第22話 元の世界で

 

 みゆちゃんに相談した翌日、仕事に向かう。今日は4ヶ月に一度の面談の日だから、会社に今後の意向を伝えようと思う。


「それで北山さんは今後どうする予定かな? 親の介護が大変だと聞いていたがその後どうだい?」


「はい。それについてなんですけど、田舎に帰ろうと思って。4か月後の契約は更新せずに退職しようと思います」


 全て嘘の話なのだが、異世界に引越しますとはさすがに言えないので致し方ない。


「そうか、残念だけど仕方ないね。でも仕事を辞めて生活の方は大丈夫なのかい?」


「はい、今までの貯金がありますのでそれで当面の間はなんとかしようと思っています」


「若いのに大変だね。何も力になれなくて申し訳ない。それでは残りの期間はよろしく頼むよ」


 そう言ってあっさりと私の面談は終了した。部署に戻ろうと廊下を歩いていると、営業の榊さんから声を掛けられる。


「お疲れ様。契約更新の面談だったの? 次も更新するんでしょ」


「いや、4か月後の更新はせずに退職しようと思ってるんです」


 榊さんは営業部のリーダー的存在で、みんなからの人気も高い。そして私がいる経理部にもよく顔を出してくれる。こうして時々雑談をするくらいには仲が良いのだ。



「何で? 親の介護で出勤減らしたとは聞いてたけど、それが原因なの?」


「はい、色々あって……」


 視線を下げ、これ以上追求しないでくださいというオーラを出す。大体こうしていると殆どの人は遠慮して深くは聞いてこないのだ。



「そっか、とても残念だな。そうだ、今日の夜空いてる? 退職する前に一緒にご飯行かないか?」


「いえ、そんな気を遣って貰わないで大丈夫ですよ」


「この前俺のミスフォローしてくれただろう。すごい迷惑かけたからそのお詫びとしてならどう?」


「いえ、私は自分の仕事をしただけなのでそんなお詫びとか必要ないです」


「いや、北山さんにも取引先に謝ってもらったりすごい迷惑かけたし、あのフォローがなかったら今頃地方に飛ばされてただろうから本当に感謝してるんだよ。ぜひご馳走させて欲しい。今日がダメなら他の空いている日でも大丈夫だから」


 確かにあの日は色んな関係先に謝りの電話をして大変だった。榊さんの勢いに負けて、私はそう言うならと食事に行くのを了承してしまった。もし話の流れに乗れたら、アーノルドとのことを男性目線で話を聞きたいというのもあったのだ。……これって浮気にはならないよね?





 退勤後、乗り換えで使ってる駅で待ち合わせる。榊さんは営業先から直帰でこちらに向かってくるそうだ。しばらく待っていると走ってこちらに向かってくる姿が見えた。


「ごめん! お待たせ!! それじゃあ行こうか。あっちに良い店があるんだ」


 そう言われて榊さんオススメのバルに案内してくれる。こういった店に不慣れな私はお酒だけ選ぶとあとは榊さんのオススメでメニューは決めてもらう。


「それでは乾杯〜! この前はフォローありがとう」


「いえいえ、そんな対したことはしてないので」


「ううん、すごく助かったよ。北山さんが居てくれて良かった」


 そう言われてびっくりした。私みたいな派遣社員でも居てくれて良かったって思ってくれる人が居たんだと思うとこれまで頑張ってきたかいもある。


 榊さんはさすが営業といった感じでとても話し上手だ。部長や部下等の私でも分かる人のことを面白おかしく話してくれて、思ったよりも楽しい時間を過ごせている。


「それで、何で退職しちゃうの? 親の介護が理由?」


「それもあるんですけど、田舎に引っ越そうかと思っていて」


「そうなんだ。てっきり寿退社でもするのかと思ってショックだったんだ」


 何でショックを受けるのかと首を傾げる。私は榊さんとそんなに接点はなかったのだが。


「田舎に引っ越しても大変なのは変わらないと思うけど、支えてくれる人はいるの?」


「はい。大丈夫です」


「そうなんだ……それは恋人とか?」


「……はい。付き合い始めたばかりなんですけど、とても頼りにしてるんです」


 これはアーノルドのことを相談出来る流れじゃないかな? どう話そうと1人ドキドキしていると、榊さんからため息が聞こえる。


「はあぁ。俺北山さんのこと良いなって思ってたんだけど残念だな」


「えっ!? 私ですか? 冗談ですよね?」


「冗談じゃないよ。本気で狙ってたけど、北山さんいつもすぐ帰っちゃうし、会社の飲み会とか休みの日のバーベキューとかも全然来ないからなかなか近づけなくて」


 確かに私は人付き合い悪いかったと自覚している。休みの日は異世界にいるのでもちろん参加出来ないし、仕事の日も節約の為に夜は家で食べるようにしていた。


「それは気づきませんでした……すみません」


「いや、俺が遅かっただけだ。ちなみにいつから付き合ってるの?」


「3ヶ月前くらいからです」


「うわ、最近じゃん。もう少し早く声掛けてれば俺にも可能性あったかな〜」


 早くても可能性はなかったのだが、流石に口にしない。異性からの告白はアーノルド以外は初めてなので顔が赤くなってしまう。


「その……ごめんなさい」


「いや、良いんだよ。ちなみにその彼と田舎に引っ越すの?」


「はい……一応将来の約束をしていて。私も一緒に住む予定になると思います」


「3ヶ月でもうそんな話になってるって大丈夫? 仕事も辞めるって結構大きな決断だと思うけど。騙されていない?」


 確かに交際1日で婚約となってしまったが、彼の人となりは分かった上でのことだ。別に問題はないけど、他人から見たら確かに驚くかも知れない。


「付き合ってからは3ヶ月ですけど、以前からの知り合いなんです。だから騙されてるとかはないですよ」


「それでも友人と恋人は違うだろう? そんな急に仕事辞めて一緒に住むってなると問題も出てくると思うよ。もしそれで別れたらどうするの? 恋人も職も住む場所も一気に失うかも知れないんだよ」


 確かに恋人になった瞬間にこんなに悩むとは思わなかった。もっと幸せいっぱいな生活を想像していたのに。でも万が一別れたとしても国からの補償があるから私は行き倒れにはならない。


「別に大丈夫です。万が一別れたとしても向こうでの働き口は確保しているので。心配してくれてありがとうございます」


「……そう、それなら良いけど。お幸せにね。もし彼と上手く行かなくなったらいつでも俺は待ってるからね」


 そう言って優しく笑ってくれる。その笑顔が一瞬アーノルドの表情と重なる。もしこっちの世界で榊さんと付き合っていたのなら、こんなに色々悩むこともなく幸せになれただろうか。聖女としてではなく、普通の女性として幸せになれたのじゃないか、そんなことをふと考えてしまう自分が嫌になる。



 結局アーノルドとのことは相談出来ずに別れを告げた。次から会社で会うのが少し気まずいが、あと半年だと思えばなんとかなるだろう。






「今日は珍しく遅かったね。外食してくるなんて滅多にないから驚いちゃった」


 家に帰るとみゆちゃんが迎え入れてくれる。


「うん、営業の人からこの前の時のお詫びにってご馳走になったんだけど……なんか告白みたいなこと言われた」


「告白!? めいにもとうとうモテ期が来たの!?」


「そんなんじゃないよ。きっと私なら簡単に落とせそうとか思ってただけだよきっと」


「何でめいは恋愛に関してそんなにマイナス思考なのかしら。そんなことないかも知れないのに」


 小学生の頃から男の子に孤児であることを揶揄われてきたのが原因で、今でも男の人のことをあまり信用出来ないのだ。私が信用出来るのはアーノルドのみ!


「私にはアーノルドが居るから良いんだもん」


 うん、やっぱり私には彼しか居ない。少しスキンシップがないくらい気にすることじゃない!そう気持ちを切り替えたはずだった。

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