第20話 守ってきたもの
みゆちゃんが帰った翌日は2人で遠乗りに出掛けた。ライザーも一緒に過ごそうと誘ったのだが、せっかく両想いになったのだからデートして来いと言われてしまったのだ。確かに浄化の旅がまた再開したらいつ一緒に出掛けれらるかは分からないから、今日は2人で楽しもうと思う。
「今日はどこに行く予定なの?」
「うーーん、着いてからのお楽しみかな。メイも知っている場所だよ」
そう楽しそうに言う彼に着いて馬小屋まで向かう。今日は馬での移動だそうだ。彼の愛馬であるアルペンが私たちが近づくと嬉しそうに寄ってくる。黒い毛並みのアルペンは浄化の旅でもいつも背中に乗せてもらっている。
「今日はアルペンと一緒に移動するよ。さあ乗って」
そう言われてエスコートしてもらい馬上に乗ると、後ろにアーノルドも乗ってくる。私服なせいかいつもより背中にアーノルドの体温を感じて少し恥ずかしい。
「では出発するよ。大体2時間くらいかかるから疲れたら教えて」
そういうと颯爽と走り始める。気持ち良い風が当たって心地良い。普段は浄化で緊張しながらの移動なので、こんなに走るのを気持ちよく感じたのは初めてだ。
「すごい! 気持ちいい! こんなに馬乗りは気持ち良いものだったのね」
「ああ。それを味わってもらいたかったんだ。普段の移動とは全然違うだろう」
そうして馬での移動を楽しむこと2時間ほどで目的の場所に到着したみたいで、アルペンから降ろしてもらう。
「ここは……なんか見覚えがある気もするけど」
林を抜けた先には、大きな池とその周りには草花が生い茂っており、奥の方には花畑も見える。こんなに綺麗な景色は見たことがないはずなのだが。
「ここは南の領土だよ」
「えっ南……もしかして私が一番最初に浄化した池なの? ここは」
「うん、そうだよ。メイが浄化してくれた池だ。どう?見違えたように綺麗でしょう」
「嘘……信じられない」
あの時はこの池が邪気に侵されており、どす黒く濁っていた。その周りの野原も草花が枯れてただの荒野が広がっているだけの寂しい風景だったのだ。それが今では池には魚の陰影が見え、鳥が水浴びをしている。緑が生い茂り、野原にはカップルや家族連れが遊びに来ている。野原の奥の方には色とりどりの花も咲いている。
これが私の浄化した場所なのか。信じられない。
「メイのおかげでこんなにも美しい景色が戻ったんだよ。君にこの風景を見せたかったんだ。今まで邪気に侵された場所ばかりでこういった美しい景色は見てこ来なかったでしょう。ここ以外にもメイが浄化した場所は次々に元の姿を取り戻しているんだよ」
自分が浄化した場所がこんなにも美しい場所だと知らなかった。いつもどす黒い邪気で侵されていた光景だったから。元の姿を取り戻す前に移動していたから。その後も次の場所へ行く日々で、浄化した後の場所の確認をする余裕もなかった。私はこんな美しい風景を守ってきたんだと思うと誇らしい。今後の浄化にも力が入りそうだ。
私たちは花を踏まないように注意しながら場所を選び、芝生の上にシートを広げ並んで座りお昼を取ることにする。アーノルドが公爵家のシュフに頼んでお弁当を用意してくれていたのである。そして実は私もそのお弁当を作るのを手伝っているのだ。アーノルドに何かしてあげたいと思った私は、早朝に公爵家の厨房を覗ぞくとお弁当を頼まれていることを知り、シュフに直接お願いをして作るのを手伝わせてもらった。
「うん? これは見慣れないものが入っている。何かなこれは」
アーノルドが私が作ったおにぎりを珍しそうに見ている。私が作った唯一のもの。まだ今の私の料理レベルではそれくらいしか作れないから。
「ほら、食べてみようよ。私が先に食べるね」
そう言って先に食べると、彼も恐る恐る口をつける。おにぎりの具材はシュフが作ってくれた唐揚げだ。王道の具材ではないけれど、今回はアーノルドの口に合いそうな物を選んだ。
「どう、美味しかった?」
「うん。塩も効いていてこれはこれで美味しいな。中に唐揚げも入っているのか、ボリュームがあって腹持ちも良さそうだし、旅の野宿の際に持っていくのも良さそうだな」
「良かったぁ」
「……?」
「これ私が朝作ったの。あっ、中の唐揚げはシュフが作ってくれたんだけどね。口に合うか不安だったんだけど良かった」
美味しいと言ってもらえてほっとする。
「これを? メイが作ったの?? もしかしてこれはあちらの世界の食べ物なの?」
「うん、おにぎりって言うんだよ。中に色んな具材を詰めて楽しんだりできるんだけど、今日は食べなれている唐揚げにしてみたんだ」
「そうなのか。メイが作ってくれたと思うと余計に美味しく感じるね。嬉しいよ」
そう言うとさらに1つ、2つと手に取りすべて食べてくれた。もちろんシュフが作ってくれた料理もどれも美味しくって満腹だ。
「たくさん食べたら少し眠たくなっちゃった」
「そうだね。少し休むといいよ」
そういうと私を引き寄せ、頭を膝に乗せてくれる。……これは膝枕をしてくれている!?
「えっ、これ……」
「王様との面会だとか色々あって疲れていると思うから、今日はゆっくり休んで」
そう言い頭を優しく撫ぜてくれる。緊張で眠れないと思っていたのだが、その手の心地良さと柔らかい風に誘われ、私は気づいたら眠ってしまっていた。
「アーノルド……?」
目を覚まして起き上がると、私の上には彼の上着が掛けてある。こういうちょっとしたことにキュンとしてしまう。だがその彼の姿が見当たらない。立ち上がり探そうと踏み出そうとすると、手を振ってこちらに戻ってくる彼の姿が見えた。
「ごめん、花を取りに行っていたんだ」
「花?」
「うん、ちょっと目を瞑ってくれるかな」
そう言われ素直に目を瞑ると、頭にふわっと何かが乗せられ、花の良い香りがする。
「これは……花冠?」
「うん。花冠を作ってみたんだけど上手くできて良かった。やっぱりあの人形より本物の方が可愛らしいよ。他の誰にも見せたくない、俺だけのメイだ」
そう言われて私の頭は真っ赤だろう。彼はさらに私の左手を取り、薬指に口づけを落とす。
「急な婚約でまだ贈り物は用意はできないけど、いつかこの指に似合うものを送るから。今日はこれで勘弁してほしい。メイのことをこれから一生かけて俺が守っていく……だから俺と婚約してください」
「はい……」
私は涙ながらにそう返事をすることしか出来なかった。彼がそっと私のことを抱きしめてくれる。気持ちの良い風が吹き花の匂いが漂う。まるで花畑の中にいるようだ。花と彼の香りを感じながら、この温かいぬくもりを今後も離さないと心に誓う。
その後私たちは公爵家に帰り、その晩私は元の世界に戻っていった。次に彼と会えるのは2週間後、浄化の旅の再開だ。彼との関係が変わってからの旅はどんなものになるのだろうか。何かが変わる気がするし、何も変わらない気もする。
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