第21話 二人の魔女試験 ―前編―

 魔女試験当日の早朝、ヒカリはシホと一緒に会社の玄関の前で、ローブ姿に着替えてマリーを待っていた。


「おはよう」


 マリーが目の前にローブ姿で突然現れる。


「おはようございます!」


 ヒカリとシホは挨拶をする。


「昨日はちゃんと眠れた?」


 マリーは笑顔で問いかける。


「ある程度は眠れました」


 ヒカリは少し苦笑いしながらそう言った。


「私もそれなりに」


 シホも同じような表情で言う。


「少しは眠れたならよかった。……さて、今日はいよいよ魔女試験当日だ! 覚悟はできてる? ……なんて聞かない」


 マリーがそう言うと目の前に光が放たれた。その後、目の前の光が消えると、高い塀に囲まれた大きな館の前に立っていた。


「うわー! すっごい大きな館!」


 ヒカリは思わず声に出してしまった。


「シホは去年も来たことあるからわかると思うけど、ここが試験会場だ。魔法界一の魔女と呼ばれている『呪いの魔女』が住んでいる館で、魔女試験の合否は全てそいつが握っている。それと、この館には、魔女見習いとその責任者一人だけしか入ることができない。だから、会社の仲間も応援に来れないのが少し残念なところかな。今日はここに世界中の魔女見習いが集まってくる、とはいえ、ほんの少人数しかいないんだけどね」


 マリーはヒカリに説明した。


「そうなんですね」


 ヒカリはうなずきながら返事をする。


「それじゃ、入るよ!」


 マリーは力強く言った。


「はい!」


 ヒカリとシホは元気よく返事をして、館に足を踏み入れる。



 

 マリーの後をついていき、館の大きな玄関を通ると大広間に到着した。ものすごく高い天井と左右両側に設置されている幅の広い階段、壁にはいくつもの絵画が飾られている。


「なんか、すごいとこに来ちゃったみたい……」


 ヒカリは見慣れない雰囲気の建物に緊張した。ふとシホの方を見ると、あまり緊張していない様子だった。大広間には自分達以外にも、魔女見習いが七人ほどいるようだ。


「時間だな」


 マリーはつぶやいた。


「え?」


 ヒカリはマリーがつぶやいたのが気になりマリーを見ると、階段を上がったところにある大きな扉をじっと見ていたので、ヒカリもその扉に視線をおいた。すると、なんだか不気味な声が聞こえてきた。


「……ひっひっひっ! 人間臭い」


 扉の奥から不気味な声が聞こえた後、扉が開きローブ姿のお婆さんが出てきた。


「集まったようだね」


 ローブ姿のお婆さんは二階の手すりまで寄るとそう言った。


「あれが、呪いの魔女だ」


 マリーはヒカリに伝えた。


「魔女試験を始めるかい」


 呪いの魔女は不気味な笑みを浮かべながらそう言った。ヒカリは一瞬で呪いの魔女に対して恐怖心を抱いてしまった。誰がどう見ても恐ろしい形相で、マリーもシホも気を抜くことなく構えている。大広間にいた全員の空気感が警戒態勢に変わり、ヒカリも同じように警戒した。


「シホさん、呪いの魔女って、すごい怖いですね」


 ヒカリはシホに話しかけた。


「そうね……」


 シホは軽く返事をした。


「あいつは本当に恐ろしく危険な魔女だからね」


 マリーはそうつぶやいた。ヒカリは恐ろしすぎて言葉を失う。


「……八、九。ふふふ。九人かい。……じゃあ今回は、三つの試験で終わりにするかな」


 呪いの魔女は大広間を見ながらそう言った。


「三つの試験!」


 シホは驚いた様子でそう言った。


「えっ? どういうことですか?」


 ヒカリはシホに問いかける。


「去年は、二つの試験で合否を判定したんだけど、今回は三つの試験、つまり三次試験まであるってことみたい!」


 シホは少し大きな声で言った。


「そこのお嬢ちゃんが言うとおり」


 呪いの魔女はシホを見ながらそう言った。


「じゃ、人間だけ残して、魔法使いはこの部屋から出ていきな!」


 呪いの魔女は力強くそう言った。ヒカリは少し震えながらマリーを見ると、マリーは呪いの魔女を睨んでいた。すると、呪いの魔女もマリーの視線に気づいたようだった。


「ほれ? そっちの部屋で茶でも飲みながら待ってなさい。……ひっひっひっ!」


 呪いの魔女はマリーをあざ笑うかのようにそう言った。


「……私は、お前なんかを信じられない」


 マリーは恐ろしい呪いの魔女に対して、引きもせず言い放った。


「……お前だと? あぁーー! いつからそんな口を利けるようになったんだい! マアアリイイイイイイイイイイイイ!」


 呪いの魔女は、この世の物とは思えないほどの恐ろしい形相でそう言った。ヒカリは呪いの魔女が怖すぎて、震えてしまい座り込んでしまう。少しの間、沈黙が続いたのでヒカリはマリーを見ると、マリーはまだ呪いの魔女に対して、睨みつけた状態で堂々と立っていた。


「……ふっ。ひっひっひっ! はっはっはっ! ……あぁー。心配するな。命までは取らないよ。…………たぶんな」


 呪いの魔女は大声で笑った後、不気味な笑みを浮かべながらそう言った。


「もしものことがあった時は、私がお前を殺す!」


 マリーは呪いの魔女に対して強気で言う。


「ひっひっひっ! ……わかったよ」


 呪いの魔女がそう言うと、マリーは大広間の隣の部屋に入っていった。大広間には魔女見習いだけが取り残され、他の魔女見習い達は少しざわついているようだった。


「これから、一次試験を開始する。……と、その前に。……死にたくない人は帰りなさい。……十分だけ考える時間をあげるよ。もし、出ていくならその間に出ていきなさい」


 呪いの魔女はそう言って、大広間二階の奥の部屋に入っていった。大広間に残った他の魔女見習い達がざわつき始める。


「ちょっと、どうする? さすがにやばいよね。死にたくないわよ。別に魔女になるのに命かけたくないし……」


 周りの魔女見習い達が話している不安そうな話が聞こえてくる。


「えっと……。シホさん……」


 ヒカリは周りの魔女見習い達が相談しているのを見て、自分もシホに相談しようと話しかけた。しかし、シホは返事をせずにじっと立っていた。その時ヒカリは、自分にとってすごく大事な時まで、誰かに頼ってしまっていることに気づいた。シホも自分で考えて選択しようとしているのだろう。だからこそ、ヒカリも自分で考えないといけないと強く思い、シホとの相談をやめた。すると、数人の魔女見習い達が大広間から出ていくのが見えた。


「……んー。ネガティブになっちゃだめだ。……とにかく、ポジティブにいこう」


 ヒカリは小さい声でつぶやく。その後、心の中で『きっと大丈夫だ』と何度も何度も言い聞かせ続けた。ふと、周りを見渡すと残っている魔女見習いはヒカリとシホを合わせて五人だった。だけど、やはり余計なことは考えないようにして、とにかく逃げたくなる気持ちを抑えることだけに集中しよう。


「ふー。……ヒカリちゃん、この状況、めちゃくちゃ怖いね」


 シホは体に力が入った状態で固まりながら、ヒカリに話しかけてきた。


「はい。怖すぎて、気を抜くとすぐに逃げ出したくなります」


 ヒカリもシホと同じく、体に力が入った状態で固まりながら言う。


「でも、今日のために、ずっと死ぬ気で頑張ってきたからさ。私、意地でも引き下がれないよ」


 シホは少し涙目になりながらも、真剣な表情で力強くそう言った。


「……そうですよね」


 ヒカリは小さくうなずいた。




 それから二分ほど経った時、大広間二階の奥の部屋から呪いの魔女が戻ってきた。


「ひっひっひっ! 時間だね」


 呪いの魔女は、相変わらず不気味な笑みを浮かべながらそう言った。


「さて、ここに残っている子たちは、死ぬ覚悟はできているってことでいいかい?」


 呪いの魔女はそう言った。しかし、呪いの魔女が怖すぎるからか、誰も返事をしなかった。


「……ふふ。……はい、一次試験終了」


 呪いの魔女がそう言うと、魔女見習い達はみんな驚いている様子だった。


「次は三十分後に開始する」


 呪いの魔女は、また大広間二階の奥の部屋に入っていった。


「はぁ」


 シホはため息と同時にその場に座り込んだ。


「えっと、何がなんだか……」


 ヒカリは訳も分からずつぶやいた。


「……めっちゃ怖かったー。でも、無事に一次試験を合格できたみたい!」


 シホは笑顔でそう言った。


「えっ! そういうことですか! よかったー! やばい選択したのかと思って、ビクビクしちゃってました! なんだー、冗談だったんですね!」


 ヒカリは、魔女試験の一次試験を合格できた喜びがわき上がってきた。


「びっくりしたねー」


 シホは落ち着いた様子で言った。しかし、その後、少しの間だけ不安そうな表情で、何かを考えているようにも見えた。

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