27 二人の出した答え
「じゃあ作るね」
「よろしく。俺もなんかやることある?」
お互い忘れたふりをしてなんとか元の雰囲気に戻した。今からは楽しいクッキングの時間だ。手も洗い終わって準備万端。
「暖くんは野菜切って」
「わかりました、小冬先輩」
「先輩は暖くんでしょ?」
ふざけてみたら正論で返された。
何回見てもこのキョトンとした顔はつねって見たくなる。
「まあいいや、切るのは任せて。これぐらいなら俺にもできる」
にんじんと玉ねぎを細かくカットしていく。
玉ねぎを切っていると目が痛くなった。
「泣かないで?」
小冬が背中をさすってくれた。
そんな優しくされるとホントに泣いちゃうだろ。
「マジで涙って出るんだね。演技だと思ってた」
目を腫らしながらもなんとか野菜のカットを終える。
あとは炒めてチキンライスを作り、卵を焼くだけだ。
「よおし、次行こうか。肉から炒めればいいんだよね!」
「暖くん、誤魔化さないで」
ピーマンを持った小冬が俺の行く手を阻む。
ピーマンと並んでても小さな顔だ。
「どうしても入れなきゃダメなの?」
「私が好きだから入れるの。ダメ?」
その上目遣いは反則だ。
どうも今日の小冬は俺をからかって楽しんでいるように見える。
「ダメじゃないです」
「やった、じゃあ切っちゃうね」
小冬は左手を猫の手にして一定のリズムでトントン切り始めた。
制服を着て俺のためにご飯を作っている。この絵は動画に納めておきたいくらいヤバい。
「できた。フライパン借りるね」
ここからは小冬先生の3分クッキングの始まりだ。フライパンに油をひいて小さく切った鶏肉を炒め、鶏肉が白くなったところで野菜を投入。腹を刺激するいい匂いがしてきた。
「上手だね」
「えへへ、ありがと」
フライパンを振るう姿は様になっていて小夏先輩を彷彿とさせる。
炊き上がったご飯も入れて弱火にすると、ケチャップと塩コショウで味を調えた。
「これぐらいかな? ……あむっ。んん~おいひいっ」
俺は小冬が食べてる姿を見るのが好きだ。世界が平和に感じる。
「暖くんは完成するまで我慢してね」
一瞬あーんされるかもと思ったがお預けをくらった。それはそれで悪くない。
「楽しみだなぁ。もう匂いだけでうまいってわかる」
「待っててね。ここからが本番だから」
出来上がったチキンライスを一旦皿に移してフライパンを洗う。もう一度油をひき、熱してる間に卵を割ってかき混ぜた。
ジュワッと音を立てて溶いた卵がお日様のように広がっていく。薄く伸ばした上にチキンライスを乗せ、フライパンの持ち手を叩きながら菜箸を使って器用に巻いた。
「できた……」
「すごい! 天才だよ小冬!」
「ほんとに? 変じゃない?」
「自信もっていいよ。こんな綺麗なの初めて見た。早く食べたい」
それは誰が見ても見事なオムライスだった。レシピ本の表紙を飾っても違和感のない出来栄えだ。
「よかった、喜んでもらえて」
小冬はお日様にも負けない明るい笑顔を浮かべた。
その勢いで二つ目に取り掛かり、こちらも完璧な出来栄えに仕上げる。
「早く食べようか。コタツにする?」
家の中とはいえ12月。日が沈んだことに加え、さっきまでは歩いたおかげで体が暖かかったが今は冷えている。小冬はタイツを履いているが足元が寒そうだ。
「うん、そうする」
オムライスとスプーン、それからケチャップを持ってコタツに入る。俺が先に座ると、小冬は正面ではなく俺とL字になるように座った。間に机の脚があるがほぼ隣に座っているようなもの。
「はぁ~~~、あったかい」
小冬は顎を机に乗せてコタツにくるまった。猫みたいで可愛らしい。
「いいよねコタツ。冷めないうちに食べちゃお」
「あ、そうだね。何か書いてあげる?」
ケチャップのふたを開けて期待するような眼差しを向けてくる。嫌とは言えない。
「え、書いてくれるの? じゃあ……お任せで」
「うん、わかった」
すると小冬は片方のオムライスに綺麗なハートマーク、もう一方には可愛い猫を書いた。卵の部分に顔と髭を書いて、皿の部分に耳が書いてある。
「どっちがいい?」
ケチャップみたいに顔を赤くした小冬。今は顔を隠すものが無い。
「そ、そうだな……せっかくだからこっち貰うよ。メイド喫茶行ったことないから」
俺は意味の分からない理由を言ってハートマークの方を選んだ。小冬がずっとそっちを見ていたからだ。
「「いただきます」」
若干気まずい空気になったが食べ始める。スプーンで割ってみるとオレンジ色のご飯と色とりどりの具材が顔を見せた。大きく一口いただく。
「んっ! 今まで食べた中で一番おいしいよこれ!」
「大袈裟だよ。普通の材料で作った普通のオムライスだよ」
「いや、ホントにうまい。作ってくれてありがとう」
お世辞でも何でもない本音だ。くさいセリフを吐くと、愛情がたっぷり詰まっていて美味しいという概念を通り越している。
「ありがとうは私。いつもお世話になってるから。また作ってもいい?」
「……そうだね。機会があったら、頼む」
俺は二口、三口と食べ進めた。小冬も小さな口でもぐもぐ食べている。
小冬といると幸せだ。食事一つとっても全然違う。一人で食べるコンビニ飯では味わえない満足感がある。しかしこれは、本物ではない……。
俺が食べ終えると同時に小冬も最後の一口をごっくんした。二人でごちそうさまをする。
「あ、小冬」
「ん?」
「口。ケチャップついてる」
ピンク色の唇と白い肌に赤色が目立っていた。
俺が指摘すると小冬は躊躇わず、
「拭いて……」
そう呟いた。
「え、今なんて……」
「綺麗にして」
「……」
ハッキリ聞こえた。身を乗り出すようにして俺に顔を近づけてくる。
その顔は真剣で、慌てることなく落ち着いている。その冷静さは俺の知っている小冬ではない。顔には何をしてほしいか書いてある。
「はい、これでいい?」
俺はティッシュで口を拭いてやった。
「ありがと……」
悲しそうな声。それでも表情には出さないように堪えているようだった。
「子どもじゃないんだからさ」
「でも後輩だもん」
唇を尖らせる小冬。
俺は失敗したなと思った。いや、もっと前から失敗してたのかもしれない。
小冬は自分でもう一度口を拭くと元の位置に座りなおした。
「ねぇ暖くん」
「なに?」
「バイトのお話聞かせて」
俺は首肯して現実から目を背けるようにバイトの話を始めた。最初は仕事の内容や大変なこと、楽しいことを話した。そして話題は女性従業員の話に移る。
「大学生の人とか多いんだよね? みんな綺麗?」
興味津々な様子で聞いてきた。恋バナをする女子高生みたいだ。
「あー、そうだね。大人って感じする。年そんな変わらないのに不思議だ」
「私もそんな風になれるのかなぁ」
「小冬なら大丈夫だよ。まだ二年もあるし」
「それは私が幼稚ってこと?」
「そういう意味じゃないけど、否定はできないかな。口も拭けないお子ちゃまだから」
「む、暖くんの意地悪」
「ごめんごめん」
コタツの下で俺の足を小突いてきた。
俺は軽口で場を濁す。そんなことしかできない。
「やっぱりさ、好きになっちゃったりする?」
少し間を開けてポツリと漏らした。
鳴海さんや姫野さんのことを言っているのだろう。
「普通に頼れる先輩って感じかな。俺がガキ過ぎてそういう感情にはならない。多分二人も俺のことは弟とかそれぐらいにしか思ってないよ」
これは本心だ。嘘偽り一切ない。二人は魅力的だが恋愛感情とは違う。
「そうなんだ。年下の子もいるの?」
「いるね。一人はちょっと毒舌で俺のことをからかってくる」
由香ちゃんのことだ。
「好き?」
「いや、一つ下の女の子としか思ってない」
「そっか」
安心したように顔を緩め、すぐに引き締めた。
「……前言ってた小夏先輩って人は?」
答えにくい質問だ。悪い方にどんどん行っている。
「好きかどうかって事?」
「ど、どう思ってるか教えて。好きなら、それでもいいんだけど……」
こんな時タイミングよくスマホが鳴ってくれればいいのに電池が切れたように動かない。だから俺はずるい答えを言うしかない。
「どうだろ、わかんないや」
「そ、そうだよね。変なこと聞いてごめんね」
小冬は儚げな表情で下を向いた。
コタツの布団に顔をうずめて、でもハッキリ聞こえる声で、
「じゃあさ──」
一度言葉を区切り、続ける。
「わ、わた……私──」
ついにその時がやってきた。
俺はずっと用意していた言葉を頭に浮かべ、あとはどんな表情でそれを言うか考えた。しかし、その言葉を言う必要は無かった。
「──なんでもない」
小冬がそこでやめてしまったからだ。前にも同じことがあったのに、小冬は言葉にしないようだ。言葉にしないなら、俺もこのまま続ければいい。
「お皿片づけよ。私そろそろ帰るね」
小冬は顔を上げ、何でも無さそうな顔でそう言った。
俺の皿と自分のを重ねると机に両手を置いて逃げるように立ち上がる。
その結果、小冬は足をぶつけてバランスを崩した。
「ぃだっ」
足がもつれ、支えが効かなくなった体は天井を見上げた。
ゆっくりと後方へ倒れる。
「小冬!」
俺は咄嗟に体が動き、小冬の背中と頭に手を回した。小冬を抱えたまま肩から地面に落ちるも、下がカーペットだったため痛みはない。小冬に外傷はなかった。
しかし、
「暖くん……」
吐息がかかる距離に小冬の顔。体は密着していて頭と腰には手を添えたまま。横になって見つめ合っている状態だ。
「暖くん」
もう一度名前を呼んだ。心臓の音がうるさい。
小冬はゆっくり目を瞑り、ほんの少し唇を突き出した。
キス顔だ。
俺があと三センチ顔を近づければその柔らかさを感じることができる。きっと、指で味わった感覚とは比べ物にならないだろう。
でも、できない。しちゃダメだ。
言葉にできなかった小冬は行動で示した。
もしかしたら最初からこうするつもりだったのかもしれない。今日はずっと様子がおかしかった。俺の家に来たいと言ったのも、料理を作ってくれたのもそうだ。隣で勉強したのも口を拭いて欲しがったのもそう。そして今のも……。
俺もずるいとわかっていながら、言葉ではなく行動で答えることにした。
「小冬」
「え……」
優しく体を起こすと小冬はゆっくり目を開けた。
俺はその潤んだ瞳に向かって言い放つ。
「危ないから気を付けて」
瞼から涙が溢れる。顔をくしゃくしゃにして、小冬は感情を吐き出した。
「暖くんのバカ……」
俺の肩を突き飛ばすと広げてあったノートを雑に鞄に詰めた。
そのまま俺の方を見ずに玄関へ向かう。
「小冬……待って!」
折れそうなくらい細くて冷たい腕に手を伸ばす。
しかし触れた瞬間に払われた。
「触らないで!!」
初めて受ける拒絶。
小冬からは聞いたことも無い叫び声だった。
「ごめん小冬。えっと……小冬」
ただ名前を呼ぶことしかできなかった。
何を言えばいいのかわからない。
そんな俺に対し、小冬は俺の目をしっかり見て涙をこぼしながら絶叫した。
「ごめんって何? 暖くんは酷いよ……最低だよ! こんなに私頑張ったのに……。なんで? なんでよ。なんで見てくれないの!? そんなこと言うなら優しくしないでよ! なんで私と一緒にいてくれたの? 勘違いしちゃうよ。好きになっちゃうじゃん! 私がずっと言えなかったの知ってるんでしょ。気づいてるんでしょ。だったら最初から言ってよ。私は暖くんのなんなの? 妹なの? ただの後輩なの? そんなの嫌だよ! 私も一人の女の子として見てよ!」
小冬が息を切らして泣き叫ぶのを俺は黙って聞くことしかできなかった。
「私帰ります。さようなら暖先輩」
バタンとドアが締められ、俺は一人取り残される。
リビングに戻ると小冬が食べ終わった皿とスプーンだけが残っていた。
キッチンには二人で使った調理器具が洗わずに残っている。
「最低だ、俺……」
堪えていた涙が一気に溢れる。
ポツポツと小雨のように床を濡らし、拭っても拭っても止むことはなかった。
後悔しても遅い。
小冬を泣かせない方法ばかり考えていたのに最悪の形で別れてしまった。
俺だけが苦しめばいいのに好きな女の子まで傷つけてしまった。
結局は俺の我儘で逃げていただけ。小冬の気持ちを踏みにじっただけ。
何が先輩としてだ。何が好きになってほしくないだ。ふざけるな。
俺が小冬に捨てられるのが怖かっただけだろ。なに小冬のせいにして自分は被害者ずらしてんだよ。最初から自分が傷つかないように言い訳してただけだろ。
俺はあんなに純粋で真っ直ぐな子をたぶらかしていたクズだ。思わせぶりな態度をとって遊んでいたくせにそれを正当化していた自己中野郎だ。
こんな最低な俺を好きでいてくれたのに……俺は──
「ごめん、小冬」
涙を拭って皿を洗う。固まった米と卵がなかなか落ちてくれない。
何をする気にもなれず、風呂に入り、ベッドに入り、そのまま目を閉じた。
このまま終わらせたくない。もう他人のふりなんて出来るわけがない。
明日学校で会ったら謝ろう。
そう思ったのに、小冬があの教室に来ることはなかった。
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