第30話 水晶玉チャレンジ ―後編―

「よーし! これだけ飛べるようになれば、あとは水晶玉チャレンジするだけだな! 残り三ヶ月。やるぞー!」

 

 ヒカリは水晶玉チャレンジのスタート地点である河原で、気合いを入れた。


「まずは、水晶玉を探さないとな」


 ヒカリはほうきに乗り森の中へ入っていく。


「おっと! 危ない! ぶつかるとこだった。このスピードで飛んでてもぶつかりそうになるのに、エドはどんだけすごいのよ。……でも、私もできるようにならなきゃ! いてっ!」


 ヒカリは森の中で飛ぶ難しさを痛感した。


 それからヒカリは、三日ほどかけて水晶玉の位置を確認し、それを示したマップを作ってみた。


「えっと、水晶玉の場所は把握した。紙にも書いてみたけど……。とにかくすごい広範囲。それに、木の上にあったり根元にあったり。こりゃ大変だな」


 ヒカリはマップを見ながらつぶやく。最短ルートはわかったのだが、もっと短時間でゴールできる方法はないかと考える。だが、少し考えてみても、なかなか思い浮かばない。


「とにかく繰り返そう! 何度も何度もやってみて、コースを体に染み込ませなきゃ!」


 ヒカリは力強くそう言って水晶玉チャレンジを開始した。




 それから、ヒカリは何度も何度も挑戦した。雨の日も、風の日も。体中たくさんぶつけたり擦りむいたりしても、その度に必ず立ち上がり挑戦し続けてきた。魔女になりたいという強い思いがあるからこそ、どれだけ体が痛くても諦めるわけにはいかない。


 だが、一向にタイムは縮まらないまま、期限の一週間前になってしまった。この日もヒカリは何時間もの間、挑戦し続けていた。


「……くそっ。…………あと、一週間しかないのにタイムが二十分すら切れない。…………くそっ! もう一回! ……いっ」


 ヒカリはとにかく歯がゆかった。そして、ほうきを握っている自分の手を見ると、その部分が血まみれになっていることに気づいた。


「はぁ……。はぁ……。はぁ……」


 ヒカリは自分の血まみれになった手を見ながら呼吸を整える。すると、急に雨が降り始めた。タイムが縮まらない歯がゆさ、体中の痛み、それをあざ笑うかのような雨、びしょ濡れになる体。ヒカリの気持ちはだんだんと暗くなっていく。


「…………くそっ!」


 ヒカリはその言葉を発することで、自分の嫌な気持ちを発散したかった。だが、発散されない。


「諦めるのか?」


 エドは落ち着いた口調で問いかける。ヒカリは言葉が出ない。


「なぁ。…………あと一ヶ月くらい期限を延ばすか?」


 エドはそう言った。ヒカリはその言葉を聞いて、一気に頭に血がのぼった。


「バカにしないで!」


 ヒカリはエドを睨みつけながら怒鳴った。エドはじっとヒカリを見ていた。


「たしかに、こんだけ、こんだけ、頑張っても、全然タイムも縮まらないよ! こんなに、こんなに、こんなに、頑張ったのに! 全身痛くてボロボロだし! 本当に苦しい状態だと思うけどさ! それでも! 期限の延長なんてしないよ! ここで甘えが出たら魔女試験なんて受かりっこないから! ちゃんと覚悟したんだよ! 自分の人生懸けてでも魔女になるって!」


 ヒカリは下を向き、自分の中にある感情を力強く吐き出した。少しだけ沈黙が流れた後、ヒカリはゆっくりとエドの顔を見た。


「それに、エドが設定した期限を守れないんじゃ、そもそも魔女になれっこないしね。だから……。自分が本気でなりたいものだから! 痛くても、辛くても、悔しくても、絶対に諦めない!」


 ヒカリは真剣な表情でエドに伝えた。エドは何も言わなかった。


「もう一回やる!」


 ヒカリはそう言って修行を再開した。




 それから、何度か練習した後、ヒカリは木に寄りかかりながら座って休憩していた。気がつくと雨も止み、気持ちの良い青空が見えてきた。


「はぁ……。くそっ」


 ヒカリはどうやったらタイムが縮まるのかを考えていた。


「こんにちは」


 声が聞こえてきたので、ヒカリはゆっくりと左を見た。すると、そこにはシェリーが立っていた。


「…………こんにちは」


 ヒカリはシェリーから目をそらして挨拶を返した。ヒカリはすごく疲れていてイライラしている状態だったので、正直シェリーといえども、今は関わるのが面倒くさかった。


「どう? 調子は?」


 シェリーはヒカリに問いかけた。


「…………あまり」


 ヒカリはシェリーに対して、少しだけうっとおしいと思いながら返事をした。今は修行が忙しいのでシェリーとの会話に割く時間はない。だけども、シェリーは優しい表情でずっとヒカリを見つめている。それから沈黙が続いた。


 ヒカリはシェリーを見てはいないが、シェリーがずっと見つめていることがなんとなくわかった。もしかすると、自分を心配しているのかもしれないと思い始め、少しだけ自分の話を聞いてもらおうと思った。


「……なかなか上手に飛べなくて。どうやったらエドみたいに速く飛べるようになるのか、わかんなくて」


 ヒカリはシェリーとは視線を合わせずに、下を向きながら言った。


「うーん。……例えば、飛んでいる時に、ヒカリちゃんが感じている障害ってなんだろうね」


 シェリーは落ち着いた口調で言った。


「……空気抵抗。……いや、木が邪魔」


 ヒカリは素直に思ったことを伝える。


「じゃ、それを無くせば、もっと速く飛べるんじゃない?」


 シェリーはそう言った。


「空気抵抗が無くて、木が邪魔することも無い、さすがにそんなの条件良すぎですよ」


 ヒカリは苦笑いしながら言う。


「そうじゃないわ。……空気や木、そういった全ての自然をヒカリちゃんの味方にしたらいいのよ」


 シェリーは優しい口調で話す。


「なんですかそれ。意味わかりません」


 ヒカリは素直に思ったことを言ってしまった。


「自然に逆らってはダメ。自然に身をまかせ、風に舞う木の葉のように飛ぶの。飛ぶ時に感じる抵抗は、全て自然に逆らったから生まれるもの。いくら魔法が使えても自然の力には敵わないからね」


 シェリーは落ち着いた口調でそう言った。ヒカリはシェリーが何を言っているのかがわからず、黙ってしまう。


「じゃあね。頑張ってね」


 シェリーはそう言って去っていった。


 シェリーが去った後、ヒカリはシェリーの言葉を思い返した。もしかすると、シェリーはすごく大事なことを伝えてくれていたのかもしれない。だけど、自然に逆らわないなんて無理に決まっているし、言い方は悪いけど理想ばかり言っているような気がする。


 ただ、シェリーの言っていることを素直に信じることができたならば、もしかしたら本当に速く飛べるのかもしれない。とはいえ、自然に逆らわないとはどういうことなのだろうか。


 もっと深く考えようと思ったのだが、ヒカリの頭にはそれを考えるだけの力が残っていなかった。シェリーには申し訳ないが、そのことを考えるのは後回しにさせてもらって、今はコースを繰り返して、タイムを縮めていくことにしよう。


「もう一回、挑戦してみるか」


 ヒカリは立ち上がりながらそう言った。


「よーし。……やるぞ!」


 ヒカリは気持ちを高めて、再び水晶玉チャレンジを始めた。


 飛び立ったヒカリだが、自分で後回しにしたシェリーの言葉が、頭から離れていなかった。気がつくと、それを考えながら飛んでいた。


 ヒカリは木の上の水晶玉に触れて、下の方に戻る動作をしようとした時に、空中に舞う木の葉を見てあることに気づく。


「この葉っぱ……。そっか、そこに風が流れているのか」


 ヒカリは木の葉の動きに合わせて飛んでみた。すると、まるで風の道に乗って流されているかのように、面白いほど速く飛べた。


「ふふ。なにこれ。気持ちがいい。これが風の流れなんだ。木にぶつからないギリギリのところを飛んでいける」


 ヒカリはあまりにも気持ちが良かったので、楽しくなり笑ってしまう。次の水晶玉は、いつも触れた後、方向転換に時間がかかってしまう厄介なポイントだ。しかし、ヒカリはここでもあるものに気がついた。


「あの太い枝。もしかして」


 ヒカリはそう言って水晶玉に触れた後、その近くにある太い枝をバネにし方向転換をした。すると、減速することなく、むしろ加速して次の地点へ向かうことができた。


「やっぱり! へへ。楽しい」


 ヒカリは気持ちよく飛ぶことができて、とにかく嬉しかった。最近はずっと飛ぶことを楽しいなんて思えていなかったから。その後も今までとは違い、自然をフルに活用してゴールした。


「八分! やったー! あと少しだ! ふふ。自然に逆らわない。シェリーさんの言うとおりだ。すごく気持ちが良かった。……よし! 目標の五分を切れるように頑張ろう!」


 ヒカリはタイムを大幅に縮めることができて、とにかく嬉しかった。そして、元気を取り戻したヒカリは、五分を切れるように毎日夜遅くまで挑戦を続けた。






 水晶玉チャレンジのタイムリミットの日。ヒカリはいつもの河原にある少し大きめの岩に、片足だけ体育座りをした姿勢でエドを待っていた。


「おはよう。どうだ調子は?」


 エドはヒカリに声をかけた。ヒカリは後ろから来たエドの方を向く。


「ふふ! 絶好調!」


 ヒカリは笑顔でそう言うとその岩から降りた。


「ふーん。じゃ、見せてもらおうかな!」


 エドは元気よく言う。


「おし!」


 ヒカリは気合いを入れた後、エドにストップウォッチを渡し、ほうきにまたがった。


「いつでもいいよ」


 ヒカリは目を閉じて言った。


「じゃ、いくぞ。……よーい。……ドン!」

「っしゃあああああ!」


 エドが合図を出した途端、ヒカリは大きな声を出しながら猛スピードで森に突っ込んだ。


 それからヒカリは、全ての自然に体を預けて飛んでいく。それが毎回決まった飛び方ではないのは、自然が変わりゆくものだからなのだろう。今となっては、自然に逆らっていた頃の自分が理解できない。なぜなら今は、自然は人が信じていれば、必ず応えてくれるとわかっているからだ。ヒカリはそんなことを考えながら清々しく飛んでいった。


 そして、ヒカリはあっという間に全ての水晶玉に触れて河原に戻ってきた。


「えっ! もう戻ってくんの?」


 エドはすごく驚いていた。そんなにもいい結果なのだろうか。ヒカリがゴールすると、エドはストップウォッチを見て固まっていた。


「……三分四十六秒」


 エドは戸惑っているような様子だった。


「へへ! どうだ!」


 ヒカリは満面の笑みを浮かべながら、胸を張って言った。


「えっ? ほ、本当に、お前ヒカリなのか?」


 エドはすごく驚いていた。


「当たり前でしょ! もう、コツを掴めばこんなもんよ!」


 ヒカリはこうやってエドが驚いてくれる結果を得られて、素直に嬉しかった。


「いや、それにしても、俺よりも速いって……」


 エドはまだ驚いたままだった。


「これでオッケーだね! エド!」


 ヒカリは笑顔で言う。


「…………あぁ。これで合格だ」


 エドは優しい笑みを浮かべてそう言った。


「やったー!」


 ヒカリは思いっきり喜んだ。


 こうしてヒカリは、無事に余裕で空を飛ぶ修行をクリアしたのだった。

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