第5話 街歩き

 

「わぁ! 街ってこんな雰囲気なのね!! とっても素敵」


 今までの宿は街道沿いにある旅人の為の簡素な宿が多かったから、街に出るとこんなにも違うのかと驚く。


 表通りは1階建の小さなお店が連なっており、路地を見るとそこでは露店が並んでいる。そっちはそれぞれ手作りの装飾品やら衣類やらを売っているようだ。

 店の外装も一つ一つが個性的で可愛らしい。パステルカラーの壁に星やら花やらの絵が描かれた建物が並んでおり、元の世界だったらインスタ映えスポットとして流行りそうだ。


「ここの街は湖と合わせて観光スポットとなっていたからね。他の街とは少し雰囲気が違うよ」




 暫く建物を眺めながら歩いていくと、その中の1つのお店に案内してくれる。


「ここがマーサが教えてくれた服屋だ」


 さすがマーサ。先回りして情報を流してくれたらしい。


 服屋に入ると女性向けの可愛らしいワンピースが並んでいる。

 この国では未婚の女性はワンピースを着るそうだ。


 店員さんは他のお客さんを相手にしているので、ゆっくりと服を見る。


「どう? 気に入ったのは見つかりそう?」


「うーーん、どうしよう。この国の流行が分からないから何を選べば良いか分からないの」


 流行りに乗りたい訳じゃないが、やはりせっかくなら可愛いと思われる物を選びたい。


「俺も流行りには詳しくないけど、見る限りこの店ならどれを選んでも大丈夫だと思う。好きな物を選んだら良いと思うよ」


「うーーん、悩んじゃう。アーノルドはどんなものが好み?」


「俺は派手なのは苦手かな。刺繍も大きめな物より小ぶりなものの方が好き……かな」


 そう聞き、好みに合いそうなワンピースを探す。その様子をアーノルドは後ろから静かに見守ってくれる。


「うーーん、こっちの青いワンピースと緑のワンピースどっちが良いと思う?」


 そう言って私が手に取ったのは、青い花柄のワンピース。青といってもアクアマリンのような青でとても爽やかだ。裾の部分に花の刺繍がアクセントになっている。そしてもう一つが、白から緑へのグラデーションになっているもの。こちらはグラデーションの部分に蔦と小花がスカート全体に刺繍されており、これも可愛らしい。


「試着も出来るみたいだよ。試着したらどう?」


「うん、着てみる!」


 そうして試着した様子もアーノルドに見てもらう。


「どっちがよかった?」


「俺は今着ているその緑のワンピースの方が好みだな」


「じゃあこっちにしよう! 元の服に着替えてくるからちょっと待ってて!」


「いや、そのまま着ていこう。せっかくの休みなんだから自分で選んだ服を着たいだろう? ちょっと待ってて」


 アーノルド様はそう言うと、店員に話しかけている。暫くすると店員が値札を切ってくれ、ワンピースに合う緑がかった丸い靴も持ってきて試してみるように言われる。


 持ってきてくれた靴は私の足にピッタリで、着ていた服と靴を紙袋にしまわれてしまう。


「じゃあお昼を食べに行こうか」


「えっ、支払いはまだ……」


「支払いなら先にしているから安心して。今日の記念に俺からのプレゼント」


「そんな! 休みに付き合ってもらってるのに悪いよ」


「気にしない気にしない。ほら早く行かないと定食屋が並んじゃうから」


 そう言って先を行ってしまうので慌てて追いかける。気づけば服が入った紙袋も持ってくれている。本物のデートのようだ。







 服屋から数軒先にある定食屋に入る。定食屋と言っているが、夜はバーとなるらしくカウンター席もあるし内装がお洒落だ。定食屋と聞いていたので店の雰囲気は期待していなかったのだが、これは予想外でテンションも上がる。丸いテーブルの4人掛けの席に案内され、アーノルドは私の隣に座る。何かあった時守りやすいようにといつもこの配置なのだが、私服なせいか普段より緊張してしまう。


 アーノルドはすぐその日のオススメメニューに決めてしまう。私は何にするか迷ってしまう。メニュー表を見ても、どんな物か想像つかない料理名もいくつかある。初のデートに失敗はしたくない為、料理名から私でも食べれそうな無難な物を選ぶことにする。


「うーーん、どうしようかな」


「どれで悩んでる?」


「このヤム肉の香味焼きと、チーズと自家製ベーコンの包み焼きで悩んでるの。どっちも美味しそう」


 ヤム肉というのは元の世界でいうラム肉と似ているものだ。大体は元の世界と似通っているのだが、時々こうしたこの世界特有の食べ物がある。


「じゃあせっかくなら両方頼もう。食べきれない分を俺が食べるから安心して」


「良いの? それならお言葉に甘えて」


 アーノルドは結構な大食いである。騎士として鍛えている分沢山食べるのだろう。だから遠慮なく注文させてもらう。





 頼んだ品が届くと早速食べ始める。サラダとスープ、パンもつき結構ボリューミーだ。私はメイン料理をナイフで半分に切ると取り皿に乗せ、残り半分はアーノルドに渡す。半分ずつなら私でもなんとか食べられそうだ。


「うん、美味しい! 元の世界より味付けがスパイシーだけど私は好き!」


「なら良かった。こっちの料理も食べる?」


 そう言うとアーノルドが頼んでいた今日のオススメ、牛肉の煮込みをスプーンごと差し出してくれる。


 パクッ

「うん、こっちはハーブを使ってるのかしら。お肉が柔らかくて美味しい」


 そうやって食べさせてもらっていたら水を注ぎにきた店員に揶揄われてしまった。


「お二人とも仲が良いんですね。羨ましいです」


 もしかして私たちはお店の中で"あーーん"を繰り広げていたのじゃないか。普段私が自分で食べる気力も無い時に、アーノルドがお粥を口まで運んでくれるのに慣れてしまってなんとも思わなかったが、他人から指摘されると急激に恥ずかしくなる。私たちは2人して真っ赤な顔で暫く無言で食べたのであった。






「美味しかった。普段のお粥とは違って料理は結構スパイシーなのね」


「あぁ。さすがにお粥をスパイシーにすることはないからね。あとはこのノイス領は特に香辛料が名産品だから他の地域よりスパイシーかな」


「そっかぁ。他の地域の料理も食べてみたいなぁ」


「これから沢山食べれるさ。そうしたらしばらく街をぶらぶらしようか。気になった店があったら入って、お腹が空いて来たら甘い物を食べよう」


 そう言ってアーノルドが歩き始め、私もそれに着いて行く。定食屋のお会計もいつの間にか済まされていた。私はこっちの世界のお金をちゃんと持ってきたのに払わせてもらえなかった。アーノルドは私を甘やかし過ぎるのだ。

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