第7話 魔法の授業
子供にとって悩みは寝れば忘れてしまうもの。解決したわけではないのでいずれはまた直面する時が来るのだろうがそれはそれ。カインたちは翌日からも授業と自由時間の毎日を繰り返していた。
そんな中、その日の授業は珍しく中庭で行う実技であった。
中庭の様子は普段とは異なり、孤児院の建物を守るように分厚い土の壁が立って中庭を囲んでおり、この時点で何をするのか察する者も出て少し浮ついた空気が流れる。
「何となく察しているものもいるようだが、今日はお前たちに魔法を教える。」
中庭に子供が全員集まったのを確認したパトリックが切り出した言葉にとうとう子供たちが騒ぎ始める。
――パァァン!!
しかし直後にパトリックが手を合わせ、凄まじい音を響かせた。ただ手を合わせたにしては音が大きく、恐らく身体強化などを使用したのだろう。
「お前たちが自由時間にしている模擬戦と同じく、いやそれ以上に危険なことだ。言うことを聞けないなら帰ってもらい、今後の魔法の使用は一切禁止させてもらうからな。」
そう忠告を発したパトリックのいつになく真剣な様子は、カインとマークも見たことがないほどであった。他の騒いでいた子供たちも気圧されて押し黙る。
「実際に練習する前に魔法について話をしよう。これまでに授業で教えたり、誰かから聞いたり、自分で本を読んだりしたかもしれんが、人によって持っている知識に違いがあるだろうからな。」
そう言いながらパトリックは子供たちが座っている長椅子の一番前に一人用の椅子を持ってきて座り説明を始める。
「まず過去の授業で話をしたが、人は生まれながらに魔力を持っていて、基本的に魔道具を介して、或いは触れているものを伝ってのみ魔力を体外に出すことが出来る。それでもあくまで物に魔力を通すだけだ。例外として魔法紋を持っている人は直接魔力を大気中とでも言うのか、外に放出することができる。そのことから魔法紋は魔力孔とも呼ばれている。ここまでは授業でもやったな。・・・ああ、別に見せなくていい。」
パトリックの説明に反応して何人かが自分の腕を上げたり、脚を上げたり、前髪を上げて額を見せたりするのを見てパトリックが片手を上げて制止する。そして気づかれないようチラリとカインの方を見ると、流石に服はたくし上げておらず安堵の息をつく。
「お前たちが見せてくれたようにいろんなところにある魔法紋はそれが現れた箇所によって恩恵を与えてくれる。腕にある腕紋なら腕力が、足にある脚紋なら脚力が、額にある額紋なら思考能力が、といった感じだ。これも以前授業でやったな。」
そこまで言ってからパトリックは腕をまくり自らの腕紋を子供たちに見せる。そこには無属性の魔法紋ではなく土を表現した複雑な模様が描かれていた。
「これは属性魔法が発現した時に魔法紋が形を変えたものだ。ただ、魔法紋を持っているものが必ずしも属性魔法を発現するわけではないし、何の属性が現れるかもわからない。望んだ属性を得られるわけじゃないが、望んだものに似たような、或いは希望そのままの属性を発現させた例もある。一説では本人のそれまでの行動が影響するのでは、とも言われている。
そんな魔法属性を発現させたものは魔法紋を持っている人全体の半分にも満たない上、発現した人の傾向がバラバラだ。努力を続けていたものが発現したこともあれば、ただ普通に日常を過ごしている者がそうなるときもあった。記録上では最短で5歳から、最長で10歳だったりと若いうちに発現する傾向があるとわかっているくらいだ。
この魔法紋を得ると術式を介して属性魔法が使えるようになり、さらに魔力そのものをその属性に変換することができるようにもなる。」
そしてパトリックは実際に自身の土魔法を簡単に見せる。パトリックの隣に土人形を作り動かすことで魔法を見せて、さらにその場で手のひらの上に土を生み出し魔力の属性変換をしてみせる。
「そして、あまり聞かせたくはないが、いずれどこかで知るよりは今話しておこうと思う。先程少し話した魔力放出量だが、この魔法紋を持っている者の方が成長が速い。つまり、今日これから教える無属性魔法の単発の威力、効果は魔法紋持ちの方が高い傾向にある。」
その説明を聞いて、理解できる人と理解できない人に反応が分かれる。理解できない人は余り大きな反応を見せなかったが、理解できたものは不安そうな表情を浮かべて騒がしくなる。
パトリックの言ったこととはつまり、魔法属性の発現によって実力に差が出てしまうということ。そもそも魔法紋を持っているかどうかも、その後の魔法属性の発現が単純な努力ではどうにもならないというのもさっき聞いたばかり。つまりは努力でどうにもならないことがあるのだと突きつけられたからだ。
「落ち着け。今主流の話として広まっているのがそうだというだけだ。魔法紋では成長しないというわけではないし、これの理由については仮説もある。
魔力放出量を鍛えるには実際に最大での魔力放出を繰り返す必要があるが、無属性魔法ではほとんどそれを繰り返し行わない。魔力弾は基本的に発動速度を重視しており、身体強化は全力で強化すると体のほうが耐えられないからだ。属性魔法は逆に一撃の威力を重視する傾向にあるからより魔力を注ぎ込もうとする。
そういった考え方をもとにして魔法を使ってしまっているために魔力放出量に差が出るというのが最近有力になっている説だ。
仮説が正しいと証明されたわけではないが、これが正しいのならば別に魔法紋を持っていようがいまいが、属性魔法の発現をしているかいないかの差は無くなる。日頃の練習の中に魔力放出量の考えたものを取り入れればいいのだからな。」
それまで表情を変えていた子供はパトリックの言葉に半信半疑ながらも一応の納得を見せて騒ぎを収めていく。
「・・・流石にこれ以上は焦らし過ぎか。お前たち、今座っている椅子を中庭の片隅に寄せなさい。そろそろ授業を始めよう。」
その言葉に子供たちは、先程までの沈黙や暗鬱たる雰囲気は何だったのかと言わんばかりに弾けるように立ち上がり、今までになく迅速に協力して椅子を片付ける。その様子を見て苦笑いを浮かべながらパトリックは土魔法で的となるいくつかの土壁を作る。
そしてパトリックは実演を交えながら無属性魔法を説明し始めた。
「最初は身体強化からだ。体に魔力を纏わせることで身体能力を向上させるが、ただの魔力を纏うだけでは何の効果も得られない。これの発動には魔力の性質が大きく関わっている。魔力というのは人の意思を反映するものだが、身体強化の場合『体を強化する』という意思に影響された魔力を纏うことによって効果が発揮される。この意思を反映させる力は”魔力干渉力”と呼ばれている。つい先日孤児院の子達にも言ったのだが、そういった魔力関係の各種能力は女性の方が成長しやすいが、だからといって男性が成長しないわけではない。次期自警団副団長がほぼ内定しているハンスなんかは男だが、今の地位を実力で勝ち取っている。正しい努力を重ねれば結果は自ずと付いてくる。自警団に入りたいという者はなおのこと努力を重ねることだ。」
「・・・でも、ハンスさんって魔法紋を持ってますよね。それのおかげとも言えるんじゃ・・・。」
ハンスとは少し顔見知りのジェーンが手を挙げながら指摘する。
「否定はしないがな。だが、それで言うなら同じように魔法紋を持っている女性も自警団には多くいる。それと、なぜかあまり知られていないが自警団の団長は女性だが魔法紋を持っていないぞ。」
「そうなんですか!?」
パトリックの情報はその場の誰も知らなかったため、ジェーンだけでなく他の子達も驚愕でざわつき出す。
(まあ、団長は特異体質を持ったオンリーワンだが、今言う必要は無いだろう。)
「・・・一旦静かに。次は魔法紋を持っている人が使える魔力弾について教える。・・・自分たちは使えないから関係ない?何を言っている。自分が使えないからと言って、いざという時はそれが使える人と連携を取る必要も出てくるんだ。その時その性質を理解していないと、まともな連携を取ることもできんぞ。」
次は魔力弾の説明に入ろうとしたところで、魔法紋を持っていない子供から使えないなら聞く必要がないのでは、という声が上がるが、パトリックも予想していたのか淀みなく言葉を返す。その子供も自警団志望の子だったため似たような話を既に現職の自警団員から聞いていたため引き下がり、それを見たパトリックは見えないように安堵を息を吐いて説明を続ける。
「魔力弾は術式を介しての魔法ではなく、どちらかといえば魔力操作による技術だ。基本的で初歩的な攻撃手段であるがゆえに応用性も高い。他の攻撃魔法にも通じる基礎のようなものでもある。そこらへんは実際に属性魔法を発現した人向けの指導も自警団でやっているから、今日はただ魔力弾の説明だけをする。・・・と言っても魔力操作で魔力を集めて固めてぶつけるだけだ。そこに個人のイメージが関わってくる。それと、魔力弾の魔道具というのは普通に普及している。応用性が無いから同じ威力を同じペースで、真っすぐにしか飛ばせないが、遠距離攻撃の牽制手段になっている。」
それを聞いて魔法紋を持たない子供たちは何かを期待するような目でパトリックを見る。
「魔道具だから”高い”ので、ここにはないぞ。」
視線の意味を正確に読み取ったパトリックが苦笑いを浮かべながら告げると、子供たちのテンションが少し下がる。
「次は魔法紋の術式を介して発動する魔力障壁だ。原理としては魔力を固めて壁を作るようなものだが、ただの魔力操作でやるより術式を介したほうが強度は高い。だが、形状は融通が利かない。魔力操作だけで魔力を固めるなら形は思いのままだが、術式を介して魔法として魔力障壁を使えば、魔法紋の形がそのまま障壁になる。」
そう言ってパトリックは彼の右側に魔力を押し固めた壁を、左側に先程見せた魔法紋と同じ形状の魔力障壁を発動する。そして、同時に発動し始めたはずなのだが、魔力障壁の方が完成までが速い。
「私は魔力操作がそれほど上手くはないからな。どうしても魔力操作の壁の方は遅いし脆い。これが魔力操作をかなりのレベルで修めている者なら、同等か或いは上回るくらいになる。私が知っている人も、私の魔力障壁と同じ発動速度で全方位同じ強度の魔力を固めた壁を作るからな。あれはもう普通に魔力障壁と呼んでもいいだろう。」
何かを思い出すかのように少し遠い目をするパトリック。そうして一通りの説明が終わるとパトリックは子供たちを待たせて一度孤児院の中へと入る。すぐに戻ってきたがその後ろに近所の大人たちを伴っている。父親、母親がいることを目ざとく見つけた子供たちは自分たちが真面目に授業を受けているかを抜き打ちで確認に来たのかと思い少し顔を顰めるが、続くパトリックの説明で納得の表情を浮かべる。
「先程も言ったがこれらは自衛の手段、つまり他人を傷つけることもできる非常に危険なものだ。私一人では目が届かないためお前たちのご両親にも手伝いをお願いした。お前たちが浮かれるのもわかるが、ちゃんと集中してやるように。怪我につながるからな。それじゃまずはいくつかの班に分かれてくれ。一つの班に大人が3人付いて練習を見てくれる。」
そう言われた後、カインたちはいつもの4人で班を組む。そしてその班を見る大人としてやってきたのはジェーンの両親とヘレンの母親であった。
「あれ。おじさん、今日の自警団の仕事は?」
マークはジェーンの父親がこの時間ここにいることに疑問を抱く。
「ああ。今日は自警団の仕事の一環でここに顔を出してる。いや~、娘の頑張る姿を見ることが仕事だなんて、いい世の中だよな~。」
カインはジェーンの父親とは初対面だが既に言動から親バカの気配を感じ取る。そしてその子供本人は気恥ずかしさから顔を赤くして肘打ち繰り出し、身長差から太腿のいいところに入ってしまいジェーンの父親は足を押さえてその場に崩れ落ちる。
「子供がこの孤児院の授業に出てる自警団員は全員手伝いに来ているみたいね。うちの父親だけじゃないみたい。」
そして何事もなかったかのように話を続けるジェーン。普段からこうしたバイオレンスな状況に慣れているのか他の人も崩れ落ちたジェーンの父親に注意も払わない。
そして初見で慣れていないカインはチラチラ視線を向けてしまい、内心で狼狽えているカインに気づいたのかジェーンの母親から説明が入る。
「旦那はよく娘にとって恥ずかしいことを言って、娘に照れ隠しで対応されちゃうのよ。娘も恥ずかしいからって暴力に訴えなくてもいいのにね。」
「人前で恥ずかしいことしないでって何回も言ってるのに聞いてくれないからじゃない。」
その後も小声でブツブツ文句を言うジェーンをヘレンが何とか宥め、ジェーンの父親も立てるようになってからようやく無属性魔法の練習を開始する。
「まずは自分の魔力を感じ取ることだが、これは普段の生活用魔道具を使ってて何となくわかるんじゃないのか?」
「あの体の中から何かが引っ張られて出ていくような感じだよな。」
「思い当たることがちゃんとあるみたいだな。その魔力を自分で動かしてみろ。こればっかりは教本はない。魔力を動かすあの何とも言えない感覚は人それぞれだからな。」
そう言われて4人は魔力操作を試みる。別に目を瞑る必要はないのだが全員が目を閉じて眉根に皺を寄せている。過去にも同じようなことがあった、或いは自分たちも同じ体験をしたのだろう。カインたちには見えないがその様子を見て大人たちは懐かしいものを見るように微笑んでいた。
最初にその感覚を掴んだのはジェーンであった。そのすぐ後にヘレン、さらにしばらくしてからカインとマークがほとんど同時に魔力を動かせるようになる。
「よし、まずは全員ができる身体強化からだ。やり方は院長先生が教えてくれた通り、強化を念じながら魔力で体を覆うイメージだ。」
身体強化ができているかを判断するために用意された項目はいくつかある。
言われたように体に魔力を纏い、その項目の一つ、大きな重い岩のブロックを持ち上げようとするとビクともしない。
「うわ、おっもい!全然持ち上がんねーぞ!これ地面にくっついてんじゃねーか!?」
そんな不正を疑うマークの言葉に、ジェーンの父親が身体強化をしてあっさりと持ち上げてみせる。
「見ての通り、地面にくっついてなんかないぞ。ただ身体強化ができてないだけだ。それにほら、見てみろ。うちの娘なんかは少し持ち上がっているぞ。」
「え!?」
マークが振り向いてジェーンの方を見ると、確かにほんのわずかだけブロックは地面から浮いている。ほんの数秒持ち上げた後、ドスンという重い音を立ててジェーンがブロックを降ろす。その音でジェーンのブロックもちゃんと重いままなのだということがわかる。
「マジかよ!実は身体強化無しの素の力で持ち上げてるとかじゃねえの?」
「あんた、アタシがそんな馬鹿力に見えるの?」
いつものじゃれあいを始めた二人を横目に、カインも体を、正確には持ち上げるとき力を入れる箇所を強化するよう念じながら持ち上げる。すると、思った以上に簡単にブロックが持ち上がり、動揺してカインは魔力を途絶えさせて身体強化を解除、ブロックを取り落としてしまう。鈍い音を立てて地面に落ちるブロックに、もし足を挟んでいたらとカインは冷や汗をかく。
「大丈夫?足、挟んでない?」
「大丈夫です。危なかったですけど。」
「身体強化はずっと魔力を纏っていなくちゃいけないから、無意識で維持できるようになるまではふとした拍子に解けちゃうのよ。最初に言っておくべきだったわね、ごめんなさい。」
そこでブロックを取り落とした音でこちらを振り返ったマークがカインも身体強化を成功させたことに気付く。
「カインもできたのか!?なあ、どうやってやったんだ?」
「魔力の動きはマークと同じだよ。後は――。」
カインはそのまま自分なりにどうしたのか、どう念じたのかをマークに教えていく。少し離れたところではジェーンの父親に見守られながらヘレンも挑戦しており、カインと同じようにジェーンもアドバイスをしていた。
そうして何度かのトライで二人も身体強化を発動できるようになり、続けて魔法紋を持っているカインとマークは魔力弾と魔力障壁の練習をすることになった。
「・・・あれ?これって、練習することが多い魔法紋持ちの方が大変なんじゃね?」
ふとマークが呟いた言葉に、同じく魔法紋持ちで属性発現はしていないジェーンの父親が頷く。
「ああ、マークの言うとおりだな。これから同じ練習時間しか持てないなら、身体強化だけに時間を注ぎ込める娘たちの練度はそれ相応に高くなるだろう。身体強化だけならお前たちは負けてもおかしくはない。」
「う・・・。で、でも!俺たちは魔力弾とか使えるしな!」
「まあ、そうだよね。でもこれからは自由時間の行動が変わってきそうだなぁ。ジェーンのグループは本を読んでたりしてたけど、これからは僕たちの方がそう言う魔法の勉強が必要そうだし、逆にジェーン達の方が模擬戦をし始めるかも。・・・でも、今使えるのは魔力弾とかだけだから、それなら別に新しく勉強する必要ないのかな?」
「授業以外に勉強なんてしたくねーよ。魔法も練習で十分だろ。」
「確か、自警団の監督者がいない魔法の練習は魔力操作が一定以上の練度でなければ認められていなかったはずだぞ。それを破ればたとえ子供でも厳罰が下るから気を付けるように。魔力は隠そうと思って隠せるものでもないから、こっそりやってもバレるぞ。」
ジェーンの父親が少し厳しい顔でそう忠告する。マークならこっそりやりそうだと思ったのか、そのこともしっかりと釘を刺す。マークはそこで落ち込んでしまうが、カインはもう一歩先まで考えを進めて尋ねる。
「それじゃあ、それを認められるにはどうすればいいんですか?何かしらの試験みたいなのがあるってことですよね?」
カインの質問にジェーンの父親は目を丸くする。向上心があるのは感心したが、例え試験を突破できたとしてもこの年から自主練を認めるのは危険ではないかと思い、正直に条件を言うべきかどうか迷ってしまう。しかし、同じ孤児院にはマリーとジャンもいるので、ここで黙っていても意味はない、むしろここで自分の懸念も伝えるべきだと判断する。
「今回教わる初歩的な身体強化や魔力弾、魔力障壁について、いくつか課題を出される。それを目の前で披露して問題無ければ許可が出されるぞ。ただ、魔力というのは人の意思に反応する。お前たちのような子供だといつ暴発させてしまうかもわからないから、正直不安ではあるんだが。」
「でも、そういう決まりになっているんですね?ありがとうございます。」
子供故の懸念の部分はサクッと聞き流し、教えてもらったことにお礼を言うカイン。返事からもその強かさを感じさせるカインにジェーンの父親は、少し早まったとも、大丈夫かもしれないとも、相反する感想を抱く。
「話が逸れてしまったな。次は魔力弾の練習だ。魔力を小さな球になるよう集めて、あの的に向かって飛ばしてみろ。」
そう言って指差された先には土が盛り上がってできた頑丈そうな的。カインたちは横並びになってまたもや目を瞑り魔力弾を作ろうとする。魔力を体外に放出する感覚と、それを魔力操作で集めて固めるイメージ。そしてそれを的に飛ばすまではスムーズに進むが、的にぶつかっても何の変化もない。
「あれ?当たったよな?」
「うん・・・。でもビクともしてないよね。擦れた跡も無いんじゃない?」
「う~ん・・・。魔力の密度の問題か?だが、使ってる魔力量は問題ない、少し収束が甘いがそれでも十分壁に傷をつける程度ならいけるはずなんだが。」
カインとマークは頭を捻って試行錯誤を繰り返す。あ〜でもないこーでもないと相談しながら魔力弾を作るが、的には何の変化も与えられない。ジェーンの母親も混ざって一緒に考えてからもしばらくは何の進展もないままであった。
カインは他の子たちの進捗が気になり辺りを見渡すと、どうやらカインたちと同じように魔力弾から躓いている子もいるようで、遅れているのが自分だけでないことに少しだけ安堵してしまう。
「・・・?」
そして、魔力弾で躓いている面々を見てカインは小さな違和感を覚え、少し考えるとすぐにその正体に思い当たる。躓いているもののほとんどが最近よく顔を合わせていた面々、自由時間で行っている模擬戦に参加している男子であったのだ。いや、むしろ次の魔力障壁に移っている男子が一人もいない。女子はほんの数名まだ魔力弾で躓いているだけで、ほとんどは魔力障壁の練習に移っている。
(自由時間に本を読んでた人が上手くできてるのかな?つまり、彼女たちが読んでた本に何かコツみたいなのが載ってたとか?・・・いや、誰だったか忘れたけどずっと本を読んでた男子もいたはず。けど男子は誰も魔力障壁までいってないからそれはない。まさか、これも男子と女子の成長の違いとか言うんじゃ・・・。あ、魔力弾って魔力操作で撃ってるんだっけ。)
カインはジャンから聞いた女性は魔力関係全般が成長しやすいという言葉を思い出し、それには魔力操作の上達についても適用されるのではないかと考えた。それならば女性の方が進捗が芳しいことにも一応の説明がつく。よく見れば魔力弾だけでなく、身体強化でも遅れているのは男子の方が明らかに多い。女子はほとんどが維持の練習のため身体強化をしながら動き回っているが、男子は未だブロックを持ち上げることもできない子がいる。
こうなれば練習あるのみだと、カインとマークはその後もひたすら工夫しながら魔力弾を撃っていく。その甲斐あってか、1時間も経つ頃にはぶつけた壁に凹みを付けること成功し、次の魔力障壁の練習に移ることになる。
「よっしゃ!・・・て、ほんのちょっと凹ませただけじゃねーか!もっとこう、あの壁を貫通するくらいの威力を出さないとダメとかじゃねーの?」
合格を言い渡したジェーンの父親に向かってマークは思っていたのと違うと文句を言うが、それを聞いたジェーンの父親は苦笑いを浮かべる。
「あの壁は表面は跡が残りやすいよう柔らかくなっているが内部はかなり頑丈にできてるぞ。それに、いきなり威力のある魔法を使えるようになるなんて、そんな物騒なものだったらもう少し教育は慎重にしてる。それに、お前たちが魔法を使えたとしても、将来何になりたいかで必要な技能も違うわけだしな。もしかしたら魔力弾なんて使わない仕事を目指すかもしれないから、そこまで合格基準は高くない。むしろ真剣に学んでほしいのは次の魔力障壁だ。これは自分の身を守る要になる魔法だからな。」
そうして魔力障壁の練習を始めたカインとマーク。ジェーンの母親はジェーンとヘレンの指導に戻っていった。
「魔力障壁はお前たちが持っている魔法紋の術式を利用する。術式の理解の仕方は人それぞれだ。まずは自分の魔法紋に意識を集中してみてくれ。集中しやすいように魔力を纏わせたりと色々工夫させても構わない。とにかく自分の魔法紋を感じ取ってくれ。」
非常に曖昧な指示を出されるが、取り敢えず言われたように術式を理解しようとカインとマークは試行錯誤する。
とは言え、これに関しては意外と簡単にことが進んだ。カインが試しに魔法紋に魔力を流せば、それに答えるかのように魔法紋から何かを訴えかけるかのように繋がりを感じたためだ。そこを慎重に辿ればいつの間にか魔力障壁の使い方も把握していた。
「・・・何か変な感覚だな。」
マークも魔力障壁の使い方を理解したようだが、カインと同様にその習得の過程にはいまいち納得できていないようである。
そのまま魔力障壁は一度で成功する。ジェーンの父親によると、魔力障壁については魔法の使い方というより魔法紋からの術式の受け取り方を学ばせる意図があったとのこと。
魔力障壁を使えたということは魔法紋から術式を読み取ることもできるということで、後は今回学んだ3つの内で自分が練習したいことをする自習となる。魔法紋を持っていない人は身体強化しか使えないので必然的に身体強化を練習している。
「自習なら僕も身体強化かなぁ。」
「ん?魔法紋持ってる奴がわざわざ身体強化を練習するって揉めたりしないか?魔法が使えるのに誰でもできる身体強化を練習するなんて、魔法紋を持ってないやつを馬鹿にしてるのかって言われそうだぞ。」
マークは人の心の機微に妙に鋭くなることがあり、今回もその勘が働いたのか、カインに向けて心配そうな声で言う。
「でも、やっぱり剣術に役に立つのは身体強化だろうから、僕はそっちがいいよ。これまでもずっと剣術を練習して来たのに、そんな理由で諦めるのはちょっと納得がいかないかな。」
そして、意外と頑固なカインは既に決めていたことだと、剣術に関係する身体強化を練習し始める。
「度胸あるな・・・。俺だったら周りの奴の評判を気にして尻込みしちまうぞ・・・。」
「周りの声に左右されず本当にやりたいことをやるカインも、周りの人の心情を慮って配慮するマークも、どっちも正しいよな。正直なところ、聞いていたカイン君と普段のマークだと、考えは逆だと思っていたが。」
ジェーンの父親はそう言ってマークに意外そうな目を向ける。
「おじさん。俺だって周りの人のことくらい考えるんだからな。別にカインが周りの人を蔑ろにしてるとかそういう意味じゃなく。」
さりげなくカインをフォローする辺り、マークの自己申告に偽りはない。ジェーンの父親も分かっていると笑いながらマークの頭を撫でる。
「それで、お前はどうするんだ?本当はお前も身体強化の方を練習したかったんだろう?カイン君もあの調子だと知らず知らずのうちに地雷を踏みかねない。一緒にいてフォローする人が必要じゃないか?」
そう促され、マークは心なしか軽い足取りでカインと一緒に身体強化の練習に混ざる。そうしてそのまま練習を続け、午前中の授業時間が終わると再度パトリックが全員を集める。
「これからは座学の勉強に交えて週に1日こうした魔法の練習を行うことになる。あと、念のために言っておくが、下民街に限らず街中では基本的に魔法の使用を、魔道具以外の魔力の使用を禁止している。街中で魔力を使うには、暴発させないだけの魔力操作の技術が認められる必要があるが、そのための試験は自警団の方で受け付けている。もし授業以外に自分だけで魔力操作の練習をしたいと思うなら、まずはその試験に合格するように。
試験は二段階あり、まずは魔力の使用のための試験。これに合格すれば魔力操作の練習を授業外でもできるようになる。その次がさらに厳しい試験で魔法の使用のための試験となる。また、例え試験に合格したとしても、他人に向けて魔法を使うことは禁止されている。つまり、お前たちが自由時間にやっている模擬戦ではどちらにせよ魔法を使うことは禁止のままだ。いずれ参加できるようになる自警団の指導では監督者もいるので使ってもかまわない。
魔法は非常に危険なものだ。楽しみなのはわかるが節度を守って使うように。」
最後にパトリックが締めくくりその日の授業は終了する。座学の授業が進んだことで消化されてきた授業内容に、その日から魔法の練習が実技授業として追加されることとなった。
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