14 楽しい時間はあっという間

 戻ってきた小冬は髪を下ろしていた。やっぱりどんな髪型も似合うな。


「暖くん。お菓子食べたい」


 いつもの落ち着いたテンション。もうエキセントリックな行動はしないだろう。


「おっけ。今日はクッキーだよ」


 お菓子を持ってくるのは俺の担当になっている。出会ったばかりの小冬は極度の人見知りだったため、食べながらだったら少しは話しやすいと思ったのだ。今はもう必要ないが、小冬が喜ぶし俺も食べたいから継続中。ちなみに小冬の担当は無い。


 今日は合格とバイトに慣れてきた祝いでちょっといいやつを買ってきた。小冬の机に広げて正面に座る。


「わぁ、おいしそう。いただきます……あむっ」


 結構大きいサイズだが一度で口に入れてしまった。


「ん! ほいひぃよほえ」


 小冬は幸せそうにもぐもぐ噛んでごっくんした。この顔を見るためなら数百円の出費も全く痛くない。


「落ち着いて食べな。まだたくさんあるからさ」

「あっえおえほんほひおいひいよ」


 何言ってんのかわかんねえけど満足してくれたみたいで嬉しい。

 それにしても凄い勢いで食べるな。俺はまだ一枚しか食べてないのに小冬はもう五枚も食べている。しかもこの子、途中から二枚同時に食べ始めたのだ。女子高生の食欲も侮れん。

 そんな小冬を見てふと思った。ちょっと聞いてみよう。


「そういえば小冬ってダイエットとかしてるの?」

「んっ!? けほっ、けほっ」


 水気のないクッキーも相まってむせてしまったようだ。悪いことをしたな。


「ごめん、大丈夫?」

「ごほっ……。すー、はー。うん、大丈夫」


 鞄から水筒を出して一服すると落ち着いた。ツインテールの時もそうだったが俺はもう少し会話の流れを考えた方がいいかもしれない。反省反省。


「暖くん、もう一回言って。びっくりして忘れちゃった」

「ダイエットしてる?」

「聞き間違いじゃなかった! えっ!? 急になに!?」


 こんなに元気な小冬は新鮮だ。口に手を当てて大きなリアクションを取っている。

 もちろん、これを聞いたのは昨日小夏先輩がダイエットしてると言ったからだ。小冬はスタイルいいし俺の前ではたくさん食べてるからどうなのか気になった。


「で、どうなの?」

「え、デリカシーって言葉知ってる? 女の子にそんな事聞いちゃダメだよ」


 確かに。ちょっと考え無しに聞きすぎたな。これは俺が悪い。


「私もしかして太ってる? もっと痩せた方がいい?」


 小冬がお腹周りを気にし出してしまった。一瞬おへそが見えたがドキッとしてる場合じゃない。ちゃんと謝ろう。


「ごめん、全然そんなことないよ。いつもお菓子とか一緒に食べてるからどうしてるのかなーって」

「なんだそっかぁ。一応寝る前に腹筋とかはしてるよ。……あれ、暖くん?」

「え!? あ、ああ、やっぱ頑張ってるんだね」


 パジャマ姿の小冬を想像していたら目の前で制服姿の小冬が手を振っていた。

 マジでしっかりしろ、俺。


「うん、私も少しは気を遣うよ。女の子だもん」


 そう言う小冬は本当に余分な肉が一切ついていない。もっと太った方がいいくらいだ。


「だから今みたいな質問私以外の女の子にしちゃダメだからね」

「よくわかりました。もう聞きません」

「はい、よろしい」


 小冬は楽しそうに笑ってまた一枚クッキーを食べた。もう何枚目かわからない。

 残り一枚になる。小冬に譲ると頭だけ少しかじった。ザクザクと咀嚼する音が聞こえてくる。


「暖くん、あのね……」


 一段と覇気のない小声。自信が無い時や言いにくいことを言う時の声だ。


「どうかした?」

「私も一個だけ質問していい? あっ」


 手に力を入れていたのかクッキーが割れる。どうするか一瞬迷って、食べた。


「いいよ。俺で答えれることなら」


 俺はなんとなく想像がついた。おそらく予想に近い質問をされるが出来るだけ答えやすい質問であることを願う。まだ俺の準備が出来てないから。


「ちゃんと、答えてね」

「わかってる」


 真実を確かめる術は無いがごまかしは効かないと思った方がいい。


「わ、私ってどうかな? ……男の子から見て」


 最後に小さく付け加えた言葉は俺にもしっかり聞こえている。自意識過剰かもしれないが、俺はもっと直接的な質問をされるかと思っていた。まあ答えにくいことに変わりはないが。

 小冬は真っ赤な顔を隠さずにじっと俺の答えを待つ。なら俺も真剣に答えよう。


「可愛いんじゃ、ないかな」

「そ、そうなの?」


 祈るような顔が一気にほころんだ。


「な、ならっ──ごめん、一つだったね」


 その表情は嬉しさを抑えるような、自分を納得させるようなものだった。

 俺も嬉しいはずなのに喜びきれない。こんなに純粋な子を騙してるみたいで心が痛い。小冬の感じているそれは、きっと恋心ではないのだ。


「あ、もうこんな時間」


 時間はあっという間に過ぎていて五時のチャイムが鳴った。このチャイムを聞くと片づけを始めてバイトに行くのだが今日は休みになっている。シフトを確認したところ小夏先輩も今日は休みだった。だから俺も小冬もまだ教室に残っていて問題はない。


「暖くん、今日はバイト無いの?」


 小冬は完全に切り替えた様子。俺もいつも通り接しよう。


「うん、今日は無い。もう勉強もしなくていいし帰ったら何しよっかな」


 受験が終わった解放感を味わう暇もなくバイトが始まったため、今日が初めての完全オフだ。受験生は自由になると逆に何をしていいのかわからなくなるらしい。今の俺は正にそれを体感している。


「暖くん頑張ってたもんね。ゆっくり休んで」

「そっか、何もしないってのもいいね。でもなんかしてないと落ち着かないかも」


 また机に向かって勉強を始めるかもしれない。あれ、受験生の前何してたっけ。


「運動とかはどうかな? ずっと座ってたよね?」

「もしかして俺にダイエットを勧めてる?」

「あっ、ごめんそんなつもりじゃないの」

「わかってるよ。冗談」


 小冬と喋るのはやっぱり楽しい。受験勉強してる時はこんな日々がずっと続くと思っていたのに終わりはもう近い。


「じゃあ俺はそろそろ帰るかな」

「私も帰ろ」


 正門まで一緒に帰って、そこで年下の可愛い後輩と別れた。

 バイトで会えないのがちょっぴり辛い。一人で帰宅すると特にやることが無く、早めに風呂に入って布団にダイブ。まだ短い針は九を指していたが明かりを消して目を瞑った。

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