20 ピーク

「メニューのレシピは壁に貼ってあったりこのファイルに全部載ってるから食材がどこにあるかだけ把握しといて。あんたなら多分できるから」

「了解です。期待に応えて見せます」


 言われた通り、とりあえずドロアー(引き出し)の中を全部確認していく。


「あ、そうだ。まだ場所の説明とかしてなかったっけ」

「場所ですか?」

「そう、厨房には作業するポジションが三つに分かれてるの。揚げ物、サラダ、ピザなんかを作る『フライヤー』、ハンバーグとかを焼く『グリドル』、パスタとかオムライスとかいろいろ作るのが『ソテー』って感じでざっくり分かれてるの。あんたはソテーだけお願い。他のは今見なくていいよ」

「小夏先輩は一人で二か所もさばくんですか?」

「いつも姫野さんと二人でやってるし時間帯によっては一人で全部やるから心配しなくていいわよ。そっちも出来るだけ手伝うから私が忙しそうでも困ったら遠慮なく聞いて」

「わかりました。頼りにしてます」


 目の前にいるのが小冬だと思うとその成長が素直に嬉しい。こんなに出来るようになるまで相当頑張ったんだろう。

 理由はまだわからないが小冬は一人でこの店のバイトに申し込んだはず。人見知りで大人しかった小冬が自分の殻を破ったのは尊敬に値する。


「オーダー入りました! お願いしまーす!」


 一通り確認し終えるとついにオーダーが入ってきた。

 鳴海さんが元気よく伝えてくれる。

 オーダーが入ってきた時の機械音は緊張を煽ってくるようだ。


「瀬川。コーンスープとパスタお願い」

「わかりました!」


 俺に課されたオーダーは二つ。

 まだ混み始めてはいないため落ち着いて対処しよう。

 パスタは作ったことがあるため基本はわかる。麵を茹でる時間があるためとりあえずお湯に放り込んでおくことにした。


「お、わかってるじゃない。時間かかるものからやるといいわよ」


 小夏先輩に褒められた。嬉しいぜ。


「えーっと、コーンスープは……これか」


 レシピを見ると工程は二つ。ドロアーからコーンスープの袋を取り出し、ハサミで切ってレンジにぶち込む。あとは温まったのを皿に移してパセリを振るだけだ。

 え、これだけ?


「お願いしまーす!」

「はーい。ありがとうございます、せんぱいっ。意外とお上手ですね!」

「いやこんなの誰でもできるよ。熱いから気を付けてね」

「はい! じゃあ行ってきます。せんぱいも足引っ張らないように頑張ってくださいね!」


 一言多い気がしないでもないが、由香ちゃんは笑顔を振りまいて料理を運んだ。

 まさかコーンスープが袋に入ってるものを破るだけとは思わなかった。

 何はともあれこれで一品目が完成。


「ニヤニヤしてないで次やりなさい。由香ちゃんに手出したら許さないから」

「そんなことしませんよ。もしかして怒ってます?」

「別に」


 そう言って小夏先輩はそっぽを向いてしまった。嫉妬されるのは悪い気しないけど今は仕事に集中しよう。フライパンを出して食材を炒めると丁度麺が茹で終わる時間になった。ソースも追加して絡めるとバター醤油スパゲッティの出来上がり。


 オーダーの一枚目はこんな調子で何とかこなすことができた。

 これなら何とかなりそうだ──と思ったのは浅はかで、のちの俺はこんな甘えた考えを叩き直されることになる。


 時刻は七時を回り、夜のピークに達した。



「くそ、六人の家族連れ? ファミレスにファミリーで来るんじゃねえよ!」


 俺は地獄を見てこんな狂ったことを言い始めた。

 鳴りやまない入店を知らせるチャイム。

 精神を削りに来るオーダーが入った時の機械音。

 急かすキッチンタイマー。

 俺の出した料理にクレームでも入れられたのか心配になるピンポン。

 テイクアウトの電話。


 耳が悲鳴を上げ、精神が病み、頭がパニックに陥る。

 全ての処理が追い付かず情報がいつまでも完結しない、天手古舞な状態だ。俺は気が狂ったように悲鳴を上げていた。


「ああああああ次は部活帰りの高校生が十人も入ってきやがった! これだから高校生は! アスリートなら家帰ってママの作ったご飯をしっかり食べろ!」

「馬鹿言ってないで手動かしなさい! 次オムライスとブロッコリーのソテーね」


 絶え間なく入ってくるオーダーのおかげで一度作ったものは見なくても作れるようになった。人は本気で追い込まれると限界を超えることができるらしい。


 途中でパスタの大盛と普通盛を間違えたり、卵を一パック全部割ったりなどのミスをかましたが小夏先輩の助けもあってなんとかピークを越えることができた。客から催促が来たときは焦ったがクレームはゼロだったため及第点だろう。


 十二月だというのに厨房は結構熱くて汗もかく。これからは外食したら店員さんに優しくなると思う。それぐらい現場の辛さという物を体感した。



「二人ともお疲れ~。頑張ったね」

「流石ユキちゃん! せんぱいも初めてにしては合格です!」


 鳴海さんと由香ちゃんが水を持ってきてくれた。

 時刻は20時30分で店内は若干落ち着いている。


「二人の接客が良かったおかげです。結構料理出すの遅れちゃいましたから」


 小夏先輩は謙遜した。二人の接客のおかげもあるがやっぱり一番は小夏先輩の頑張りが大きい。近くで見ていて感じたが物凄く頼りになった。


「そんなことないよ。ね、瀬川君っ」

「はい、小夏先輩はもっと自信持ってください」

「そっか、私頑張ったんだ……。うん、ありがとうございます!」


 マスクからこぼれるような満面の笑み。

 約一年見てきたからか感慨深いものがある。


「じゃあ片づけよっか。定時で帰れるように頑張ろう!」

「あ、そうか。あんなに料理作ったってことはそれだけ皿が溜まってるって事ですもんね」


 俺はもうやり切った感があるがまだまだ仕事は残っている。

 飲食の仕事は大変だ。

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