稀少性を見出していれば、もう一人の存在を許容できるとは思えない。まあ、そもそもカインが試験を受けるかどうか聞いてもいないし、話はそれからだろう。いっそのこと今聞いてみるか?他の孤児や、二人とは言え近所の子の希望も聞いておきたいしな。」


「・・・それもそうだな、早めに対策を取れるのであればそれに越したことはないか。」


 そうして二人は、善は急げと言わんばかりまだ子供たちが残っているであろう食堂へと戻っていった。

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