第9話 血の誓い

「コウイチロウ」

「何?」

「この扉の向こうに入ったらもう戻れないかもしれない。だから、最後にもう一度だけ確認する。我が魔王軍に入る覚悟はあるか?」


 城の中へと続く鉄製の扉に手を掛けたままリアーナは振り向き、僕にそう問い掛けた。


「あっ、と……」


 僕は一瞬、躊躇した。

 くっ、こんなんじゃだめだ!


「ああ!」


 迷う気持ちを振り払った。

 僕は僕を捨てた奴らに復讐をするんだ!


「さっき我輩は、魔王軍の採用試験を5000人が受けて合格出来たのは5人と言ったが……合格出来なかった4995人はどうなったと思う?」

「え?」


 リアーナの問いに、僕は背筋に鳥肌が立った。

 魔王軍に入る覚悟。

 それは人間をやめるということだ。

 だけど、魔王軍に入れなかった場合、どうなるのか。

 リアーナが息を吸う。

 花びらを二枚重ねたような可愛い唇が小さくすぼめられた。

 吐かれた息と同時に発せられた言葉は、


「死」


 死ぬ。

 採用試験に落ちた者には死が待っていた。


「……そんな……」


 僕は全身の力が抜けた。

 リアーナが言っていた覚悟というのは、自分の命を賭けることが出来るかということだ。


「当たり前だ。不合格者になった冒険者をみすみす帰すほど魔王軍は甘くない。魔王の城に一瞬でも足を踏み入れたということは、魔王の城の構造を少しでも知ったことになる。そんな者を人間どもの元に帰す訳には行かない。ここで起きたことは絶対の秘密なのだ」


 13歳の少女が無表情で淡々と事実を告げる様に言うところが怖い。

 きっと彼女は何人も冒険者をリクルートし、死んでいったのを見たのだろう。


「コウイチロウ。戦いに勝つために必要なもの、それは情報なのだ。力でも魔力でもない。24時間戦う体力など必要ない。正確な情報を手に入れ、活用出来た者が勝つ。魔王軍はそれを目指している」


 リアーナの話を聴いて、ますます魔王軍はスマートでホワイトな集団だと思った。

 

「分かった……」


 行こう。

 どのみち、僕には帰る場所は無い。

 合格して、このホワイトな職場で成り上がる!


「リアーナさん、何をっ!?」


 彼女は自分の右手親指を噛んだ。

 歯型の傷から血の玉が浮き出る。

 魔王の娘とは思えないくらい鮮やかな赤色だ。


「コウイチロウ、お主もだ」


 つまり、僕も血を流せということか?


「何で?」

「魔王軍はな、約束する時、こうやってお互いの血を擦り付け合わせるのだ」


 約束?

 僕は彼女と何の約束を……?


「コウイチロウ。お主は我輩が見て来た中で一番、素質がある。魔王軍の頂点に立つことも出来るかもしれない。だから、絶対に試験に受かって来い」


 これ程、僕を期待してくれた人がいただろうか。


「ありがとうございます」


 僕とリアーナは血が出ている親指をこすり合せた。

 僕の親指には血の跡の代わりに、炎の形をしたあざが出来た。


 そして、僕は扉の向こう側へ進んだ。


つづく

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