13 年下の後輩が可愛くて仕方ない
翌日。
放課後、いつも通り文芸部の教室を訪れると既に小冬がいた。背中まで伸びる黒髪はストレートにおろしていて左側だけ耳にかけている。勉強していたみたいだが俺の入ってきた音で顔を上げた。
「あ、暖くん」
「やあ小冬」
いつも通りの短いやり取りをして定位置に座る。俺は勉強の邪魔をしないように持ってきた車のカタログを見ることにした。バイト代が溜まったら免許を取って中古車でも買おうかと思っている。大学生は車を持っているだけでステータスになるらしいからな。
「昨日はどうだった?」
外車のページを見て何時間働けば買えるか計算していると小冬の声が耳に届いた。
小夏先輩とは対照的で控えめな声。寝る前に聞くと安眠できそうだ。
「聞いてよ小冬。俺もう料理作れるようになったんだ」
もちろん小冬はそのことを知っている。俺もそれをわかった上で初めて聞かせるように話すことにした。女の子の嘘には付き合うのが男だ。
「すごい。さすが暖くんだね」
小さく手をパチパチして祝してくれた。くりくりした目が凄く可愛い。そんな小冬を見てふと思った。
「あのさ、小冬。一つお願いがあるんだけど聞いてくれる?」
「ん?」
「ツインテールにしてみてくれない?」
「ん……?」
よっぽど意味が分からなかったのか、髪の毛の重さに引っ張られるように上半身を傾けた。確認するように聞き返してくる。
「もう一回言って?」
「小冬のツインテールが見てみたい」
「えええええええっ⁉」
珍しく声をあげる小冬。傾けた身体がビクッと跳ねてまっすぐに戻った。
「ど、どういうこと?」
焦りではなく、ただただ驚いている様子。小冬は自分を抱きしめるようにして半身で構えた。一歩でも近づけば警察を呼ばれるかもしれない。
「ごめん、変な意味じゃないよ。だからそんな怯えないで」
両手を上げて無害をアピールする。
「なんで私のツインテールを見たいの?」
探るように聞いてきた。もちろん、俺がこんなことを言うのは気が狂ったわけではなく、昨日小夏先輩の髪型を見たからだ。でもそれは言えない。
「えっと……似合うと思うから」
一応本心だ。今の髪型も十分可愛らしいが小夏先輩を見てドキッとしたのも事実。
「今日の暖くん変だよ。そんなこと言われたことないもん」
余計警戒心を強めてしまったらしい。確かに俺は小冬に直接『可愛い』とかそれに類する言葉を伝えたことはない。あくまで先輩と後輩の関係としてしか接してこなかった。
それは勘違いさせてしまうといけないから……。
「いや、あれだよ。えーっと……ほら。この写真の人がツインテールにしてて、それで小冬も似合うんじゃないかなーって」
車のカタログに写っていたアメリカ人女性の写真を見せる。
よくこんな写真あったな。
「それだけ?」
「それだけ……って?」
今度は俺が聞き返す。小冬が何を言って欲しいのかわからない。
「ううん、なんでもない」
「そっか。それで、ツインテールにはしてくれるの?」
「嫌です」
敬語で返された。首を縦に振らせるのは大変そうだ。
「一回だけでいいんだけど。一瞬でも」
「嫌ったら嫌」
「どうしても? お菓子たくさんあるよ」
「や」
リスみたいに頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。これ以上嫌がってる後輩を見て楽しむのは趣味が悪いな。今回は諦めよう。
「そんなに見たいの?」
上目遣いで聞いてきた。ワンチャンあるって事だろうか。
「見てみたいけど小冬が嫌ならいいよ。無理やりさせたくはない」
「そっか、じゃあダメ」
悪戯な笑みを浮かべる小冬。何を考えてるかわからないが傷つけては無さそうで安心だ。それに、なんといっても可愛い。
「じゃあいつか期待してるよ」
「……うん、いつか、ね」
俯いた小冬の頬は微かに紅潮していた。
これでこの話は終わり。そう思ったのだが──
「一つなら、いいよ……」
小冬はモジモジしながらポケットに手を入れた。取り出したのは手鏡とシュシュ。すると不慣れな感じで結い始め、一つにまとめた髪を肩の前に垂らした。いわゆるルーズサイドテールというやつだ。いつもより大人びた印象で上品に見える。
「どう、かな?」
目をパチパチさせて感想を聞いてきた。照れながらの上目遣いも最高だ。
しかしこの可愛さを言い表すのに最適な言葉が見つからない。もどかしすぎる。
「ねぇ、聞いてるの? 何か言ってよ」
俺が黙っていると唇を尖らせて拗ねてしまった。俺が頼んだのに何か言ってあげないのは失礼だな。あんまりキモくなり過ぎないように褒めよう。
「に、似合ってるよ」
つまんねえ感想だな! これは怒られても文句言えない。『似合ってる』は女性が求めてない感想ランキング(俺調べ)第二位だ。
「ほ、ほんとに? やった……」
セーフ。俺は褒める才能があるかもしれない。
「じゃあ……こっちは?」
こっちってどっちだ? 俺がポカンとしていると小冬は手鏡を見ながら髪を結いなおした。今度は圧倒的人気を誇る、王道のポニーテール。
「変じゃない?」
「最高」
考えるより先に声が出ていた。
髪を束ねる位置が違うだけなのに雰囲気は全く別人で、今は活発な印象がある。これがギャップ萌えってやつか。堪らんぜ。
「うぅぅぅ~~~ぅぅ」
小冬に見惚れていると頭の尻尾が横に揺れ始めた。顔は全部手で隠して、言葉ではない可愛い声が漏れている。急にどうしちまったんだ。
「ごめん小冬。俺なんか変なこと言った?」
「ん~んんん」
質問に答える代わりに尻尾の揺れが激しくなった。こんなに取り乱す小冬を見るのは初めてだ。髪をぶんぶん振り回すような奇行に走る子ではない。面白くて可愛いからずっと見ていたいけど心配だ。止めた方がいいな。
「あのー、小冬さん?」
「暖くん!」
「は、はい!」
いきなり立ち上がったもんだからびっくりした。小冬が語尾に!マークを付けるなんて珍しい。
「私、お花摘みに行ってくるね」
「え? わ、わかった。行ってらっしゃい」
小冬には明らかな動揺が見られた。流石に普通じゃないことぐらいわかる。
きっと褒められることに慣れてないんだろう。
小走りで揺れる尻尾を見ながら俺はそう思うことにした。
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