第21話 不満

 

 4日目間の滞在を終え、私は無事に元の世界に戻っていった。



 次の週はみんなにちゃんと休んでもらいたかったので、私はあちらへは行かずに元の世界で過ごす予定だ。


「それであの後アーノルドさんとはどうだったの?」


「1番最初に浄化した場所まで連れて行ってもらったの! すごい綺麗になっていて驚いた」


「そうなんだ、私もいつかめいが頑張って浄化した場所を見てみたいわ」


 今まではそういっても実現することはなかったのだが、これからはそんな軽口も本当に実現できるのだ。色々あちらの世界でやりたいことを話すのも楽しくなる。


「うん、それでねおにぎりを作って食べてもらったの」


「それは良いわね。他には何か作ったの?」


「ううん、私がそんなに料理上手じゃないの知っているでしょう。だからみゆちゃん料理教えて!」


「いいわよ! 次のお休みはこっちにいるんでしょう? 一緒に作りましょうか」


 そうして私はこちらでの久々の連休をみゆちゃんに料理を教えてもらったり、異世界に移ることを考え身の回りの物を少しずつ減らしたり、仲の良かった友達に遠くに移住すると若干の嘘を加えお別れをしたりして休みを過ごした。


「じゃあみゆちゃん、今週からは浄化がまた始まるから向こうについてもお留守番になるけど本当に良いのね?」


「えぇ、よろしくね」


 そう確認するとみゆちゃんを連れて行く。私はいつも木曜の夜に向こうに行って、日曜の夜に帰って来ていたのでみゆちゃんは金曜は有給を取っている。


 今後も毎週とは行かないが、振休や有給を駆使して出来る限り向こうに行く予定となっている。



「そういえばライザーのどこを好きになったの?」


 あのしっかり者のみゆちゃんが私みたく一目惚れとは思わない。彼女ならこっちの世界でも良い人を捕まえられるはずなのに。


「うーーん、本音を言うと今はまだちゃんと好きじゃないの。でも私のことを好きだってハッキリ言ってくれるでしょう。ほら、こっちの男の人ってあまりそういうこと言ってくれないじゃない? そこは良いなって思ったの。あとは何より私の気持ちを1番に考えてくれることね。私が口に出さないことまで分かってくれて、あの人になら私の人生を任せても良いかなって思っちゃったんだよね」


 まだ好きじゃないと言いつつみゆちゃんの瞳はいつもより柔らかく、ライザーのことを思っていることが伝わってきた。2人とも私にとっては大事な人なので、上手く行くと良いな。



 ◇


 翌週の異世界へ行く日、みゆちゃんと一緒にベッドに入る。目を覚ますと、宿屋のベットの上だった。ちゃんとみゆちゃんも隣にいる。



「みんなおはよう。休みはゆっくり出来た?」


「はい、おかげさまで久々に家族とゆっくり過ごせました」


 そう答えるのは王都に家族を残して参加してくれてるザッカリーだ。


「話は聞いているかもしれないけど、今日から私の友人のみゆちゃんが加わるの。基本的には宿やテントで留守番になるからよろしくお願いします」


「山内みゆです。みなさんの邪魔にはならないようにするのでよろしくお願いします」


「みゆは俺の婚約者となる予定だから誰も手ぇ出すなよ」


 そう言ってライザーがみんなに圧をかける。


「だそうだ。みゆさんはメイ様をあちらの世界で支えてくれていた大切な人だ。きちんとした扱いをしてくれ。それと……メイ様は俺の婚約者となった。旅には影響のないよう配慮するから、今まで通り頼む」


 そうアーノルドが報告すると、一瞬しんとその場が静まりかえる。不安になったのも束の間、すぐに歓声が上がった。


「おめでとう!!」

「やっとかぁ、長かったなぁ」

「メイ様! 良かったですね」


 みんなそれぞれ祝ってくれる。反対されたらどうしようと心配していたので、みんな受け入れてくれたようで良かった。

 アーノルドと顔を見合わせて微笑むのを、周りのみんなも温かい目で見ていた。




 ◇



 婚約してから3ヶ月。今もまだ4日滞在して3日帰る日々が続いている。

 2人の関係はというと、アーノルドも私のことをメイと呼んでくれるようになり、口調も大分砕けてきた。

 みゆちゃんとライザーも順調だ。



 アーノルドが休みの日は一緒に街に出てデートもしている。彼は公私混同しないタイプなので、休みが合うのはひと月に2日程だ。私が休みの日でも、見回りや討伐の番にちゃんと着いている。そういう所が周りから信頼されるんだろう。その代わり夜に私の部屋の見張り番をしている時には時々夜の散歩に誘ってくれる。


 トントントン

「メイ、起きている? 起きていたら少し夜の散歩しないか?」


 こんな風に誘ってきてくれる。私はカーディガンを羽織一緒に外に出る。


「夜の散歩といっても街は歩けないから中庭に行くくらいなんだけど良いかい?」


「うん! アーノルドと一緒に過ごせるだけで嬉しいもの!」


 そういって笑うと彼も笑い返してくれる。とても幸せな時間だ。しかし私は最近少し彼に対して不満がある……。彼が私に触れてくれないのだ。今も彼の隣を歩いているのだが、手は繋がれていない。私たちは付き合い始めて婚約もしている仲なのに、物理的な距離は相変わらず少し開いている。


 アーノルドとキスをしたのもあの告白の時の一度だけ。こうした夜の散歩だけでなく、街に出ても手を繋いでくれない。私が人とぶつかりそうになると肩を寄せてくれるがすぐ離されてしまうのだ。


 前までは近くで見るだけで満足してたのに、私はなんて欲張りになってしまったんだろう。

 最近は浄化中も集中力を欠くことが多くて時間がかかっている。そんな私は最低だ。早くこの問題を解決しなきゃいけないのに、こんな不満を彼に直接言うのは阻まれる。


 最初はこの国の人がそういうタイプなのかと思っていた。結婚するまでは触れてはいけないとかそういう風習なのかと。しかしライザーがこの前みゆちゃんと隠れてキスしているのを見てしまったし、ネールにそれとなく聞いてみても、婚約者ならキスくらいすると言われてしまった。

 やっぱりアーノルドは私のことをそんなに好きじゃないのかも知れない。聖女としてしか見られてないんじゃないかと不安になる。


 滞在3日目の夜にアーノルドに声を掛けて誘う。今日はテントでの野宿で彼が見張り番だった。宿での散歩では誰かしらの気配を常に感じるが、野外での散歩はみんなから少し離れたところに行けば2人きりのように感じることが出来るから好きだ。


 2人でしばらく歩き、みんなのテントから離れたところに2人で座る。夜の森は真っ暗なのだが、手持ちのランプが2人を照らし出し、ここだけが幻想的な空間になっているように感じる。そして夜空を見上げると、満天の星が輝いている。


「元の世界だとこんなに星が綺麗に見えないんだよ。星が見えないくらい周りが明るいの」


「それは想像できないな。そんなに明るいなら夜になった気がしなそうだね」


 そうして話をしながら彼の肩に頭を寄せる。このまま引き寄せてくれないかなって期待したけど、彼はされるがまま受け入れてはくれるが、向こうからは来てくれない。


「ねぇ……もう一度あの時みたくキスして欲しいな」


 勇気を出してそう問いかけてみる。


 すると彼は困ったように笑って、私の額にキスをする。違うのにと私が拗ねると、「みんながいるからごめんね」と謝られ、私はそれ以上言ったらただの我儘になると思い黙るしかなかった。


 せっかく勇気を出したのに……。テントに戻ると1人涙が止まらなかった。



 ◇


 元の世界に戻ってくるとみゆちゃんに相談する。あちらでは常に誰かが近くにいるので、こういった話はしにくいのだ。


「アーノルドさんに触れてもらえないって? 気にしすぎなんじゃない?」


「そうかなぁ」


「アーノルドさんはライザーと違って考え方も真面目そうだもの。比べる必要ないと思うけどね。もし不安なら自分からキスしてみれば良いじゃない」


 みゆちゃんに相談しても、あまり深刻に受け止めてもらえない。そういえばみゆちゃんは普段は頼りになるけど、恋愛は上級者すぎて初心者の私にはハードルが高いアドバイスばかりだったんだ。



 みゆちゃんみたく大人っぽく美人だったらアーノルドもその気になるのかなと少し落ち込んでしまう。聖女としてではなく妹ぐらいにしか思われてないんじゃないかと思ってきた。


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