30 年上の先輩は嫌
12月25日。土曜日。
小冬が俺の家に来た日から丸三日経ってクリスマス当日を迎えた。年内最後に会える機会の終業式は小冬が欠席。心配になったため謝罪文と共にメールを送ったが既読を付けてもらえなかった。バイトは今日まで休みだったため小夏先輩にも会っていない。
小冬と会えない三日間は本当に長くて辛かった。俺をふった先輩のことは三日で気持ちの整理がついたのに、小冬への気持ちは日を追うごとに増している。
俺は本当に小冬のことが大好きだったのだ。
まだお互いの気持ちをはっきり伝えてない。
だから、きっとやり直せると思う。
俺は告白させないように立ち回っていたがその考えは間違いだった。そして俺が小冬と付き合えない理由を言い訳ばかりして逃げていたのも間違いだった。
理屈なんてどうでもいい。
俺の本心は小冬の『先輩』ではなく『彼氏』になることだ。
年上の先輩で終わらせたくない。
三日間考えてようやくそのことに気づいた。今日のバイトは一緒のシフトのためそこで思っていることを全て打ち明ける。全部説明したうえでまだ俺のことを好きでいてくれるなら、その時は俺から小冬に告白する。
覚悟は決まった。あとは小冬がバイトに来てくれるのを祈るだけ。
そんな風に小冬のことを考えていたら夜になっていた。もうバイトに行く時間だ。
今日はクリスマスのため、なにかプレゼントを用意しておけばよかったと今になって気づいたがそこまで頭が回らなかった。物ではなく気持ちを伝えればいい。
いつもより少しギリギリの時間で出勤。
なんだか初めて面接で訪れた時より緊張する。
ピンポーン。ピンポーン。
入店してスタッフオンリーの扉を開ける。
「あ、瀬川君おはよ~」
最初に会ったのは鳴海さん。
続いて由香ちゃんと小田切さんにも挨拶された。
「おはようございます、せんぱい!」
「よっ、暖。久しぶりだな」
特にクリスマスのことや小夏先輩については聞かれない。学校は休んだがバイトには来ていたということだろうか。
俺も挨拶すると着替えてタイムカードを通し、いつも通り手洗いや消毒を済ませて厨房に入る。緊張の瞬間だ。
「瀬川君、おはようございます」
姫野さんが丁寧にお辞儀して迎えてくれた。その奥で黙々と準備を進めている少女。いつもならすぐに挨拶してくれるのに俺の方を見向きもしない。いくらマスクと帽子で顔を隠したところで俺がやって来たことには気づいているだろう。
つまり、俺は避けられていることになる。
「こ、小……」
ただ挨拶するだけなのに戸惑った。どの面下げて小冬にまた会っているのかと、心の奥底でそんな感情が沸き起こる。怖い。……けど、逃げるな俺。
「おはようございます、小夏先輩」
「……おはよ」
小さく、だがはっきりと返事をしてくれた。
俺の方はまだ見てくれないが拒絶はされていない。
「瀬川君が来たのでわたくしは休憩行ってきますね。ユキちゃん、頼みます」
「あっ、はい。わかりました」
小冬の肩がびくんと跳ねた。
いつもと様子が違うのは明らかだ。原因はもちろん俺。
「……」
「……」
姫野さんが抜けて厨房には俺と小冬の二人きりになる。小冬と何を話すか散々シミュレートしたのにいざ目の前にするとかける言葉が見つからない。
今の俺が何を言っても傷つける結果にしかならない気がする。ならいっそ、このまま小夏先輩として普通に話しかけるか? いや、それこそ傷口を広げるだけだ。
「あのさ、小冬」
勇気を出してまず一歩踏み出す。小冬の手が止まった。
「この前のことなんだけど。俺──」
「後ろ、行って」
消えてしまいそうなくらい脆い声。
やっぱり俺といるのはもうキツイか。
「お皿、洗って、きて。それから、私は、小夏」
一語一語区切ってようやく言葉にする。
小冬としては喋ってくれない。その姿は見ていて辛い。心がえぐられる。
「小冬。一回ちゃんと話そ? 俺にもう一度だけチャンスをください」
頭を下げて地面を見つめる。俺にはこうすることしかできないから。
「無理」
「……」
「仕事中、だからさ」
頭でその声を浴びてゆっくり顔を上げる。
小冬は俺の方を見ていなかった。
「わかった。じゃあ、終わったら話してね。絶対約束だから」
「……」
返事はない。オッケーだと解釈し、俺は皿を洗うことにした。
それから1時間ほど経って19時を回ったが俺は流し場から動かなかった。その間小冬の姿は見ていない。壁を挟んだ向こう側には小冬がいる。なのに近づけない。物理的な距離だけではなく心の距離も空いてしまったようだ。
客の入りは土曜日にもかかわらずまばらで洗い物がなくなった。クリスマスはみんな家で過ごしたいのだろう。わざわざファミレスに足を運ぶカップルは少数派だ。
作業をしている間は気を紛らわすことができたが暇になると落ち着かない。することがなくなったからといって、今から小冬に話しかけるのは難しい。洗い終わった皿を運ぶという仕事は残っているが、どうも厨房に足を踏み入れる勇気が出ない。
いや、こんなこと言ってたら話なんて出来っこないか。どうしよう。
「お先に失礼しまーす!」
俺とは正反対に張りのある元気な声を出したのは由香ちゃん。
「おつかれ。早上がり?」
「はい! 早く帰ってケーキ食べます!」
確か由香ちゃんは20時までとなっていた。
三人いても暇を弄ぶため帰ることになったのだろう。
「せんぱい元気ないですね。大丈夫ですか?」
「そう見える?」
「あー、そんなこと聞くってことはやっぱり元気ないですね。聞きづらかったんですけどユキちゃんと何かありましたか?」
周りからもそう思われるぐらい俺たちは様子がおかしかったらしい。
「まあ……いろいろと」
「そうですか。でも元気出したください! まだクリスマスは終わってませんよ!」
「そっか。そうだよな。ありがと由香ちゃん。おかげで元気出た」
年下の子に励まされるなんて情けないな。
こんな子が小冬の友達で本当によかった。
「え、もしかして口説いてます?」
「ちげーよ! せっかく感謝したのに」
「にひひ、ほんとに元気出たみたいでよかったです。口説く相手は間違えないでくださいねっ。じゃ、お先でーす!」
由香ちゃんは元気に手を振って帰った。再び店内BGMだけが鳴り響く。
「よし」
何かしら建前があった方が動きやすい。そう思った俺は皿を手に持ち、小冬に近づいてもいい理由にする。しかし足が進まない。
元気が出たとか言ったがそんなこと俺が言える立場ではない。俺が小冬の元気を奪ったのだ。だからやはり小冬が話しかけてくれるまで待つべきか──などと考え始めてキリがない。一体どんな顔して小冬に話しかければいいのか。そう悩んでいると、
「瀬川くーん」
今度は鳴海さんが空いた皿を片付けにやってきた。この人も今の俺には眩しすぎるくらい元気で明るい。
「どうかしましたか?」
「ん~特に用はないんだけど、調子はどうかなって気になったんさ」
含みのある言い方だ。やっぱりみんな俺たちのことを心配してくれている。
「鳴海さん、聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「うん! 聞いて聞いて! あ、クリスマスの予定とかは聞いちゃダメだからね」
両手を使って大きくバツ印を作って見せる。きっと俺が話し出しやすいように気を使ってくれたのだろう。
「それは大丈夫です。小冬……小夏先輩について教えてください」
「ガーン、あっさり流されるとそれはそれでキツイ。まあいいや、お姉さんはそれぐらいじゃ挫けないんだからっ。よし、ユキちゃんの話ね」
鳴海さんは泣き真似をすると急に真剣な表情になった。
「ユキちゃん、今日までずっと熱で休んでたんだよ」
「え……」
「まあずっとって言っても昨日は元から休みだったから治ってたかもだけど」
「そう、ですか」
俺の家に来たのは火曜日で、学校を休んだのは水曜日。最長で木金と三日間も小冬はあの真っ暗な家に一人で寝込んでいたということになる。そんなに追い込んでしまっていたとは思わなかった。
「今日もまだ本調子じゃないのかな。話しかけても反応薄いし普段しないオーダーミスもたくさんしてたよ。ずっと他のこと考えてるみたい」
俺のせいだ。そんなになるまで傷つけた俺が今更謝って許してもらおうなんておこがましいにもほどがある。近づくことすらしない方がいいんじゃないだろうか。
「瀬川君」
「はっ、はい」
「そんな酷い顔してちゃダメ」
「してましたか?」
「マスクしてても分かるぐらいね。ちゃんと逃げずに伝えなよ」
俺は本当にダメだな。周りの人に甘えて背中を押してもらっている。そんなことされていい人間じゃないのに。
「大丈夫だって。二人の良いところはお姉さんがちゃんと知ってるよ。だから勇気だして」
「わかりました。もうくよくよしません」
熱で休んでいた小冬が俺とシフトが重なる今日は来てくれたんだ。マイナスなことばっかり言ってないでそこに希望を持とう。
「じゃあ俺、行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい!」
今度こそ俺は皿を持てるだけ持って一歩踏み出した。
やっぱり、小冬の先輩でいるのは嫌だ。
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