16 後輩だった時の俺②
そして迎えた卒業式。
その日は見慣れた学校が早咲きの桜に彩られて豪勢な春色に染まっていた。
一生に一度の特別な日に親子共々涙する。
卒業式が終わると卒業生は友達同士で写真を撮ったり、部活の後輩から祝いの言葉を貰ったりしていた。
俺も一後輩として、先輩に教室に来てもらうよう頼んでおいた。
不思議と緊張はしていない。
きっと上手くいくという根拠のない自信が俺にはあった。
「失礼しまーす。お、いたいた」
いつも通りの先輩。少し大人びた余裕の笑みを向けてくる。胸には卒業生を意味する造花がついていて本当にこの日が来てしまったんだと実感した。
「先輩。卒業おめでとうございます」
「なーにそんなに改まって。もっと気楽に話そうよ。最後なんだからさ」
最後……か。
先輩は俺のことどう思ってるんだろう。急に不安になってきた。
「そういえば先輩は卒業したらどうするんでしたっけ」
昨日の夜、ネットで必死にかき集めた告白の仕方によればムードが大事らしい。
まずは雑談から入って雰囲気を作っていく作戦だ。
「あれ、言ってなかったっけ? 私は県外の大学だよ。なんか一つの場所に留まってられないんだよね~」
「先輩らしいですね」
そうだ。先輩はただ卒業するだけじゃなくて遠くに行ってしまう。
「先輩も大学生になるんだからその……彼氏とか欲しいと思うんですか?」
まだ告白の手前なのに想像以上に恥ずかしかった。
顔が熱くて先輩の顔を見れない。
「んー、そうだね。今は要らないかなぁ」
「そ、そう……なんですか」
ビビるな俺。俺がその気にさせればいいだけだろ。
「先輩はか、可愛いですし……、男が寄ってきそうですよね」
「まー確かに私って結構いい女だし変な奴に付きまとわれるのは面倒かも」
「ですよね。だから断る理由があると便利じゃないですか?」
「理由?」
「はいそうです。例えばなんですけど……」
回りくどいやり方だけどあとは言うだけだ。迷わず行け。
「俺とっ──」
「ねえ後輩くん」
「は、はい?」
「私と写真撮らない?」
顔を上げると先輩がスマホを持っていた。目が合っているのに俺の方を見ていないようで、何か誤魔化すようなそんな目だ。
もしかして遮られた?
「はい撮るよ。はいチーズ。……うん、いい顔してる」
先輩は写真を確認するとすぐにポケットにしまった。
「後輩くん、私この後用事あるからそろそろ帰るね」
「え、ちょっと──」
先輩は逃げるように帰り支度を始めた。一秒でも早く俺と別れたいみたいだ。
俺が何を言うかわかっていて、それを言わせないような立ち回り。
「最後に私からも感謝の気持ちを伝えとくよ」
「さ……最後?」
「うん、これで最後。今まで私の我儘に付き合ってくれてありがとう」
作りものみたいな笑顔だった。
嫌だ。続く言葉を聞きたくない。言わせたくない。
「キミは後輩だけど弟みたいな感じで、一緒にいると私の暇だった毎日が楽しくなったよ。だからありがとう。明日から私はここに来なくなるけど今のキミならもう大丈夫そうだね。私も安心して卒業できる。じゃあ、またね」
先輩は勝手に言い終えると教室の扉に手をかけた。
俺のことはもう視界に入っていない。
ショックだ。
俺は男ではなくただの後輩で、弟のようにしか見てもらえなかった。
さらには想いを告げる前に遠回しに拒否された。
初めて味わう失恋。
辛くて悲しいのはもちろん男として屈辱だ。
なら、もう失うものはない。
「待ってください先輩」
先輩の手を掴んで俺の方を向かせる。けど先輩は下を向いたままで俺を見ない。
見てくれないから叫ぶ。感情を爆発させる。
「俺は先輩が大好きです! 俺と付き合ってずっと一緒にいてください!」
結果はわかってる。ずっと俺は先輩見てきたんだから先輩がどう思ってるのかは顔を見ればわかる。でも、わかってても言われると心にくるな……。
「ごめんね。キミのことは後輩としか思えない」
先輩は卒業証書を片手に俺の涙を拭った。まるで小さな子供を相手するみたいに。
俺はもう声が出なくなって先輩の言葉を聞くことしかできなくなった。
「キミはまだ二年も残ってるんだからさ。私のことなんか忘れてたくさん青春しなよ」
年甲斐もなく泣きじゃくる俺に困惑した表情を浮かべる先輩。ぼやける視界は夢でも見てるようだった。それでも先輩は現実を突き付けてくる。
「キミのそれは恋心じゃない。私に恩を感じて依存してるだけだよ」
正論であり、説得であり、拒絶。
本当は先輩も俺のことが好きで、でも何か事情があってこんなことを言ってるんじゃないかと期待した。けど、そんな淡い希望こそが幻想だった。
「仮にキミと私が付き合ったとしようか。高校生と大学生では生活リズムも環境も全然違うよね。それに遠距離だ。きっと会えない日の方が多くって、そしたらだんだん疎遠になっていくと思う。破局するのは目に見えてるよ」
教科書を読むような無機質な声で言い終えると先輩は俺の頭をポンと撫でた。
淡々と語る先輩からは、言葉の裏に隠された本音とか愛とか微塵も感じない。
俺を優しく見つめる目も異性に向けるものではない。
俺は本当にただの後輩でしかなかったのだ。
「先輩……」
俺は最後に声を振り絞った。もう先輩の顔がよく見えない。
「なに? 後輩くん」
「いままで……すんっ。ありがどうっ……ございましだ」
「うん、ありがとう」
先輩はもう一度俺の頭を撫でた。
先輩が悪いわけじゃないのに謝ってくれてるみたいで申し訳なかった。
「じゃあ私は行くね。元気で。さようなら」
先輩は微笑むと俺を置いて学校を去った。
この日以来、先輩には会っていない。
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