第8話 続けざまの、一方その頃、僕を捨てたギルドでは

「すまない。マユ。だがコウイチロウは本当に役立たずだった。このまま奴をギルドで雇い続ける余裕なんて無かったんだ……」


 ギルドメンバーには厳しいアキラも、妹には弱かった。


「兄さんは知らないんだわ。コウイチロウがどんなにギルドのことを考えて働いていたのかを……」


 妹は兄の顔を睨みつけ、そして、汚らわしいもに目を背ける様に目を伏せた。

 涙が頬を伝って小さく尖ったあごからポトリと落ちる。


「私、ギルドを辞めるわ!」

「なっ……なんだとっ!?」


 アキラは驚き、後ずさった。

 マユは数少ない治癒魔法使いであり、ギルド内でも期待の星だった。

 彼女にギルドを抜けられては困る。


「待て、マユ! 考え直してくれ!」

「じゃ、コウイチロウを呼び戻して」

「それは……」


 それは彼のプライドが許さなかった。

 一度クビにした者に頭を下げることは、出来なかった。


「おい、ケンイチ。お前もマユに一言いってやれ」


 ケンイチはあご髭を撫でながら思った。


(やれやれ。妹に甘い兄貴だぜ。こんなんだからなめられるんだ。別に俺はマユに辞めてもらって構わねぇ。もともとギルド内の派閥も違うし、むしろ、いなくなってくれた方が好都合だ)


 ケンイチは両腕を組み、思案する振りをしてその場をやり過ごした。

 アキラは可愛い妹を逃すまいと、必死になった。


「マユ、他の望みならかなえてやる。何が望みだ? 役職か? なら中隊長にしてやる」

「そんなんじゃない」

「じゃ、給料か? なら倍にしてやる」

「そんなんじゃない」

「じゃ、何だ? 何でも言え!」

「私が知りたいのは、コウイチロウをクビにした理由よ!」


 え?

 お前知らないの?

 アキラは目が点になる。


「コウイチロウは無能で役立たずだ。それはお前も含め皆、知ってることじゃないか?」

「それは嘘よ。コウイチロウは仕事は遅いけどちゃんと働いていた。不器用だけど絶対大物になる。それは父さんも言っていたわ!」


(まずいな……)


 ケンイチは思った。


(この小娘、ちゃんと気付いているな)


 マユはケンイチを睨みつけた。


「コウイチロウが役立たずだと噂を流した奴がギルド内にいるわ! そんな奴に騙される兄さんこそ、無能よ!」


バチン!


 肉が肉をぶった音が部屋の中に響いた。

 兄はその赤くなった右手を見つめたまま立ち尽くし、妹は膝まづいたまま左頬を押さえていた。


「私が無能だと。この勇者の私がかっ!? はっ、馬鹿なことを言うな! 妹でも言っていいことと、悪いことがある!」


 アキラは激高した。

 だが、マユも負けてはいなかった。


「あなたは、都合が悪くなるといつも暴力だわ。そうやって自分のパワーで皆を押さえつけて、無理な仕事ばかりさせて来た。そして、しなくてもいい犠牲を沢山背負わせた」

 

 マユはコウイチロウと一緒に狩りに行ったり、クエストをこなすことが多かった。

 父譲りの優しさを持つコウイチロウには沢山助けられた。

 彼が無能呼ばわりされクビにされる理由が分からない。


「もうこのギルドにはいられないわ」

「マユ!」


 彼女はローブの胸に付けたギルドの徽章を取り外し、ギルドマスターである兄に投げつけた。


「さよなら」


 ケンイチはこの兄妹のやり取りを見ながら、こう思った。

 そして、ニヤリと口角を上げた。


(この小娘、コウイチロウに惚れておるな)


つづく

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