19 年下の先輩は興味津々
次の日は約束通りお互い夜のことには触れなかった。小冬がわたわたしたり若干俺を避けてるような気もしたが概ねいつも通りだったと思う。勉強をしてお菓子を食べるとバイトに行く時間になったため、小冬とはそこでさよなら。
バイト先に行けば小夏先輩がいる。
「おはよ」
「おはようございます、小夏先輩」
小夏先輩の方が先にいたが怒られることはなかった。
小冬が俺をどう思っているかはよくわかったが、小夏先輩として俺に接してくる理由は未だに謎。何が目的なんだろうか。
「ボーっとしてるけど大丈夫? 寝不足?」
考え込んでいると小夏先輩が顔の前で手を振った。いつもだったらビンタでもお見舞いして目を覚まさせてきそうなのに、今日は心配してくれるなんて優しいじゃないか。
「えーっと、まあそうですね。昨日は夜中に目が覚めちゃってそのまま寝てません」
「ふーん、何かあったの?」
マジで? それ聞くの?
「えーっと……電話してたら寝落ちして起きたら二時だったんでそのまま朝まで起きてました」
ずっと起きてたって言うと最後の『大好き』を聞いてたことになるから嘘をついた。小冬も俺にバレバレだけど嘘をついてるからいいだろう。
「そう……。だ、誰としてたのよ」
チラチラと俺の顔を窺ってくる。昨日の夜聞いた声と同じだ。
「え、なんでそんなこと教えないといけないんですか?」
「いいから答えなさい。これは先輩命令よ」
俺のスカーフを掴むと下から鋭い目を向けてきた。答えるまで放してくれそうにないが、答えるとなると嘘は通用しない。学校では聞いてこなかったのに何で今更。
「後輩ですよ。学校の」
俺はこの機会を利用することにした。きっと小冬も聞きにくいことを小夏先輩として聞いてきているから俺も言いにくいことを小夏先輩にぶつける。
「へーもしかして女の子?」
「そうですよ」
「やるじゃない。もしかして彼女?」
どういう精神状態でこれを聞いてくるんだ。
「彼女ではないです」
「そうなんだ。でも少しは意識したりするの? その子可愛い?」
まるで他人事のようにすっごい興味津々に聞いてくる。
「まあ、可愛いと思いますよ。俺にはもったいないくらいに」
「じゃ、じゃあさ……好き、なの?」
スカーフに伸びていた手がすとんと落ちた。
鋭かった目は乙女の目になっている。
「大事な後輩ですよ。それ以上でもそれ以下でもありません」
「そ、そうなんだぁ。……大事な後輩」
その部分だけ都合よく切り取ったのか、自分のスカーフをぎゅっと握りしめてお菓子を食べてる時みたいに幸せな顔になった。俺はその後の『それ以上でも以下でもない』の部分を強調したはずなのだが、この様子だと聞いて無さそうだ。
小夏先輩はマスクの下で緩んだ頬を引き締めるためか、首を何度か左右に振った。
「まあとにかく! 風邪も流行ってるししっかり休まなきゃダメよ。わかった?」
「わかりました。心配してくれてありがとうございます」
先輩っていうより母親みたいなことを言ってきた。小冬とはやっぱり真逆の性格をしている。
「じゃあそろそろ仕事するわよ」
「そうですね。俺は後ろで皿洗ってきます」
業務中のためいつまでも喋っているわけにはいかない。今日は金曜日だからいつもより混みそうだ。慣れてきたとはいえ油断はできない。慣れてきた時期が一番ミスをしやすいからな。
「二人ともおはよ~。今ちょっといいかな?」
厨房から出ようとしたら少し慌てた様子の鳴海さんが入ってきた。その後ろには初めて見る女の子。鳴海さんの後ろからぴょこぴょこ顔を出して俺の様子を窺っている。
「おはようございます鳴海さん。
小夏先輩は軽くお辞儀をして首を傾げた。
俺を不審者みたいに見てくるのは由香ちゃんというらしい。小夏先輩がタメ口だから同級生だろうか。小夏先輩より少し背が高いくらいで幼い印象だ。俺と目が合うと鳴海さんの影から飛び出して深々と頭を下げた。
「ワタシ! ユキちゃんの友達の由香です! よろしくお願いします!」
エネルギッシュで元気のいい挨拶。体は小さいのに動きと声が大きい子だ。
「こちらこそお願いします! 新人の瀬川暖です」
俺も負けないように挨拶すると由香ちゃんはばっと顔を上げた。
「よかったですぅ~。せんぱいが悪い人だったら投げ飛ばしてました!」
「ね、言ったでしょ。瀬川君は怖くないって」
「はい! これなら安心です!」
由香ちゃんは隠れるのをやめて俺に笑いかけてくれた。明るくていい子そうだしこの子が小冬の友達なら俺も安心できる。投げ飛ばすってのは聞き流せばいいのかな?
「それで、用事って何ですか?」
小夏先輩が問いかける。俺と由香ちゃんの顔合わせだけが目的ではなさそうだ。
「あ、そうだった。大変なんだよユキちゃん聞いて~」
「はい、どうしましたか?」
「さっき姫野さんから急用で来れなくなったって連絡あったんさ。しかも店長も今日遅れるって言ってたんさー。だから四人で回さないといけなくなっちゃった~」
鳴海さんが俺に視線を飛ばす。どうやら四人と言うのは俺も含まれるらしい。
「ホールはウチと由香ちゃんで何とかするけどキッチンは大丈夫そ?」
俺は前回ようやくサラダとパスタを作ったばかりだ。俺としては大丈夫ではない。
小夏先輩は一瞬考えるそぶりを見せたが大きく頷いた。
「わかりました。何とかします」
「え、小夏先輩!? 俺めっちゃ足引っ張りますよ」
「わかってます。でも何とかするしかないので手伝ってください」
二人きりじゃないからか敬った口調。こっちの方が違和感あるな。
「頼りにしてますよ、瀬川先輩」
そこまで言われたらやるしかない。小夏先輩の期待に応えて見せる。
「了解です。頑張りましょう」
「よおし! じゃあ四人で頑張るよ。えい、えい、おー!」
鳴海さんの掛け声で俺たちは一致団結した。解散して仕事に戻る。
「あ、瀬川君ちょっといい?」
俺もさっそく仕事に取り掛かろうとしたら鳴海さんにちょいちょいと手招きされた。厨房から出て二人になる。
「どうかしましたか?」
「ねえねえ、もしかして昨日何かあった?」
両手を口に添えるような形でひそひそ聞いてきた。
「ん? 何の話ですか?」
「そんなん決まってるでしょ」
妙なテンションだな。さっぱりわからないのでせめて主語をください。
「ユキちゃんと何かあったんじゃない?」
「えっ、なんですか急に」
ユキちゃんってことはつまり小冬のことだ。俺も小冬も昨日はバイトが休みだったのに、バイト先でしか会わない鳴海さんが何故そんなことを聞いてくるのかわからない。
「で、どうだったの? 誰にも言わないからお姉さんに話してごらん。ほらほらー」
肘で俺の脇腹を小突いてくる。完全に面白がってる顔だ。
「いや待ってください。なんで俺にそんなこと聞くんですか?」
「だって今日のユキちゃんすっごくご機嫌なんだもん。来る時なんて鼻歌ってたんさ。あれは絶対何かあったよ」
「俺が聞いてるのはそうじゃなくて、俺と小夏先輩は会ったばかりなんですよ。だから何かあったとしてもその相手が俺なんて考えにはなりませんよね?」
俺が問い詰めると鳴海さんは「あ、そうだった」と口を押さえて額に手を当てた。
「んーと……なんとなく?」
「誤魔化さないでください」
「あーお客様だー。いらっしゃいませぇー」
棒読みで言うと鳴海さんは仕事に戻ってしまった。
そういえば姫野さんも何か小冬のことを匂わせる発言があった。俺には話してくれないみたいだが、二人とも何か知ってるのは確定だろう。
「仕事すっか」
俺は厨房に戻って小夏先輩の指示を仰いだ。
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