第9話 新大陸からの騎士はなんとかクリスに会うことが出来ました

オーウェンは朝からご機嫌だった。

昨日の歓迎会で飲みすぎたジャンヌらは朝は寝ていた。それを好機と街歩きをクリスに提案し、強引に連れ出していたのだ。


「あれっ、朝市とかやっているかなと思ったんだけど」

しかし、朝早いのでテレーゼの街はまだ半分眠っていた。


「テレーゼは朝は遅いと聞いたことがあります」

クリスも言う。

「うーん、テレーゼって朝は弱いのか。ドラフォードならもう今くらいの時間は店も繁盛しているのに」

真面目なオーウェンにとっては朝が遅いということは不謹慎な街と映っていた。


「まあ、オウ、仕方がありませんわ。それよりも出来たら、うちの大使館見てみたいんですけど」

「えっ、何故?」

「せっかく来たんですし、今回の訪問の件でも色々準備してもらったと思いますし、陣中見舞いも兼ねて行きたいなと」

「いや、それはあまり必要ないのでは」


実は今回の訪問に大使館は殆ど使っていなかった。

ボフミエ魔導国も国の体が出来始めたので、監査等を勧めたところ各地で収賄横領の事実が発覚しだし、軍部を中心に綱紀粛正を図っていたのだ。今回の訪問があまりに急すぎて、対処できなかったが、大使に対しても横領の疑いがあることが内務の精査で判明。捕縛の時期を探っているのが内情だった。今回は大半のことはテレーゼ本国と直接交渉して決していたのだった。


聖女クリスに知られると下手に庇い立てされても面倒だからと他のメンバーで淡々と事を運んでいたのだ。

しかし、どうしても見てみたいというクリスの意見にオーウェンとしては抗えなかった。




「何だあの態度は」

大使館の前で馬車を降りながら伯爵のアダベル・コーベは切れていた。

アダベルは大使としてここ6年テレーゼにおり、ボフミエ魔導帝国のために彼なりに頑張ってきた。途中で帝国は崩壊したが、そのまま魔導国でも大使の地位を引き継いできた。

しかし、今回の訪問は何も知らされていなかった上に、慌てて宮殿を訪問しても門前払いを食わされたのだ。後で連絡するとのアレクサンドル外務卿の伝言がもらえただけだった。

それからなしの礫で全く接触が無かった。


本来ならば歓迎の式典で筆頭魔導師のお言葉をもらえるはずが、呼びもされなかったのだ。



「あの赤い死神め。会いもせずに偉そうに。他国の王族がボフミエの何がわかるというのだ」

大使の怒りは多くの貴族が持っているものだった。帝国の崩壊とともに、多くの貴族が捕縛されて宮廷の事務官の多くは他国の人間が担っていた。トップは大半が他国の王族。その部下の多くは平民だった。大多数の平民はこの動きを歓迎していたが、貴族達にとっては今までの特権階級の凋落になり堪ったものではなかった。


「本当でございますな。本来ならばテレーゼの内情など事前に閣下に諮問があって然るべきですのに、筆頭魔導師も外人で、高々他国の侯爵令嬢風情、このボフミエの魔導の血を汚すものですな」

副官もおべっかで言う。


そこへ玄関口で騒ぎが聞こえた。


「何卒、何卒上の方に合わせてください」

「ええい、何を言う。閣下は貴様のような平民に会われはせんわ」

「そこを何とか。我が国の危機なのです」

「何事じゃ」

大使は入り口で声をかけた。


「あっ、閣下。このものが会いたいなどと申すものですから」

「お願いでございます。私は新大陸のドグリブ王国のものでございます。何卒筆頭魔導師様にお取次ぎを」

「愚か者。儂でもお会いできないのに、貴様のようなものが会えるわけはなかろう。今すぐ此奴を館の外に放り出せ」

なおもすがりつこうとするダビッドを衛兵たちが玄関の入口から放り出した。


ダビッドはその先に女がいるのに気付いてそのまま女に抱きつこうとしたが、横を歩いていた男が女性を庇って引っ張った。

「きゃっ」

女は悲鳴を上げたが男に囲われる。

「ぐっ」

ダビッドはあてが外れてそのまま地面に叩きつけられていた。


しかし、ダビッドはそのまま倒れたままで起き上がらない。


「大丈夫ですか」

「ちょっと、クリス」

クリスはオーウェンの手を振りほどいて男に駆け寄った。


ダビッドを助け起こすと、ダビッドは目を見開いた。目の前の少女がめちゃくちゃ可愛かったのだ。


「ああ、私は天国に来たのだろうか。このような女神にお会いできるとは」

その態度にクリスは引いたが、男は強引にクリスの手にすがりついた。

「おいっクリスから手を離せ」

オーウェンが間に入ろうとするが、男はひしっとクリスに抱きついた。


「きゃっ、何すんのよ」

強引に男を引き剥がすと、クリスの張り手が一閃した。

それは男をどけようとしたオーウェン諸共弾き飛ばして守衛と大使を巻き込んで玄関の扉に叩きつけていた。



「ええい、どけ」

下敷きになった大使が叫んで大使の上に乗った3人をどける。

「こやつらを捕まえろ」

大使が叫ぶが、


その目の前にウィルが転移してくる。

「姉さま。大丈夫」

姉の前に立って剣を抜く。


そしして、周りが叫ぶまもなく、ジャンヌとアレクが転移してきた。



「げっ暴風王女と赤い死神とという事はクリスティーナ様」

金髪の令嬢はよく見れば筆頭魔導師だった。


「こ、これは失礼いたしました」

大使は慌てて頭を下げる。


「テレーゼの大使か、貴様には横領の報告が上がっているな」

「おい、ジャンヌ、クリスの前で言うな」

「えっ、そんな滅相もない」

ジャンヌの声に慌てたオーウェンと大使が叫ぶ。


そして、それを覆すほどの大音声がした。


「筆頭魔導師様。何卒、ドグリブをお助け下さい」

ダビッドは平伏して叫んでいた。



「お前は不審者として拘束する」

オーウェンが冷たく言うが。


「抱きついたことは誤ります。でも、お願いですから我が国をお助け下さい」

ダビッドは下からクリスを見詰めた。


「アダベル・コーベ大使の件は後でお伺いましす」

「筆頭魔導師様。私は何もしておりません」

「ウソを付くな。証拠ははっきりと上がっている」

アレクが冷たく言い切った。


「そ、そんな」

アダベルは目の前が真っ暗になった。赤い死神に睨まれたら最悪処刑されてしまう。

皆やっていたことだ。それなのに。何故自分だけが・・・・


「伯爵。あとで全て正直に話しなさい。誰にでも間違いはあります。

その程度にもよりますが、善処します。でも今度嘘をついたら次はありません。

アルバート。伯爵から全て聞いて」

駆けつけてきたアルバートに指示を出す。


それをオーウェンらは白い目で見た。

クリスにかかると絶対に刑が減刑される。だから黙っていたのに。

ジャヌが目で謝っていたが………・


「で、そこの抱きつき魔さん。話を伺うわ」

「あ、ありがとうございます」

ダビッドは喜びのあまり抱きつこうとして、張り倒されたのを思い出して、慌てて平伏していた。

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