28 年下の後輩は嫌①
私は家に帰ると電気も付けず布団に倒れこんだ。
誰もいない真っ暗な部屋。溢れる涙は出て行ったそばから枕が吸収してくれる。
でも、いくら涙を流しても心の穴が塞がってくれない。
私は逃げた。言葉にしてないのに暖くんから逃げた。もっと他に言いたいことはたくさんあるのに口から出たのは醜くて酷い極論だけ。自分が本当に嫌になる。
戻りたい。もう一度戻ってやり直したい。ちゃんと気持ちを伝えたい。
でももうダメ。私は言わなくても全部わかってくれると勘違いした。
面と向かって一度も自分の口から『好き』と伝えてないのに……。
ずるい。ずるい。私はずるい。守ってもらってるだけのくせに、助けてもらっただけのくせに、与えられてるだけのくせに、全部暖くんのせいにした。
こんな私はフラれて当然だ。泣く資格なんてない。
誰にでも優しい先輩を、私にだけ優しい特別な王子様か何かと勘違いした。
見てないのは私。酷いのも私。最低なのも、私。
私に成長してると言ってくれたけど、結局何も変わってない。
私じゃ暖くんの横に立って一緒に歩けない。
出会った時からそう。私は暖くんがいないと何もできない。
支えられて見守られてるだけの後輩で、それ以上にはなれっこない。
そんなことはわかってたはず。わかってたはずなのに諦めきれない。
やっぱりまだ好きだから、この気持ちを抑えるなんてできっこない。
好きで好きで堪らない。おかしくなっちゃいそう。
なのに言えなかった。言えなかったから言わせようとした。
その結果がこれ。
前からずっと思っていたことがある。
小夏と名乗って一緒に働こうと思った理由だ。
──年下の後輩は嫌
そう思ったから変わろうとした。小冬では気持ちを伝えられないから顔を隠して真逆の性格の小夏としてなら好きって言ったり、私のことをどう思ってくれてるのか聞きだせると思った。きっと上手くいくと思ったんだ。
でもダメだった。もう無理なのかな。
私はやっぱりただの後輩なの?
特別にはなれないの?
女の子として見てくれないの?
一度でもそう聞けてたら違っただろうか。
いや、そんなタラればを並べてももう遅い。もう終わってしまった。
全部壊れて、今の先輩後輩の関係でいることすらできなくなってしまった。
そうなるのが怖くて、私はずっと逃げていたんだ……。
こんな苦しい思いをするなら恋なんてしたくなかった。もう全部忘れて無かったことにしたい。でもそんなの無理。無理に決まってる。
暖くんがいなかったら私は壊れてたから。
私の父は県内一の大きな病院の院長で、母は看護師として働いていた。
昼はもちろん、夜も患者さんの看病や緊急搬送に備えて病院にいる必要があるため、家に帰ってくることが少なかった。人を助けている二人のことは誇りに思っていたけど、ちょっとだけ寂しかったのが本音。
忙しい両親に代わり、小さい頃はお爺ちゃんとお婆ちゃんが育ててくれた。二人とも優しかったし週に一回くらいは家族みんなで過ごせたから幸せだったと思う。
でも、中学に上がったタイミングでお爺ちゃんとお婆ちゃんが亡くなった。
父と母に「一人で大丈夫?」と聞かれて、「もう子どもじゃないから平気」と答えた。父も母も人を助けなきゃいけないから元気な私は我慢しなきゃと思ったのだ。
両親の前では笑うようにしてたけど、一人の時は毎日泣いた。無駄に広い家に帰っても誰もいなくて、一人で冷えたご飯を温めて食べることは中学生の私には辛かった。私にとって家は暖かいところではなかったのだ。
家にいてもすることが無いから勉強した。おかげで家から通える範囲では一番偏差値の高い高校に合格できた。嬉しくって、両親に自慢したけどただ一言「頑張ったね」で流された。二人は頭がいいからあまり特別に感じなかったのかもしれない。
本当は抱きしめて、頭を撫でて欲しかった。
私はそういう当たり前の愛情を受けてこなかったから……。
高校に入学する前にちょっとした病気にかかって一週間ほど入院することになった。入院したのは両親のいる病院だ。私は二人に構ってもらえると思って、病気になったのに嬉しかったと記憶している。でも実際はそんなことなかった。
私は大勢いる患者の中の一人でしかなかったのだ。
自分より他の人の命の方が大切なんだと思ったら悲しくなった。
でも、それもそのはず。私は愛されてなどいなかったから。
看護師が話しているのを聞いて私は絶望した。私は望まれて生まれてきた子ではないらしい。だから二人とも私に冷たかったのだ。二人が家に帰ってこなかったのも、仕事を理由にして夜他の相手と遊んでいたから。そういう知識がつき始めた頃の私にはとにかく不快で気持ち悪くて吐き気がした。
この頃、ちょうど二人の関係に限界が来た。
その結果、母が父に無理やり私を押し付ける形で出て行った。
今では父が金銭の援助だけして私は広い家に一人で暮らしている。
いきなり両親に愛されていないと知り、母がいなくなった私は人が怖くなった。
体の病気は治ったけど、今度は心の病気にかかってしまった。
病院のベッドで横になって、病院のご飯を食べる毎日。父とはその間顔を合わせていない。看護師さんたちが気にかけてくれたけど私は口を閉ざして遠ざけた。私を腫れ者扱いしてくる目が嫌だったのだ。
一年ほど経って、私は高校生だったと思い出した。このままではいけないという思いもあったから、勇気を出して二年生から通ってみることにした。
ちょうど文理でクラスが別れる時期で、生徒の数も多かったから初日に浮くことはなかった。だけど私はコミュニケーションの取り方を忘れていた。お行儀よく授業を受けて、一人でお昼を食べて、一人で帰る毎日。結局私は一人だったのだ。
喋りかけてくれる子もいたけどどうしていいかわからず、みんな離れて行った。私は周りの人間関係が構築されていく様子を、ただ黙って見ているだけだった。
この学校はどこでもいいから部活に所属しなければならない。それを聞かされて一人で放課後ウロチョロ歩いていた。行く当てなんてない。何を話せばいいかわからないし、やりたいこともない。この時の私は人と関わるのが怖かった。
一人は嫌だけど一人になりたい。そう思っていた時、暖くんに会った。
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