第16話 彼は人間としての名前を捨てたのだ!

 魔王の城は三つの塔にから構成されている。

 左の塔、中央の塔、右の塔。

 左右の塔は80階層。

 そして、中央の塔は100階層からなる。

 その最上階、そこに父上の部屋がある。


「リアーナ、久しぶりだな」


 魔王軍のラスボスとして君臨する魔王ロニーの声。

 その低くて重い声は、我輩にとって威圧感がある。


「はい。誕生日以来です。父上」


 父上は多忙だった。

 だから、一年に一回の彼の誕生日会でしか顔を合わせることが出来ない。 

 父上は一段高い場所にある玉座に深々と座り、我輩を見下ろす。

 父上が「よし」というまで、顔を上げてはならなかった。


「よし」


 その声で我輩は顔を上げた。

 一年振りに見る父上の顔は、若さを増していた。

 魔族でありながら、人間とほぼ同じ容姿。

 人間でいうところの優しそうな人といった顔立ち。

 だが、口中には鋭い毒牙を持つ。

 漆黒のマントの下は、アダマンタイト合金の鎧で覆われている。

 漏れ溢れる『気』は触れると火傷しそうなほどだ。

 恐ろしいことに、この姿はまだ父上の第一形態であり、それ以降の形態は娘の我輩でも見たことが無い。

 第二形態から先を見たら、我輩など震え上がって、情けなくチビるに違いない。


「早速だが、お前が連れて来た冒険者のことだ」

「はい」

「なかなかの冒険者らしいが、答案のミスで不合格らしいな」

「はい」


 恥ずかしくて、こちらからは言えない様なミスだ。


「名前を書き忘れたらしいな」


 父上が手にした答案を指差した。


「違う。書き忘れなんかじゃない」

「ん?」


 我輩は父上が怖い。

 だが、自分に負けることはもっと怖い。

 だから、恐れを胸の中に押さえつけ、言いたいことは言う。


「コウイチロウは人間に復讐する動機と覚悟を持っている!」


 生まれてすぐに両親から捨てられたコウイチロウは、奴隷商人に拾われた。

 奴隷として使役されたコウイチロウは、スピードメタルのギルマスであるタケシに拾われた。

 だが、タケシの死をきっかけに、コウイチロウの人生はまたも狂い始める。

 ギルド内であらぬ噂を流されたコウイチロウは、理不尽な理由で追放された。


「だから……コウイチロウは名前を捨てたのだ!」

「どういう意味だ」

 

 父上が我輩を見据える。


「彼は人間としての名前を捨てたのだ! だから、答案用紙に名前を書かなかったのだ。そこには魔王軍としての彼の名前が書かれるはず!」


 言い切ってやったぞ。

 コウイチロウ。

 でまかせにしては大したものだろう。

 だが、このでまかせは真実となる。

 お主は、我輩と血の誓いを交わしたほどの逸材だから。


「クッ、クッ、クッ……」

「父上?」


 父上の広い肩が揺れ始めた。


「ハーハッハッハッハッハッハッハッ! 面白い、これは実に面白いぞ。そこまで魔王軍に志願したい者が現れたとは。これで我が魔族も安泰だ。その者が採用試験を突破し、新たな名前をここに刻むことを期待しているぞ!」


 父上は我輩に答案用紙を投げつけて来た。


つづく

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