15 後輩だった時の俺①

 目を瞑ると久しぶりに昔のことを思い出した。

 高校に入学して間もない頃の話だ。


 中学の知り合いが一人もいない高校に入学した俺は最初の友達作りに失敗した。あまり目立たない方だったというのもあるが、今思えば俺からアクションを起こさなかったのが要因だったと思う。俺は周りの人間関係が構築されていく様子を、ただ黙って見ているだけだったのだ。


 故に、席が近い奴と業務連絡程度には話せるが、一緒に弁当を食べるような関係の人間はいなかった。一歩距離があるような、他人行儀な関係だ。


 そんな出遅れた俺を救済するラストチャンス。その名も青春の代名詞、部活動。部活に入れば友達ではなく仲間という関係にもなれるだろう。一番絆が深まる場所であり、一生の宝物になりえる場所だ。学校で中心となる人間は部活動で汗水流す者が多く、空想世界でも部活動が舞台の話は多い。彼らは皆、青春を謳歌しているのだ。俺もそういったコミュニティの重要性は十分理解しているし、そうなりたいとも思う。


 しかし、これを機に俺も青春しようという考えには至らなかった。俺は後手に回り、自分が馴染めないのは周囲のせいだと思い込んでいた。情けないことに自分の知らない場所に一人で飛び込んでいく勇気が無かったのだ。


 この学校は形だけでもいいからどこかに所属することが義務付けられていた。俺のような人間にチャンスを与えるためかもしれないが、帰宅部同然の部活もあるみたいだから強制するなんておかしな話だ。


 俺は面倒くさくなって、どこか適当に名前だけ書いて提出することにした。三年間なんてあっという間だし、一応進学校だから勉強してればいいやと思った。適当にいい大学に行ってそこそこの企業に就職すれば親も喜ぶだろう。高校時代に思い出があろうがなかろうがそう大差はない。夢や目標も無いけど、とりあえず高校生活を勉強に捧げよう。そう決心した時。


 先輩に出会った。


「キミ、暇なの?」


 最初に言われたのはそれだった。いきなり話しかけられた俺は目を白黒させる。


「なんかつまらなそうな人生だね」

「は?」


 第二声を聞いて俺の口から嫌悪感が漏れた。

 その言葉は友達いないの? と聞かれるよりよっぽど屈辱的だった。自分では気づかないようにしてたのに他人に言われたことでその思いが形になる。俺の『生きる』という行為が他人より無駄で意味の無いものに感じられたのだ。


「ほっといてください」


 茶化されたと思い適当な態度を取ることにした。

 この人と話していても時間の無駄だと直感的に判断したのかもしれない。


「あっ、ちょっと待ってよ」


 そのまま無視して通り過ぎようとしたら手首を掴まれた。

 女性にしっかり触れられたのは初めてで、思わず振り払う。


「あれ、怒っちゃったかな? ごめんね、許してぇ」


 先輩はショートカットの前髪を揺らして覗き込んできた。童顔で爽やかな顔立ち。胸に付けた校章と三年生のバッチが女性の膨らみを強調している。


「俺に何か用ですか?」


 話ぐらいは聞いてやろうと思い、視線を逸らして投げやりに答える。

 こういうのには慣れていないのだ。


「あー今見てたでしょー」


 先輩は胸を隠して余裕のありそうな笑みを浮かべた。

 俺をからかって楽しんでいるようにしか見えない。


「べ、別に見てませんよ」

「にひひ、動揺しちゃってかーわいっ。どこ見てたかは聞いてないよ?」


 殴りたくなるほど憎たらしい顔だ。

 真っ先に浮かんだのが『可愛い』より『うざい』ということに自分でも驚く。


「ぐぬっ……、は、早く要件を言ってください」


 話を進めてこの話題から逃げる。

 全く、変な人に捕まっちまったな。


「キミ暇なんだよね?」


 また聞いてきやがった。ここでいう暇とは今現在の状態ではなく、俺の人生が退屈なのかという話だ。確かに俺は暇なのかもしれない。でもそれを認めると自分が空っぽみたいで虚しくなる。


「だったらなんですか」


 そんな自分への怒りを声に込める。

 この人にも若干ムカついてたから感情を隠さない。


「後輩なのに威勢いいね。そういうの嫌いじゃないよっ」


 ウインクのつもりか、口を歪めて両目を閉じる先輩。シンプルにムカつく顔だ。

 この人は独りぼっちの新入生をからかって遊んでいるのだろうか。全然俺の質問に答えてくれないし、そろそろ怒った方がいいかもしれない。というか相手するのを辞めよう。


「もう帰っていいですか。これ以上あなたと喋ってても時間の無駄なんで」


 そうだ。俺にはこんなことをしている暇なんて……暇、なんて──

 時間の、無駄……。

 自分の言葉が胸に染みた。時間の無駄。それは今の俺じゃないのか?


「待って」


 踵を返し、立ち去る俺を先輩が止めた。


「まだ私の話聞いてないでしょ」


 俺の腕を掴む先輩の手はヒンヤリしていて柔らかかった。抵抗すれば簡単に逃げられるほど弱くて小さな手だ。なのに俺はその手を振り払わない。いや、振り払えなかった。


「私と部活しようよ」


 先輩ははにかんだ。そういえば俺は部活を探していたんだと思い出す。

 俺は臆病で自分から一歩踏み出す勇気が無かった。だからきっかけが欲しかった。誰かに手を差し伸べられるのを待っていたんだ。

 嬉しい。けど、わからない。


「どうして俺を誘うんですか?」


 こんな受け身な人間とわざわざ関わりたいだろうか。その気持ちが先行して素直に言葉を受け取れない。自分でも面倒な奴だと思う。

 なのに先輩はパッと笑顔を咲かせて即答した。


「だって私も暇だからっ」

「暇……なんですか?」


 先輩は明るいし容姿もいいし人生楽しんでそうに見える。

 俺とは明らかに真逆の人間だ。


「そうそう。キミと同じだよ。私も退屈で死んじゃいそぉ~」


 同じではない。会ったばかりだけど俺には無いものをたくさん持っていると思う。なんというか、先輩は眩しすぎるのだ。でも、


「ははっ、なんですかそれ」


 ここで一緒にするなと否定することもできるがそうしなかった。

 かっこ悪いけど差し伸べられた手を掴むぐらいは自分でする。


「なんだぁキミも笑えるじゃんっ」


 先輩はまた笑った。その笑顔を見ているとこっちまで元気になる。

 俺の止まっていた時間が動き出すようだ。


「で、部活入ってくれるの?」


 体を傾けて下から覗き込む先輩。今俺の中で渦巻いている感情が尊敬や感謝なのか、それとも恋なのかはわからない。


 けどそんな感情は一旦放っておいて、俺はこの先輩についていきたいと思った。変わってるけどいい人だし一緒にいて楽しい。それに俺のことを見てくれているようで嬉しかった。だから答えは決まってる。


「お願いします。先輩」

「おう、よろしく後輩!」


 こうして俺は先輩と二人きりの部活に所属することになった。毎日のように雑談したり、たまに外に出て遊んだり。高校生というより小学生の遊びみたいな感じだったと思う。でもそれが楽しかった。俺の人生は暇じゃなくなったのだ。


 それは全部先輩のおかげ。俺の性格も変わっていって、自分から主体的に動けるようになった。多くは無いが友達もできたし、大袈裟だけど生きているという実感を持てた。


 先輩が俺を変えてくれたのだ。

 先輩と会いたくて、毎日学校に行くのが楽しみになった。


 でも、そんな日々は永遠に続かない。


 先輩は三年生で俺は一年生。たった一年弱の日々はあっという間に過ぎて行った。

 明日は先輩と何をしようと考えていた夜は、あと何日しか会えないと指折り数える日々に変わっていく。先輩と会えなくなるのが辛くて悲しい。気づけばそう思うようになっていた。


 三学期になり、三年生は自由登校になった。先輩が学校に来る頻度も減って会えない時間が多くなった。会えない時間が続くと辛いけどその分会えた時の嬉しさが尋常じゃない。今日は学校に来てるかもと思うようになり、また学校に通うのが楽しみになった。


 でもやっぱり別れの時はやってくる。


 先輩は俺より先に卒業してしまうのだ。それは必然で仕方のない事。

 でも、そんなの嫌だ。

 先輩とずっと遊んでいたいし、ずっと笑っていたいし、ずっと一緒にいたい。


 しかしどんなにそう願っても、このままだと先輩はこの学校からいなくなる。

 だから一緒にいてもいい理由を作ることにした。俺が先輩の恋人になればいい。


 俺はこの気持ちに恋という名前を付けた。今まで経験がなく抽象的だったその感情が今の気持ちにふさわしいと思ったのだ。


 一度そう思ったら胸がドキドキして先輩といると緊張するようになった。今まで友達のように感じていた先輩は俺の中で女性になったのだ。


 この感情は恋だと確信し、想いを告げることを決意した。

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