第4話 近づけたい距離

 

「どうしよう。街へ行くのに服がないわ」


 いつもは聖女の制服として、国から頂いた白のワンピースを着ている。聖女のイメージを大切に作られたそうで、最初は着るのも躊躇われた純真といった感じの可憐なワンピースだ。




「大丈夫ですよ。私の服をお貸しします。ちょうど背丈も同じくらいなので問題ないと思いますよ」


「ありがとう! 本当に助かる!」


「ふふ、今日街へ行く服も買ったら如何ですか? 今後必要になるかも知らないし」


 そう言ってマーサが貸してくれたのはブルーの花柄のワンピースに薄手の白いカーディガン。少し可愛らし過ぎるかなと思ったけど、マーサが似合ってると褒めてくれるので、その言葉を信じることにする。


 確かに今後3日目を迎えることになるなら服もあったほうが良い気がする。それにせっかく買うならアーノルドの好みを抑えたものにしたいな。



「化粧と髪型も整えるましょうね。せっかくのアーノルドとのデートなんですから」


「っ! デートじゃないわよ! 街案内をしてくれるだけなんだから!」


「ふふ、そんなに照れなくても分かっています。3年間も一緒に過ごしてるんですから。メイ様の気持ちに気付いてないのなんてアーノルド様くらいですよ」



「え、嘘。そうだったの……?」


 私はみんなには隠し通せていると思っていたのに。アーノルド以外みんなって、恥ずかし過ぎる……。本人にバレていないだけマシだろうか。



「もういつ告白するのだろうかとみんな悶々としていたんですよ。メイ様はいつもフラフラになるまで力を使って下さるので、なかなか進展する気配もないし、アーノルドはあんな感じですし。だから今回のチャンスものにしましょう!」


「ものにするって! 私そんなつもりはないからね。アーノルドのことは確かに好きだけど見てるだけで良いんだから!」


「見てるだけなんて勿体ないですよ! せっかく近くにいるのに。せめて今日は触れて下さい」


 そう冗談めかして言われてしまう。

 その後マーサに化粧を薄くしてもらい、町娘風のワンピースと帽子を借りた。


「メイ様の髪色は少し目立ちますので編み込んで帽子の中に入れさせてもらいますね。極力帽子は取らないでくださいね」


「この国はほとんど金髪か茶髪だもんね。分かったわ」


「アーノルドがいれば大丈夫だとは思いますが、怪しい人には着いていかないでくださいね」


「大丈夫よ子供じゃないんだから」


「街に出かけるのが初めてなんて子供と同じですよ。とにかくアーノルドと手でも繋いではぐれないでください!」


 何度も念を押すマーサに頷き、玄関に向かう。このワンピースを見てアーノルドは可愛いと思ってくれるだろうか。







 すごい、かっこいい!!

 玄関に着くとアーノルドが既に待っていた。

 いつもの騎士服とは違い、今日は白い綿のシャツ、下は茶色のパンツに同じ色のサスペンダーで止めている。シンプルな服装なのだが、素材が良すぎてかっこいい。こんなにサスペンダーが似合う男性がいるだろうか、いや居ない!! ボタンを2つほど外し、鎖骨が隙間からちらりと見えており、それが色気も醸し出している。

 そして180cm近い長身の彼が、壁に寄りかかり少し物思いにふけっているのも大変絵になる。この瞬間をぜひ写メに撮りたい。スマホがこの世界にないことが本当に悔やまれる。





 そう見惚れて立ち止まっていると、こちらに気づいたアーノルドが私の目の前に来てくれる。


「そんな所に立ち止まって、もしかして俺に見惚れてましたか?」


 そういたずらな笑顔で尋ねられてしまう。


「なっ! 違っ!」


 恥ずかしくなり、下を向いてしまう。やはり彼にも私の気持ちはバレバレなのだろうか。



 ぐいっ。

 顔を上げられずにいると、頬にアーノルドの手が触れ上をむかされる。キスされるのだろうかと思ってしまうほど近い距離で、彼のエメラルドグリーンの瞳に見つめられ、もうドキドキが止まらない。



「嘘です。俺がメイ様に見惚れていたんです。よく顔を見せてください。……いつもの聖女の格好もとても可愛らしいですけど、そういう服もお似合いですね。そのワンピースもメイ様の雰囲気に良くあっています」


 呼吸をするのも忘れるくらいドキドキし過ぎて酸欠になりそうだ。

 アーノルドが離れていき、やっと空気が肺に入っていくのを感じる。





 ポンポン

「髪も結いているのですね。いつもは結んでいないのでその髪型も新鮮です。変な虫がつかないよう、俺の前以外では帽子を取ったらダメですよ。では行きましょうか」


 そう言って私の頭を撫でると、持ち上げた帽子を元に戻してくれる。彼の連続攻撃に私のライフは0になった……私の心臓は無事今日一日耐えられることが出来るのだろうか。




 ◇





 2人で並んで歩く。私はさっきのドキドキが収まらず、上手く会話をすることが出来ないでいると、アーノルドの方から話しかけてくれる。



「今朝はすみませんでした。3日目の朝は俺が念のため毎回確認に入っていてるんですけど……まさか居るとは思わず返事を待たずに入ってしまいました。ですが俺は何も見ていません」


 そういう顔が少し赤いのは気のせいだろうか。

 街まで少し歩くそうなのだが、せっかくのデートなのに朝の失態を思い出してしまった。私は無かったことにしたいのに! さっきまでドキドキしていた気持ちもお陰で少し冷めていく。


「今朝のことは忘れて。私も忘れる……」


 気分も少し落ちてしまう。もっと淑やかに寝ていたかった。次回からはワンピースタイプのパジャマはよそう。





「メイ様はどこか行きたいところはありますか?」


 気まずい空気をかんじたのか、話題を変えてくれる。こういう気遣いをしてくれるところも好きなのだ。しかし今日はもっと距離を縮めていきたい。


「それより今日は休みだから、気を遣わないで欲しいな。私のこともメイと呼んで! 敬語もなしにしてよ。アーノルドも休日でしょ?」


 アーノルドは私よりも3つ年上なのだが、普段は私に対して敬語を使うのだ。私のことをメイと呼び、敬語を使わないのはライザーくらいだ。



「メイ……と呼んでよろしいのですか?」


「うん、敬語もなしで! いつもみんなと話してるように私にも話して欲しいな」


 私以外には砕けた感じで話しているのを知っている。それを見てちょっぴり羨ましかったのだ。


「……なるべく努力します」


「嬉しい! 今日は服を買いに行きたいの。聖女の服とパジャマ以外持ってないから普通の私服が欲しいんだよね。あとはこの街のご飯と甘いものも食べたい!」


 やっとこの世界の地元の物を食べれるのだ!出来るだけ今日は食べたい!


「確かに普段は食べられないからね。じゃあ服屋を見た後に定食屋で良いかな? ここの街には2、3日滞在していたから評判の定食屋を案内出来るよ」


「うん! ありがとう」


 さっそくアーノルドに着いて歩き始める。今拳一つ分開いているこの距離を縮めることは出来るのだろうか。


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