17 二人の距離①
「懐かしいな」
目を瞑っても眠ることはできず、なぜか昔のことを思い出した。
俺の中にある『青春』という名前の本は先輩と小冬の思い出で埋まっていて、その内のたった一ページには『失恋』というエピソードが記されている。そのページ単体で見ればほろ苦い思い出。しかしこの思い出は俺と小冬の関係に影響を及ぼすには十分だった。
まず前提として、俺は先輩のことを引きずっていないしトラウマになったということも無い。なんなら先輩のことは三日で吹っ切れた。
俺は先輩に依存し、縋っていただけ。俺の人生に入り込んできて一緒にいてくれた先輩に恩を感じ、尊敬していただけ。俺はその気持ちを恋に変換し、告白した結果振られ、しばらく喪失感で立ち直れなかった。しかし時間を置いたことで先輩の言っていたことが理解できて気持ちの整理がついた。
先輩の言う通り俺は後輩で、先輩は先輩だったのだ。
結論。俺は先輩のことを恋愛対象として見ていない。QED。
……いや、散々御託を並べたがきっと先輩の振り方が上手かったんだと思う。俺が先輩になったことで見えてきたものがある。俺に未練を残さず、希望を持たせず、俺の感情を否定し、自立するように促してくれた。多分『先輩』から『好きな人』になり『憧れの人』に変わったというのが正しい。おかげで俺の中では今でも尊敬する先輩だ。
まあとにかく、先輩との出会いは俺に大きな意味を与えてくれたことに変わりない。
そして話は戻るが、この一ページのエピソードは俺と小冬の物語に大きく影響を及ぼしている。俺は先輩になり、小冬という後輩が出来た。
俺は生意気にも小冬に手を差し伸べ、その結果小冬は俺を慕ってくれている。
それはただの先輩後輩の関係とは言い難い。小冬は俺に依存していて、俺はそんな小冬に頼られるのが気持ちよくなっている。どう見ても歪な関係だ。
本当はこうなる前にケジメを付けるべきだった。
なのにもう後戻りできないところまで来てしまっている。
もしかしたら先輩もこんな気持ちだったのかもしれない……。
自意識過剰かもしれないが、小冬は少なからず俺のことを異性として見ていると思う。一緒にいればそれぐらい察するし、昔の自分と似ているからだ。
しかし純粋に向けてくる好意は全て虚像。たまたま助けられた俺に恩を感じ、それを恋心と勘違いしているだけだ。だからその気持ちを利用するわけにはいかない。
いけないことなのに、俺は小冬のことが後輩としてではなく一人の女性として好きだ。
今日一緒にいた時も抱きしめたくなるぐらい愛おしかった。
きっと俺が気持ちを伝えれば小冬は首を縦に振る。でもその気持ちは本物じゃないから罪悪感が押し寄せてくる。
好きだけど好きだと伝えられない。
迷っているうちにずるずるとここまで来てしまった。だからいい加減結論を出す。
俺は小冬に気持ちを伝えない。そして万が一小冬が気持ちを伝えてきても断る。かつて先輩が俺にしてくれたように……。
先輩のように出来るかわからないけど上手くやろう。
そう思って目を閉じた──
プルルルル。プルルルル。
プルルルル。プルルルル。
「ん、誰だ……」
枕元に置いたスマホが振動した。
こんな時間──と言っても夜の九時半だが、俺に電話をかけてくる人間なんて親ぐらいのものだ。しかし親は家にいるためその線はない。
スマホを手に取り、画面を見ると光が眩しくて思わず目を細めてしまう。目を擦り、もう一度確認すると『白雪小冬』とハッキリ表示されていた。
「小冬?」
小冬とは一応連絡先を交換しているが頻繁にやり取りをするわけではない。
出会った頃、直接喋る代わりにチャットで会話をしていたが、喋るようになってからは基本的に部活を休むとかそういう連絡にしか使ってこなかった。
もちろん電話をしたことは一度もない。俺もそうだが小冬は口数が少ないためわざわざ電話をする必要が無いのだ。しかし今日はチャットでもなく電話をかけてきた。
その意味を考えると少々身構えてしまう。覚悟を決め、通話ボタンを押すと当然だが小冬に繋がった。
「あ……こんばんは。暖くん?」
小冬の声はスピーカーにして丁度いいぐらいの大きさだった。
「そうだよ。小冬が電話してくるなんて珍しいね」
「ごめん、迷惑……だったかな?」
なんだかいつも以上によそよそしい感じがする。お互い自分の家にいて顔が見えてないから余計に緊張するのかもしれない。普段から顔を合わせているのに不思議だ。
「いや全然そんなことないよ。ちょっと驚いただけ」
「そっか、今までは勉強の邪魔になっちゃうと思って控えてたの」
「なるほどね、気使ってくれてありがとう」
小冬と話すのは嬉しいけど複雑だ。俺はこれ以上小冬に踏み込まないと決めたのだから、本当は電話に出るのもやめた方がよかったかもしれない。
しかし、あからさまに拒絶することは避けるべきだと判断した。小冬が俺から自立できるように促し、なおかつ俺をただの先輩と認知させるのがベストのはず。余計なことしてトラウマだけ植え付けるのは絶対に避けるべきだ。そのため、最低限いつも通りに接しようと思う。
「で、今日はどうしたの?」
「あの……勉強教えて欲しいなって。いいかな?」
勉強を教えるぐらい問題ないだろう。後輩相手になら普通のことだ。
「それぐらいなら全然構わないよ。どうやって教えればいい?」
こういったことをしたことが無いから勝手がわからない。口頭で伝わる問題ならいいがそれ以外は写真を送る必要があるだろう。遠隔だとやりづらいな。
「ビデオにしよ」
なるほどその手があったか。
ビデオ通話ボタンを押して画面を切り替える。すると、
「「あっ!」」
俺たちは同時に声を上げた。インカメラになっていたためお互いの顔が突然映ったのだ。思わず心臓が跳ねてしまう。
「ご、ごめんね。えっと、えっと……これでよし」
小冬は慌ててアウトカメラに切り替えた。俺も同じように設定する。
「いやなんで小冬が謝るの」
「だ、だって……恥ずかしい、から……」
くそ。可愛すぎる。反則だろ。
「ねぇ、どうだった?」
「ど、どうだったって?」
「私、変じゃなかった……?」
きっと画面に映った小冬がどうだったか聞いているのだろう。そう聞いてきたのには理由がある。画面の中にいたのは小冬であって小冬ではなかったのだ。髪はツインテールに結われていてクマさんのフード付きパジャマを着ていた。その光景は今でもしっかり目に焼き付いている。画面の中に入る方法を全力で模索したり、なぜスクショしなかったんだと死ぬほど後悔するほど可愛かった。
「一瞬しか見えなかったけど誰かわかんなかった、かな」
「それだけ?」
食い気味に聞いてきた。本当は感想を熱く語りたいが、幼い感じが最高だったとか口が裂けても言えない。あと可愛いもあんまり言わない方がいいだろう。本当は褒めたくないが何も言わないのも変だ。これは仕方ない。
「似合ってたよ。いいと思う」
「ほんと? ありがと」
どうやら満足してくれたらしい。
スピーカーにしてるせいか、小冬の声の裏では布団のようなものがバタバタ叩かれる音が聞こえてくる。そういうのは気づかれないようにやってくれ。これ以上は俺が持たない。
「あ、勉強するんだった。ちゃんと見えてる?」
思い出したようにカメラを動かす小冬。勉強を始める気になったらしい。パジャマ姿をもう一度見せてくるようなハレンチな子じゃなくて安心した。
「大丈夫、見えてるよ」
「じゃあ、お願いします」
俺も手元に紙とペンを用意して遠隔で教えることにした。
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